追悼――兼田健一郎さん

 12月25日、兼田健一郎さんが亡くなられた。

 私は深い繋がりがあったわけではない。声優ラジオ・アニラジと呼ばれるジャンルに長年心血を注いできた人だけに、声優や番組スタッフには一緒に番組を作ってきた方たちも多いだろう。Xの反応を見ていても、兼田さんの関わる番組を何年も聴き続けてきたリスナーがたくさんいる。そういう方たちに比べたら、私と兼田さんが関わった時間はとても短い。だから、「実はこんな人だった」「こんな思い出がある」と語れる話は少ない。

 それでも印象が強いのは、私の著書『声優ラジオ“愛”史 声優とラジオの50年』の中で取材したからだろう。

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 兼田さんとの出会いは本当にただの偶然だった。私を定期的にゲストに呼んでくれる希有なラジオ番組『伊福部崇のラジオのラジオ』(超!A&G+)の収録現場でたまたま顔を合わせた。2018年12月のことである。2本録りで別の回に兼田さんが出演されたため、入れ代わるタイミングで名刺を交換。その際に「来年、声優ラジオの歴史を本にしたいので、ぜひ取材させてください」とお願いしたのを覚えている。

 その言葉が実現したのは翌年のこと。8月のとにかく暑い日だった。取材時間は1時間半という形でオファーしたのだけれど、終わってみれば3時間以上経っていた。改めてその時の文字起こしを確認したら、本に載せられる話だけを抽出したはずなのに、3万字を優に超えていた。

 兼田さんはもともとジャーナリスト志望で、ラジオ大阪に入社した直後は報道部に所属していた。数年後、営業部への異動を命じられた時はまさに青天のへきれきで、担当になった声優やアニメに対する興味は皆無だったという。大阪にある局の東京支社の営業、という特殊な立ち位置で声優ラジオ・アニラジと向き合い、番組制作にも関わるようになって“個人商店”のような状況になっていった。

 その後の活躍は声優ラジオリスナーならご存知だろう。ラジオ大阪を退社後、2019年1月に株式会社ベルガモを設立し、現在に至るまで積極的に番組制作を行っていた。詳しい足跡や考え方を知りたい方は、ぜひ『声優ラジオ“愛”史』を読んでいただきたい。

 私もラジオは好きだったけれど、声優やアニメに対する興味がなかったのは兼田さんと同じ。そんな立場ながら『声優ラジオの時間』シリーズの編集長をしていた。声優ファン、アニメファンではないところが共通していたのもあって、兼田さんの取材はとても盛り上がった。書けない話もたくさん出たように思う。

 原稿を褒めていただいたのも記憶に残っている。ご本人のコラムの中で、「事前取材」と「構成力」がしっかりしていると書いてくださった。取材した方に喜んでいただけるのはライター冥利に尽きること。その言葉は今でも励みになっている。

 本が刊行された後、兼田さん主催で記念イベントを開催していただき、それに参加したのが2019年12月のこと。私が兼田さんと直接顔を合わせたのは、出会った日と取材した日とこのイベント時の計3回だけだ。コロナ禍の最中に連絡をして、ベルガモの取り組みをWEB記事に組み込んだことはあったが、その後にお会いする機会はなかった。

 Facebookで繋がっていたため、ガンを患っていることは知っていたが、今年10月に『伊福部崇のラジオのラジオ』に兼田さんがゲスト出演された際に、病気に関してシビアなお話をされていて、とても驚いた。そんな時でも明るくされていたのが印象的だった。


 「声優ラジオ・アニラジは良くも悪くも、ラジオ界全体の一歩先を進んでいる」というのが私の持論だ。

 私が声優ラジオを取材するようになった時点で、声優がパーソナリティを務めるラジオ番組は年間で何百も生まれては終わるを繰り返しており、ある程度人気のある声優がラジオをやりたいと思えば実現する可能性が高い状況だった。コロナ以前、お笑い芸人の中には「ラジオがやりたいけどできない」という人が多かったけれども、今や「やりたいと思えばできる」状況になっている。

 声優ラジオならば、スポンサーに頼らず、グッズやラジオCDの販売、イベント展開で収益を出すやり方は以前から当たり前だった。コロナ禍を経て、それはラジオ界全体でも一般化してきている。地方局でもそういう流れが生まれてきているようだ。声優のWEBラジオが急速に増えて、放送局の番組運営が難しくなったのも、今のポッドキャストとラジオ局の関係と似ているようにも思う。

 兼田さんは90年代から、ラジオ大阪所属ながらイベントやグッズ展開に当たり前のように取り組んできた。映画まで制作している。『声優ラジオ“愛”史』の兼田さんに関する記事の最後に載せたこの言葉も、今のラジオ界の状況を言い当てているように思う。

「ここはみんな誤解しがちなんだけど、ラジオ局じゃなきゃならないとか、ラジオ番組でなきゃならないっていうことではなく、きちんとお話しする、きちんと表現するということの媒体がたまたま音声コンテンツだったということなんです。ただ、ラジオって便利な言葉で、どのプラットフォームに乗っかっても、お喋りするということがラジオなんですよ。ニコニコ動画に乗っかってようが、インターネットに乗っかっていようが、ラジオって言うでしょ? 『ラジオはどうなりますか?』と問われたら、おそらくラジオっていう言葉のみが残っていくと思います。この前も、『ヒプノシスマイク』に出演している木島隆一君の新番組を立ち上げたんですけど、完全に動画なんです。動画なんですけど、『リスナーの皆さんは……』『新しいアニラジがスタートしました』と話している。ラジオでも何でもないじゃんって思うんですけど(笑)。おそらくAbemaTVなんかも一緒になっていくと思うんですけど、ラジオメソッドは残っていくので。電波ではない。映像も付く。イベントもある。でも、2WAYでメールを読んでというフォーマットがラジオなんだという。スピリッツとしてのラジオはますます繁盛しますよ」

『声優ラジオ“愛”史』より

 兼田さんの経験談や考え方を、今のラジオ界に広く伝えるべきなんじゃないか。そんな風に考えた私は、11月に兼田さんに取材のオファーをしている。すぐに快諾いただき、日時を調整しようとしていた矢先の訃報だった。

 1回だけじゃなくてもっと取材する機会を作れなかったのか。兼田さんの思いを形にできなかったのか。長年、記者という仕事をしてきて、こういう経験は何度もしてきたが、それでも今は強い悔いが残っている。何より直接お会いして話がしたかった。


 兼田さんを取材した時に感じたのは、“声優ラジオ・アニラジ”というジャンルへの強い思い入れだ。その裏側には変わらずジャーナリスト精神があると話していたのが印象深い。

「パーソナリティとしての好みはないんです。一生懸命やってくれる人であれば誰でも別にって。そんなこと言いだしたら、『どういう犯人のタイプが好きですか?』と言っているのと同じですから(笑)。事件が起きてから僕は考えるわけであって、とにかく誰かが事件を起こしてくれないとダメなんです。事件が起きたら、それをベルガモでどう表現するのかっていう話だから。上坂すみれのように、ロシアが大好きなんですという女の子が出てきたら、それに合う場所とフレームを用意する。事件を起こした人が好きだ嫌いだなんてことはないんです。もう起きてしまっているんですから。それをどう原稿に書き落とし、ニュースにできるかということを考えているんですよ」

『声優ラジオ“愛”史』より

 私はいまだに声優ラジオのヘビーリスナーではないし、正直、兼田さんが作ってきた番組にもほとんど触れたことはない。それでも声優やそのラジオスタッフにラジオの話を取材するのはとても好きだ。

 兼田さんの意思を継ぐ……と書くのはおこがましいが、声優ラジオに対するジャーナリスト精神なら引き継げるはずだ。悔いをいつまでも抱えながら、自分なりのペースで声優ラジオというジャンルの変遷を見つめていきたいと改めて思った。

 長い時間が過ぎた後で、兼田さんに声優ラジオ界のその後を報告する機会があったら、どんな反応をされるのだろう。真面目なラジオ論を話してくれるのだろうか。……いや、兼田さんのことだ。天国でも「で、儲かったの?」とまずは笑いながらお金の話をしてくるに違いない。

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追悼――兼田健一郎さん|『ラジオの時間』編集部
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