第6回4回転半、始まりは…羽生結弦が兄貴と慕う無良崇人さんが明かす秘話
「ジャンプに関して、一番面倒を見てくれた先輩。頼れる兄貴分」
2018年平昌五輪で2連覇を飾った羽生結弦が五輪後の同年4月、ファンのために作り上げた感謝の凱旋(がいせん)報告イベント「Continues~with Wings~(コンティニューズ・ウィズ・ウィングス)」。
羽生自身が影響を受けたというトップスケーターや振付師、指導者たちが出演した。その1人が無良崇人さん(30)だった。冒頭の言葉は、羽生が無良さんを紹介した際のコメントだ。
「面倒みたっていうほどではないですけどね」と4学年上の無良さんは謙遜する。18年3月に現役引退するまで羽生とは様々な大会で競演し、親交を温めてきた。
無良さんが羽生のことを知ったのは自身が合宿や振り付けで仙台のリンクに行った時だという。
「何年だったか覚えてないくらいですけど、彼がノービスとかだったのかな。その当時から、もう転びながらでもずっとジャンプを跳んでいて、ガツガツと練習しているイメージがありました。転んでも転んでもずっとやっているイメージがすごくあります」
羽生結弦の強さの秘密を、寄り添ってきた6人の指導者や仲間が語る連載の最終回。無良さんは羽生との交流の数々を語ります。6人の証言の見どころを詰めた本編動画は記事の最後に。
試合で初めて羽生を認識したのは07年11月に仙台市体育館で行われた全日本ジュニア選手権だったという。この大会、無良さんが優勝したが、当時12歳だった羽生は存在感を見せつけた。フリーは1位。ノービス選手として初めて全日本ジュニアの表彰台(3位)に上がった。
「自分も試合だったので、彼の演技は見ていないんですよ。直接見てはいないんですけど、あとあと映像を見た時に、当時から今の片鱗(へんりん)があるなと思います。一言で言うと『次の世代』の選手が出てきた、という印象。身のこなし方を含めて、僕らの世代とはちょっと一線。また違った洗練さというのですかね。新ルールのもとに育っている選手だな、という印象がすごくあった」
「今もそうですけど、ジャンプの軽さ、ふわっといく感じはジュニアの時から、元々できあがっていたところがあった。そういうところを見ていても『ああ違うな』と思っていました。僕らはもともと6点満点の採点を試合で長いことやってきた世代。羽生選手は新ルールになってから本格的に試合に出始めている。ジャンプだけでなく、スピンだったりステップだったり、プログラム全体、トータルで採点されるものだという認識で試合に出ている。僕らの世代に比べて、すべての要素が洗練されて試合をしているのが一番の違いなのかなと思いました」
全日本ジュニアで互いに認識しあった無良さんと羽生。羽生はどうして無良さんを「頼れる兄貴分」だと表現したのだろう。
無良さんは、11年5月に愛知県豊橋市で行われた東日本大震災のチャリティー演技会での出来事を思い出す。
「当時は羽生選手の4回転は左に外れる傾向がすごく強かったと覚えているんですけど、上半身をもうちょっと空間に残していった方がいいんじゃないという話をしてたような気がします」
そして「なんか4回転サルコーが跳べそうなんですよね。見ててください」と言った羽生がさらりと跳んでみせた。
男子では必須となる4回転ジャンプを通して、2人は対話を続けていた。
無良さんも羽生から4回転のコツを教えてもらうこともあったという。
「紙に書いて、図にしてくれた」
ある時、無良さんが4回転サルコーに悩んでいることを告げると、羽生が紙とペンを持ってやってきた。
「どういうイメージで自分がやっているかを紙に書いて図にしてくれたんです。サルコーは滑る軌道の氷上に左足でたっていて、(ジャンプ直前に)踏み込んでいく時に両足になるわけなんですけど、その両足になった時に左足がどっちに進んでいったらいいのか、後ろに滑っていく動きをどう阻害せずにジャンプにもっていけるのか。それを図にしてくれて。左足をどういう方向に出していけばちょうど合うところが出てくるから、それに逆の腕をそのタイミングに合わせてあげる、とかを丁寧に教えてくれましたね」
「4回転ジャンプはやっぱり彼に聞いた方が早かったですね。羽生選手が4回転を研究しているのは僕も知ってたので。あれだけきれいに跳べるってことは、それなりに自分が突き詰めているからなんですよね」
無良さんは現役時代は豪快なジャンプを武器にしてきた選手。五輪出場こそかなわなかったが、14年四大陸選手権を制するなど、世界トップクラスのジャンパーだった。羽生との共通項は、2人とも前向きに踏み切るトリプルアクセル(3回転半)が得意だったということだ。
羽生が成功を目指す前人未到のクワッドアクセル(4回転半)には、2人にまつわるこんな秘話がある。
15年6月のアイスショー「ドリームオンアイス」でのことだ。
「ゆづの方がいけんじゃないの?」
「『アクセルで4回転を跳べたらすごいよね』みたいな話になって『ちょっとやってみようよ』と。そういうところからのスタートだったと思うんです」
「羽生選手は『無良くんもアクセル高いし、回れそうじゃない?』と。逆にこちらは『俺よりゆづの方がいけんじゃないの?』と。じゃあ練習とかでやったことあるから『こういう場で挑戦してみようよ』となったんですよね」
そのショーで2人はクワッドアクセルに挑戦した。成功こそしなかったが、そのささやかな遊び心が、おそらく羽生の4回転半の出発点となっているのだろう。
無良さんは言う。
「4回転半は一時自分も練習をしてましたけど、無理だと思ったのは、空中で耐えていられないんです。空中で体を締めている姿勢を維持できない。でも、4回転ルッツを跳べる空中感覚をもっている人なら、体を締め続けていられるというのが僕の持論。もともとアクセルが上手じゃないといけないというのが前提なんですけど。ルッツは反対にひねったところから回転をしていくので、どの4回転の種類よりも一番空中で締めていることを本気で意識していなきゃいけないジャンプ。その空中の感覚を持ち合わせていれば、最後の最後まで、4回転半のところまで回りきれるはずなんです。4回転ルッツを跳べる羽生選手だから、そういう空中感覚をたぶん持っている」
「そして70センチ近く高さがあって、きれいに放物線を描いて跳ぶアクセルは羽生選手だけが持っているもの。4回転半は、彼にしかできない挑戦。羽生選手はクワッドアクセルに一番近い人間だと思っています」
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