第37話 溟鎖解放

 暁人は男に向き直り、睨みつけた。相手の腰の一振りはどう考えても妖刀。属性不明。下手な〈雅龍淟星がりょうてんせい〉は裏を欠かれる。

 こちらの術式はある程度割れているだろう。大きな家系の相伝術式のメリットは代々のノウハウが受け継がれてきたことにあるが、同時にそれは敵に知られるリスクと常に隣り合わせであること。

 相伝の術式は確かに強力だが、攻略法も、存在するのだ。そしてそれは、知られやすい。

 そのための呪具であり、仲間であった。


 暁人は考えても仕方ないと、左を黒龍、右を青龍に変えて妖刀を振るった。帯電状態の刀身がうなりを上げて男に迫る。

 素早く男は抜刀し、妖力を纏った刀身で防ぐ。妖術属性的には空。有利も不利もない属性だ。

 その刀身がふわりと舞い散り、消えた。


「!」


 後ろに飛んで、咄嗟に上半身を仰け反らせた。いつの間にか顕になった刀身が暁人の胸板を薄くスライスし、過ぎ去っていく。

 切り飛ばされた着物の切れ端。小袖と襦袢越しに血が滲み、八岐が止血。「油断すんな、術式か呪具だぜ」と言われた。

「八岐、お前あの術式知らねえか」

「若ぇ術はほとんど初見だぜ。お前の親父とは仲悪かったし、俺の知識はほぼ千年前で止まってんだよ。現代の知識は暁人から吸い出したもんだ」

「マジかよ、じゃあ俺の性癖も——」


 再び刀身が消える。

 暁人はほぼ反射で結界符を展開。薄い青白い膜がドーム状に形成された。だが、その結界の内側に刀身が構築され、暁人の掌の龍殻を切り割る。

 術式と妖力強化の併用。術師として、ランクが上。

 暁人のような成り上がりではない、実戦叩き上げの術師だ。


「結界を貫通した」

「すり抜けてんのか? それとも、術を無効化したのか?」

「結界は破られてない。一時的な透過……まさか空間ごと切り裂いてるわけじゃないだろうがな。そんな呪具を末端の呪術師が持ってるわけがない」


 空間を断つ剣の噂は聞いたことがある。だがそんなの、妖怪全盛の溟月ですら眉唾だ。稲尾の三十四代目の弟君が活殺結界という、空間の断層を自在に操る結界を使うなんて話もあるが、嘘だと暁人は思っている。

 そんなことができたら無敵だ。全ての攻撃をすり抜け、全ての守りを貫く矛になり得る。妖術における足し引きの誓約が成り立たない。


 相手の妖刀は透過の効果を持ってる。これは確定だ。

 その透過の作用範囲——刀身が消えているのか、物体をすり抜ける霊体化なのか。つまり霧のようになって自在にどこでも顕現できるのか、鍔元のみから再び再構築されるのかで攻略法が変わる。


 男は未だ余裕の姿勢を崩さない。

 暁人は水流の結界を維持しつつ、帯電斬撃を見舞う。二つの属性の併用は、妖力の消費が単純に倍。妖力総量に優れる臥龍家でも、二つの属性を宿すのは稀。属性併用の歴史は浅く、故に、敵にとっても容易にカードを切れない攻めの手札になり得る。

 刀身が鍔迫り合いから透過に移行。すり抜けた刀身は狙いを逸らされて男の脇をすり抜ける。

 ここで守りに徹すれば、おそらくは敵の術中。見えない斬撃を恐れるが故、多くの陰陽師は守りに入り、そこを取られるのだろう。

 ならばこその、攻めだ。


 暁人は左手で握り込んで圧縮した水圧玉を敵に向け、


「〈穿牙せんが〉」


 射出。禮子の〈操血術サングリアス〉のオマージュ。圧縮した水を血に見立て、打ち出す。

 加圧と加速。水流のビームが、時にダイアモンドすらカットする水圧カッターが男の腹に命中。半ば本能的な判断で妖力を腹部に集中し、貫通を防ぐ。暁人の狙いはヘソの下、丹田であったのだ。そこを破壊されれば妖力が練れず、よしんば妖力治癒ができる術師でも、妖力を練り上げる機関が破壊されるため、前頭前野という治癒術中枢が無事でも、妖力そのものの錬成効率の低下から、治癒力の著しい減衰は免れない。

 妖術を扱う生命の、致命的な弱点である。


「おい、刀身が消えたままだ」

「守りと攻めを分けられるのか。それとも出力が本家に劣ってたからかな」

「レーコって奴の血のレーザーは装甲すら貫くもんな」

「俺の知識鵜呑みにすんな。本気出せば、装甲一枚どころか戦艦の分厚い装甲すらぶち抜くぜ、師匠は」


 暁人は無論、今ので手札を使い切ったわけではない。

 むしろ、布石が済んだ、くらいに思っている。


(水の術式が防壁とレーザーだと刷り込んだ。それはいい。実際最近まではそれが限界だった。だけどな、俺だって黒継に言われっぱなしじゃねえんだよ)


 地下で、叔父と行った訓練。現役の兄弟で、おそらくは最強の白龍との「死合い」を、暁人は何度か行い、掴んだ感覚。

雅龍淟星がりょうてんせい〉、その、可能性。ヤマタノオロチの心臓に宿る、その剥き出しの——。


「〈臥龍深淵がりょうしんえん・涅〉」


 歴代で三人、ヤマタノオロチ使いが到達した、〈雅龍淟星がりょうてんせい〉の内なる真奥。


 八岐黒龍が左腕を覆う。禍々しい黒龍の腕からノズル状の排気口が覗き、余剰龍気を排出。

 水の防壁がいくつかの水玉に変化し、渦巻き始める。

 水の加圧は、全体から均等に妖力による圧力をかけることで完成する。その加圧は、黒龍使いにとって第一歩であり、難関の修行である。

 これから行うのは、暁人流の複数同時加圧。


 敵が目を剥く。

 意図に気づいたらしい。


 全体から飽和する加圧ではない。

 水流に分厚い膜を形成して螺旋運動を加え、その遠心力を利用して徐々に水流速度と圧力を上げている。

 非常に乱暴で、幼稚な発想。言うなれば、水風船を乱暴に振り回しまくって割ってしまうような発想法だ。


(水のビームじゃない——まずいっ)


「〈拡散〉」


 水玉が乱気流に耐え切れず、爆散。加圧水流の弾丸が破裂し、散弾のように——否、スプリング跳ね上げ式地雷のように拡散された。

 水玉一つ一つの威力は〈穿牙せんが〉に比べお粗末だが、現代兵器換算で九ミリ弾並みの威力は充分あった。

 木の幹が抉れ、土が弾け飛び、暁人は己の妖力なので抵抗が出来上がっておりほぼ無傷で適応。

 敵は咄嗟の結界術で防いでいる。

 妖刀は、顕現。


「結界術は脳を使う。お前の隠れ蓑は妖刀の術式じゃないだろ!」

「くそっ。いかにも、俺の〈葉月雲隠はづきくもがくれ〉は脳に刻まれた術だ。幻術の一種だよ」

「種明かしか。切り札出しますよってか」

「ああ。もう出し惜しみはなしだ。お前の成長は、戦闘経験の蓄積を積ませれば積ませるほど加速することがわかった。溟鎖解放めいさかいほう四番獄門よんばんごくもん泉獄せんごく——〈傘血鳥かさちどり〉」


 暁人は瞠目。

 まさか——渾式神こんしきがみ


「動揺すんな、泉獄せんごく、四番獄門だ。充分やれる。等級はせいぜい二だ」

「わかってる!」


 地面に黒い井戸の穴が空き、鎖が伸び上がって、そこから引っ張り上げられた枷から唐傘お化けとへビクイワシを足したような怪物が顕現する。

 鎖が緩められ、枷が外れ、〈傘血鳥かさちどり〉はけたたましくピィィイイイイッと鳴いた。


 渾式神出現の顕圧で冷や汗が噴き出る。

 この世ではないどこか、溟獄めいごくという場所に不死身の異形という罪で捉えられた渾式神たち。

 溟界の六王、溟王によって裁定を下され特番と一番から四番の獄門に収監され、コレクションされる連中。呪いの詠唱で現世に呼びつけ、調伏し、式神として従えるそれは術師の憧れであり、ある種の到達点だ。


 自分を信じろ。

 術式は——己の宇宙だ。その、混沌を手繰り寄せろ。


「〈龍殻泉瀑りゅうかくせんばくの術〉!」


 暁人は左手を地面につき、水流を爆発させた。大量の水が泉の如く湧き出して弾け、吹き出し、足場を崩す。

 妖力の基礎操作の一つに水上歩行がある。暁人は平然とそれを行い、〈傘血鳥かさちどり〉に接近。

 渾式神召喚の利点はいくつかあるが、一つに術師への防御結界の展開が挙げられる。

 主人を守るため、渾式神は術師に防御結界をかけ守りを固める。その結界は式神によってピンキリだが、正面切って突破するというのは同等級の術師が行うにはリスキーだ。なんせ、実質二体一なのだから。

 だが渾式神を破壊すれば結界は崩壊し、さらに渾式神召喚でへばった術師を奪れるチャンスが巡ってくる。


 もう一つは術式の共有。だがこれは、三番獄門以上の渾式神のみの能力だ。今は気にする必要はない。


「鳥刺しにして皿に盛り付けてやるよ!」


 その言葉に怒ったのか、〈傘血鳥かさちどり〉が蹴りを見舞う。暁人は左腕の上腕で逸らしつつ右で握る剣を振り下ろした。

 刀身が、網目状の鱗を数枚散らす。


「硬ぇ!」

「結界じゃねえ、フィジカルだ。青龍の方も涅にしろ。いっそ黒龍はもう通常に戻していい」

「信じるぞ親友! 青龍・涅!」


 黒龍の腕が通常のそれに戻り、右腕の青龍の腕が黝い脈の走る八岐青龍に切り替わる。

 電撃が黝い色に変色、その、雷鳴が轟く。オゾン臭に紛れ漂う、懐かしい、龍の記憶。

 連綿と流れる、先祖の——。


「〈龍殻雷刃りゅうかくらいじんの術〉!」


 妖刀に黝い帯電。途端に、刀身が超振動。SF兵器の高周波ブレードよろしく振動剣と化したそれが、さらなる斬撃で〈傘血鳥かさちどり〉の右足を膝から両断。

 だが、渾式神は当然のように治癒。速度は速く、妖力は十全。

 迫る男。背後から妖刀が伸び、暁人は八岐の視界を共有して後頭部に目玉を作り観察。文字通り、頭の後ろに目がある状態で屈み、回避。

 とうに人間など卒業している。今更異形の姿になろうが、抵抗などない。


 左肩には八岐の左目、後頭部に右目、腹に八岐の口。そして、四本の四つ指の龍腕が生える。もはや、人間ではない姿。

 異相の龍人。まさに、これぞ真の臥龍の王という姿。奇しくもそれは、当主の座に飾られる屏風に描かれる、二代目の姿と瓜二つである。


「焜はどうなってる!?」

「あっちはバンバンやってるぜ! それよりやべえのが家だ! こいつらより強いのがいやがるぜ! 輝子と美琴が善戦しちゃいるが、レーコの到着まで持つか……」

「くそ。師匠がいれば大抵の呪術師は心配いらねえんだがな。頼ってばっかもいられねえって突っ張らなきゃよかった」

「後悔先に立たずだぜ。過ぎたこと悔やむな。まずは確実に脅威を潰すぞ」

「わかった。術師の観察を頼む。俺は式神を潰す」


 暁人は〈傘血鳥かさちどり〉を睨み、後頭部と左肩に浮かんだ八岐の目は術師を睨むのだった。

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