元沖縄県副知事で、国際都市形成構想や基地返還アクションプログラム策定に尽力した吉元政矩(よしもと・まさのり)氏が29日午後6時45分、那覇市内の介護施設で病気のため死去した。88歳。葬儀は近親者のみで行う。
吉元氏は与那国町出身。1936年生まれ。祖国復帰協事務局長、県職労執行委員長、県労協事務局長などを歴任。県労協事務局長時代には、嘉手納基地包囲行動などを企画した。
大田昌秀知事の就任後、90年に県政策調整監、93年に県副知事に就任し、97年まで務めた。国際都市形成構想・基地返還アクションプログラムの策定や、政府との対話の場として沖縄米軍基地問題協議会、沖縄政策協議会の設置に尽力した。退任後、県地方自治研究センター理事長、沖縄21戦略フォーラム代表を務めた。
98年の参院選比例代表に社民党公認で立候補したが落選。2002年には県知事選に無所属候補として立候補したが、現職の稲嶺恵一氏に敗れた。
2015年に沖縄振興功労で琉球新報賞を受賞。22年に県功労者(地方自治)、23年に地方自治功労で瑞宝小綬章。