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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
23 小都市リセルティア
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23−7



 さて、大賢者アリアスさんにまつわる道具、といいますと。生涯、身につけていたという“五物”が有名だ。

 大地を象徴するような木製の、身の丈ほどもある【杖】と。

 不滅の炎の象徴として、杖にはめ込まれた【聖炎石(せいえんせき)】。

 神々に祈りを捧げ、行く先を決めるために使用した【金の香炉】を、彼の人物は愛したといい。

 空と海とを通わせる【青金石の首飾り】には、幸運を運ぶ魔法が込められていた。

 星を読むための【方位磁石】は、旅人に必須の道具で。

 この五つのアイテムを、大賢者の五物、と記す。

 本人は水の魔法が得意だったという事もあり、アリアスさんを神聖視する一部の学者の間では、この世を治める要素を全て身に宿していた彼の存在は、唯一であり完全だったのだ、と。……神国のお偉いさんに目を付けられてしまうんじゃ?と少し心配になるくらい、絶賛の嵐であった。まぁ、私はそんな書物に目を通しただけなので、この絶賛も一部の支持者にすぎないんだろうなぁ、と。なるべくの客観視である。そうした贔屓目を差し引いたとて、アリアスさんは今でも人気者なのだけどねぇ。

 この辺で話を戻し。

 通りに見えた最寄りのお店、魔法使いの【杖】の店である。


「お姉さん、知ってるの?大賢者さまの五つの道具…」


 おじいさんに言われてすぐに、踵を返す反応をしたのは、お恥ずかしながら私であった。

 世間一般にしてみたら、大賢者の五つの道具?杖と…うーん、何だっけ?だが。元来のオカルト好きとオタッキー(…いや、失礼。そういう年代を過ごしたのだよ)な私の脳は、十代の若さも相まってしっかり記憶を留めていてくれた。これが普通の参加者だったら、まずは書館に向かう所だ。


「はい。お任せあれ!ですよ。そういうのは得意なんです」


 オルティオくんの驚いた顔と、クライスさんの関心の気配。

 一応、先に語っておくか、と。私は少し足を遅めた。


「大賢者の五物というと、普通、杖とその先に付いていた石、香炉、首飾り、方位磁石をいうんです。それぞれ素材や色を示すと、木製の杖、火属性の石、金色の香炉、青い石の付いた首飾り、銀の方位磁石といった感じです。まずはさっき見てきた流れで、一番此処から近そうな杖のお店に行こうかと」

「なるほど…それで“街ぐるみ”なのか」

「へぇ〜、お姉さん、物知りだね!」

「あはは。見直してくれました?」


 少年はこくこくと、興奮でうっすら染まった頬で頷き、おじいさんから受け取った黒い羽根の飾りを握る。


「お兄さんもお姉さんも、凄い人なんだね」


 と。いやいや、結果はまだ出ていない…と、ひねくれ者の私は思うが。

 クライスさんはそんな少年の頭に手を乗せて。


「行動に出た君が、一番凄い。君が依頼を出さなければベルの目には止まらなかったし、もちろん俺も関わる事はなかっただろう」


 だから君が一番凄い、と優しく諭すのだった。


「よし、この調子で入賞を目指そう」


 と、空気を一転、変えたお人に。


「うんっ!」

「もちろん!頑張ります!」


 と私達は賛同し。

 ほどなく見えた杖のお店の暖簾をくぐるのだった。




「いらっしゃいませ」


 と入店一番、理知者を思わせるモノクル装備の店員さんは、オルティオくんが手にした羽根に一瞬目を落とし、「ご入用は?」と微笑んだ。

 普段来るような場所でもないし、そんな店員さんの丁寧な対応を見て空気に呑まれた少年だったが、意を決して顔を上げると。


「だ、だっ、大賢者さまの【杖】を下さい!」


 そう純粋に物を乞う。

 店員さんは面食らった後、知的な微笑を浮かべ。


「あいにく当店には、そのような高価な代物を置いてはおりません」


 と。

 まぁ、普通に考えて、実物は“アリアスの塔の中”なのだろうな、と。

 しかし、急に「しゅん…」としてしまった少年を見て、元気出して下さいね、と肩を叩くと。


「この店に置いてある木製のロッドをいくつか見せて頂けますか?」


 私は該当しそうな武器を定員さんに頼むのだった。

 一般的に魔法使いが使用する武器は、ステッキ、ワンド、ロッドの三種類に大きく分かれ、順番に、短い棒、中くらいの棒、長い棒、と区別するのが慣例である。少し前にレプスさんが指向がどうの…と言っていた事もあり、あの後ちらっと魔法について本に目を通してみたのだが。発現する魔法に対する魔力効率がどうの…とか、やっぱり指向・安定性が使い手や杖によって違う…とか。個人の能力ももちろんあるが、使用する杖によりばらつきが出てしまう事とかも、割とある…というのを知った。

 高名な冒険者のうち、魔法使い職のお人らは、結構な割合でロッドを好む傾向にある。レプスさんは私が例の杖を渡す前、おそらくワンドと呼ばれる種類の杖を使用していた気がするが。長さに関わらず高価な杖というものは、魔力効率・指向性、その他の要素とも、魔法使いの感覚的に“使い易い”ものらしい。

 果たして、店員さんはその要求に眼鏡の奥の瞳をキラリ。


「かしこまりました」


 と頷いて、一度、奥へ消えていく。

 それほど時間が掛からずに戻ってきたその人の、腕に抱かれてきたものは三本の杖だった。どれも茶色い木製で、身の丈ほどの長さをほこり、しかもその上部にはちょっとした石をはめ込めるだけの装飾がしてあった。

 アリアスさんの肖像によく一緒に描かれる杖は、ロッドの先端がやや湾曲したタイプ。

 対して、お店の店員さんが出してきたのは、全て歪みの無いタイプ。


——……あれ。選べない…(・・;)


 出されたロッドを目にした時から無言になった私へと、オルティオくんとクライスさんも同じく無言の視線をくれるが。


——あの、選べない…選べないです、よ?


 そんな不満の視線を一つ、定員さんに返してみれば。

 モノクル姿の店員さんは相変わらずにっこり笑い、ふと、オルティオくんの持つ黒い羽根に視線をくれた。


「………あ!そういう事ですか!!」


 不意に叫んだ私の様子に、2人はギョッと身じろぎするが。


「私達の求める品はこの中には無いようです。この街の【杖】のお店は、他にどの辺にありますか?」


 取り出した観光マップを店員さんに広げてみれば、良い笑顔でその人は「こちらと、こちらになりますね」と。南門からの大通りにある一店を指差して、西門からの大通りにあるもう一店を指差した。

 ありがとうございます!と、2人を引っ張りお店を辞せば、チームメイトは怪訝な顔で私を見上げ、見下ろしてくる。


「どうやら、そんな簡単に道具を集めさせてはくれないみたいです。が、店員さんがヒントをくれました」


 チームリーダーのオルティオくんがその手に持った、黒い羽根、それである。


「きっと、該当店舗には“黒い羽根”が飾ってあるとか、そういう目印があると思うんです。それで、ここからは相談なんですが…」


 杖の該当店舗を探すにしても、既に西と南の距離が。特に南通りの店舗に至っては南門付近に位置していたりして、そこから噴水広場に戻るにも二十分くらいの感覚がある。それでハズレだったりしたら、それだけの時間のロスだ。


「いっそ、別れて当たった方が効率が良いと思うんです」


 そうした場合、万が一を考えて、クライスさんとオルティオくん、私一人、の2つのチーム。

 まさか街のフェスタ程度で妨害が入るとは思わないけど、私とオルティオくんじゃ万が一の時なめられる。そこで、クライスさんには目を光らせて頂いて、存在感の薄い私は私なりにちまちま動く。


「連絡は…その、クライスさんの精霊さんを、当てに出来たらなぁ…と」


 下から伺うようにあざとくお願いポーズを決めれば、ふぅ、と息の漏れる音の後「これを預ける」と一羽の鳥が。

 クライスさんが掲げた手から現れた法陣より出る、ほんのりと光を纏ったなんとも神々しい鳥は。


——おぉ、いつぞやの精霊さん…!幸せの青い鳥!


 声を伝える精霊さんは音もなく私の周りを回り、よしよし、こいつが宿主だなと、左の肩にお止まりに。

 一瞬、何これ!?肩に鳥とか!!すごい、すごいよ!まるで私がファンタジーなお話のお姫さまになったみたい!!と。やたらときめくものとかあったが。

 ちらっと見てニヤリ。ちらちらっと見てまたニヤリする私の怪しい行動に、オルティオくんの純粋な「どうしたの?大丈夫??」な視線が刺さる気配を感じ、こほん、な咳払い一つで気持ちを入れ替える。

 もう一度ふたりの前で観光マップを広げてみせて。


「私は西通りの【杖】のお店へ向います。クライスさんとオルティオくんは、最初、南通りのお店へ向かって下さい。黒い羽根がお店の看板やドアに飾ってあれば、随分分かりやすいと思うんですが、店員さんが羽根飾りを付けている場合なども十分考えられるので、一応、お店に入って確認してくださいね」


 それから2人は噴水広場の方へ、通りの両側を見渡しながら、石に関する商品を扱っていそうなお店とか、青い石でつくられた首飾りが売っていそうなアクセサリーショップとか。黒い羽根を目印にして登ってきて下さい。私は【杖】のお店を探しながら他の道具のお店を探し、西門まで行って帰ってきます。


「きっと進捗に差も出るでしょうし…何かあれば連絡って感じで、後は適当に合流とかで如何でしょう?」

「わかった。道具を手に入れたら、すぐに連絡しよう。重複した分、時間のロスだ」

「あ、そうですね。私も何か手に入れる事ができたら、その都度連絡しますね」


 あとはペンを取り出して、クライスさんとオルティオくんに持たせるマップにグリグリと。木製の杖、炎系の石、金色の香炉、青い石の首飾り、銀の方位磁石…など、達筆には程遠いけど書き込みをしてみせる。見た所、汎用されてる普通の観光マップであるので、少し大きな店先ならばどこにでも置いてあるだろう。自分の分はそれで賄うことにした。


「では、また後で。頑張りましょう」

「うん!」

「あぁ、また後で」




 残念ながらハズレであった【杖】のお店の一軒目にて、我々は言葉を交わし、中央広場へ共に戻るとさっそくの別行動。

 西通りの【杖】のお店へ向かいつつ歩いていれば、少し前の様子に比べて往来の人々が多く、もしや、後続の参加者達が最初の課題をクリアして、続々と街に集ってきたのかもしれない…と。何となく気持ちを引き締める。

 いかにも“精霊です”な半透明な鳥さんは、そのまま肩に止まったままで。ふとこちらが目に入った奇特な通行人達が、見たまま「すげー、精霊だ…」な惚け顔をしてすれ違う。

 思わず「しかも、勇者のな…」と心で返す私だが。まぁ…東の勇者様の追っかけでもやらなけりゃ、人生で一、二度くらいはお目に出来たかもしれない、域で。やっぱり肩に止まった鳥に。


——すごい…本物の精霊が居る…。


 と。結局、同じ事を思った自分であった。

 そして、改めて息を吸い込み。


——よし!五物を集めるぞ!


 と。

 気持ちを引き締め、早足で西通りを行く私。

 この時、そんな私の様子を伺っている人が居た、とは。全く想像もしていなかった。

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