Googleは遅れるべきじゃなかった? -アメリカの「締切のゆるさ」を考える-
ぼくはAmazon USでセール機能の開発をしている。Amazonで商品を買うときに〜%引きという割引を見かけることもあるかもしれないけど、あの機能をエンジニアやデザイナーと日々開発している。
アメリカで働くようになってから、というか厳密にはAmazon USで働くようになってからびっくりしたことがある。それは「締切のゆるさ」だ。
日米での「締切」の違い
プロダクトのリリース日はもちろん事前に決めてある。でもエンジニアや彼らを束ねるマネージャーが進捗や見通しを踏まえて「どう頑張っても締め切りは守れないな」と意見が一致すると、割と普通に「3カ月納期をずらさせてください」とか申し出る。そしてその申請があっさり通る。そういう場面をこれまでたびたび目にしてきた。
これは日本にいた時に「締切は〇ぬ気で守れ」と徹底的に教育されていた自分にとってはかなりの衝撃だった。よく思い出すのは最初に働いた会社のこと。ぼくはキャリアのはじめの3年半を渋谷にあったITベンチャー企業で過ごした。
その期間に「これはどう考えても今のスケジュールじゃあどうにもならない」ということが明らかなプロジェクトを引き受けたことがあった。ぼくはそのとき「このままだとエンジニアも倒れてしまうしお客さんにもロクなものが出せない」と考えて、リリース時期を現実的なものにズラす提案をしたことがある。するとぼくの上司はこの提案を聞くやいやなワナワナと手を震わせてぼくの資料を握り潰した。そしてすかさずメンチを切りながらこう言った。
「おまえ自分に締切を変更する権限があるとでも思ってんのか?」
ぼくは「マザー・フ◯ッカー」とこころの中で叫びつつ(これまたこころの中で)中指を立てたけど、その場では「そうですか」みたいな感じで受け入れた覚えがある。そういうものとして受け入れることが「社会の常識」とされているらしいと理解した。そのあと転職したアマゾンジャパンでも日本人で固まったチームで働いているときは同じような「締切への圧力」はあった。締切の直前に「間に合わない…」と泣き声を漏らしながら深夜までオフィスで働いていたチームメンバーの姿がすぐ頭に浮かぶ。
かたやアメリカに来てからは話が違った。どうやら「いいプロダクトを出すためには締切にとらわれるべきではない」という考え方があるみたいだ。それがどのプロダクトにも当てはまると言うつもりはないけれど、そういう考え方が確かにあるということはエンジニアと話しててもはっきりと感じられる。シアトルで活躍されている米マイクロソフトの牛尾剛さんの著書にはこう書かれている。
(前略) 「納期は絶対」の神話は捨てよう。
私が、最初に知って衝撃を受けたのは、「納期 (Deadline)」の意味が日米でまるで異なることだった。日本の場合、納期に、予定された機能がすべて搭載された製品を、予定された品質で納品することが求められる。
しかし米国では、「納期は柔軟」だ。確かに同僚たちを見ていても日本ほど「納期」に厳しくない。多くの案件は期日通りリリースしているが、実は中身は予定よりも少ない量に変更されていることはよくある。納期を守るために、徹夜する人たちも見たことがない。日本人は納期に厳格すぎて無理をしすぎる傾向にある。だが、そこにどれほどのバリューがあるだろうか?
ふむふむ。締切を守ること以上にプロダクトの品質にこだわるという考えは十分に理解出来る。特にエンジニアの視点からするとこういった職場環境は不要なプレッシャーを感じることもないだろうから最高なのだろう。
ただプロダクトマネージャー(PM)という視点からここでは違った見方を示してみたいと思う。上記の考え方にぼくは基本的には賛成だ。でも今アメリカでPMとして働いていて少しだけ違った考えを持っている。
ぼくが思うに締切は重要だ。絶対に。
もう少し厳密に言うとプロダクトの価値を最大限発揮するためには「いつリリースするか」が極めて重要だということを言いたい。これはぼくが日本を離れてAmazon USで働くようになってから3年が経つ今も変わらない。なんならその思いを強くしているくらいだ。
リリースの時期とプロダクトの価値
自分が担当したプロダクトを例に出して話を進めたい。ぼくはAmazonのクーポンの機能を開発していた。その中でプライム会員限定のクーポンをより分かりやすくお客さんに見せる機能を作っていた。この機能があることでプライム会員のお客さんはAmazonでお買い物してるときに簡単にお得なクーポンを見つけることが出来る。
この機能は年に一度のプライム会員向けの大感謝である「プライムデー」というセールイベントに間に合うように開発を進めていた。なぜならプライムデーでは文字通り桁違いの数のプライム会員のお客さんがショッピングをするからだ。
それなのに。エンジニアは「開発はなかなか難しい」という理由でどんどんリリース日を押していった。ぼくはPMとしてその提案に疑問を投げかけたり反対したりした。というのも「頑張れば間に合わせられる」類の困難さだったからだ。でも「ムリはよそう」という理由でリリースの延期は余儀なくされた。結局その機能がリリースされたのはプライムデーから数カ月経った時期だった。
その結果どうなったか?せっかくプロダクトをリリースしたのにカスタマーの反応はぜんぜん芳しくなかった。それもそのはず、プライム会員が積極的にショッピングするタイミングを思いっきり外したリリースにお客さんが好意的に反応してくれるわけがない。
エンジニアは頑張った。頑張った分だけ品質も確かに良くなった。でもお客さんがほんとうに求めている機会を逸したリリースにどれほどバリューがあるだろうか?
ぼくはまだそのときアメリカに来たばかりの新米PMだったのであまりゴリ押しも出来ず「どうなるのかな?」と事態を俯瞰するしかなかった。でもこの経験を通して「アメリカのやり方が必ずしも進んでいるわけではない」と強く学んだ。
Googleは遅れるべきじゃなかった?
ここでChat GPTがリリースしたときのことを思い出したい。あらためて言う必要もないかもだけど、Chat GPTとはOpenAI社が開発した対話型の生成AIサービスのことだ。ユーザーが質問するとその意図を理解して迅速かつナチュラルな回答を提供する。もちろん回答の精度やクオリティーは今後も改善が求められるだろうし、まだまだ未完成のサービスと言ってもいいと思う。でも世界中が情報を探すときに長らくGoogleを主とする検索エンジンに頼り切ってきたことを踏まえると、このサービスの登場は十分に世界を揺るがすものだったと言えるだろう。
Google(もしくは親会社のAlphabet)の幹部はChat GPTがリリースされたときに「非常事態」宣言をしたらしい。自分たちの検索ビジネスが根底からひっくり返されるかもしれないと慌てふためいたみたいだ。
完全に個人の考えだけど、Googleは絶対に遅れるべきじゃなかったんじゃないか?と思う。Googleは「世界の情報を整理して誰もが便利に利用できるようにすること」ということを使命にしている会社だ。そのミッション、および彼らがこういったAIの分野で世界中のデータと天才エンジニアを集めて研究開発してきたことを踏まえるとOpenAI社に先を越されたのは残念すぎると思う。
世の中は検索エンジンを便利に感じているけれど、潜在的にもっと新しくて簡潔な情報収集ツールを欲していた。「知りたい情報に簡単にアクセスする」というニーズを満たすべくこれまで革新を続けてきたGoogle。そんなGoogleこそが新たなツールとして世界に先んじてChatGPTのような機能をリリースすべきだったんじゃないだろうか。
GoogleはそのあとGemini (旧Google Bard)という同じような生成AIサービスをリリースしたけれど、現時点でもこの分野で"圧倒的な存在感"を発揮しているとは言い難いように見える。Open AI社が先のChatGPTの機能をリリースするまでに7-8年に及ぶ研究開発をしていたことを考えるとその間Googleはなにをしてたんだろう?とどうしても思ってしまう。同じように研究開発をしてきたのだろうけど、リリースの戦略で大きな違いを作ってしまったように見える。
ChatGPTがGoogleの検索エンジンに置き換わる、という未来は想像できないしそんなことはまず起きないだろう。でもほんとはGoogleにとって「勝てた試合」だったんじゃないか?そう思わずにいられない。
プロダクトマネージャーに求められること
話を戻す。
日本で身に着けた「締切をとにかく大事にする」という姿勢。そしてアメリカで学んだ「締切にこだわらず良いものを作ろう」という文化。ぼくはそのどちらも大事だと思う。
重要なのは「カスタマーにとって意味のある時期に出すこと」と「プロダクトの価値を出来るだけ最大化すること」。その2つをバランスを取りながらプロジェクトごとに判断していくことなんじゃないだろうか。そしてその舵取りをするのがプロダクトマネージャーの極めて大事な役まわりであり、この仕事の醍醐味のひとつと言うことを最後に付け加えておこう。
今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。
家の近くの海沿いを散歩しながら。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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