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【東方】プディングも作れない魔法の指 - 過酸化水素ストリキニーネの小説 - pixiv
【東方】プディングも作れない魔法の指 - 過酸化水素ストリキニーネの小説 - pixiv
21,631文字

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「咲夜って人間なの?」
 薄々、というか結構はっきり、気付いてはいたけれど、面と向かって素で聞かれてしまうと、思うところがないでもなかった。


「あんた、あいつに会った事ないの?」
 霊夢の言葉だった。それはもう随分昔のようにも、そして昨日のようにも思える記憶で、お嬢様が紅霧異変を起こした後の事だっただろう。
 妹様と初めて出逢った霊夢は、何より先に私にそう聞いてきた。
 そんな事はない。毎日顔を合わせている。そう言う私に、ふぅん、とこぼして霊夢が言う。
「私を見て、人間は飲み物としてしか見た事ない、って言ってたけど。じゃあ、あんたってなんなのかしらね。種族、メイド?」
 まぁ、紅魔館ではその認識で構わないのだけど。必要とされているのは、人間としての私ではなく、メイドとしての私なのだし。


 きょとんとして首をかしげる妹様に、そうですよ、と答える。
 ばさり、真っ白なシーツをベッドにかける。皺ひとつ残さずに、端から端まで手のひらでさっと伸ばす。
「そっかぁ、知らなかった」
 ――そう返事が返って来るのだと思っていた。あっけらかんと、何を気にする風でもなく、そう返されるものと思っていた。
 けれど妹様は、しばらく返事をしなかった。それに驚いて、作業をやめて妹様の方を見た。
 少し視線を落として、何か考えているような仕草だった。


「なんで教えてくんなかったのかな、あいつ」


 それは私の台詞ではない。私への台詞でもなかった。
 困ったように、愚痴るように、ここにはいないお嬢様の悪口を言うような、そんな口調だった。
 まさか気分を害されるとは思っていなかったので、私はいささか閉口してしまった。言葉とともに、替えた後のシーツを畳む。
 妹様は、幼児くらいの大きさはあるぬいぐるみを抱くようにして、ぬいぐるみの右手をばいばいするように振っている。その瞳は楽しそうでもなんでもなく、ひたすら無感情だ。無表情でぬいぐるみを弄ぶ様は、少し怖かった。
 そう。このひとは、怖い。


 ベッドシーツを替える作業はすぐに終わってしまって、手持無沙汰に沈黙を持て余した。
「ん。ありがとう。この話はこれで終わりだよ」
 無表情のまま私の方を見て、ぬいぐるみの手でばいばいと振る。声のトーンと行動があまりにもちぐはぐで、それがまた薄気味悪かった。
 それきり何も話さず、私からも視線を外し、ぬいぐるみの手を振り続けるだけ。行け、という意味だろう。
 私は一礼し、その場から下がった。


 妹様に対して抱く印象というのは、個人によっててんでばらばらだ。繋ぎ合わせたら、とてもひとつの個体であるとは思えない。
 たとえば霊夢は、鬱陶しいやつと言う。でも彼女は大体誰に対してもそんな事を言うので、あまりあてにならない。
 たとえば魔理沙は、陽気なやつと言う。私はそう思わない。
 たとえばパチュリー様は、陰気な子と言う。確かにそうだと思うけど、妹様も貴方には言われたくはないと思う、とは言えない。
 たとえば美鈴は、優しい方と言う。これも、私はそう思わない。


 私はと言うと、怖い方だと思う。
 種族を言っているのではない。能力を言っているのではない。かといって、性格を言っているのかというと、そうでもない。
 私も上手く表現できないのだけど、なんというか、あの方の纏っている空気はいつ見てもぴりぴりとしていて、触ろうとすると静電気のようにばちりと指先を痛めてしまうような。
 妖精メイドは、妹様は気が触れていらっしゃるのだと囁く。妹様は気が触れていらっしゃるから、怖いのだろうか?
 そう聞かれたら、私はきっと首を横に振るだろう。そんな単純な事ではないし、何より、私にはどうしても、あの方の気が触れているようには思えないのだ。
 むしろ、理知的な方だと思う。お嬢様よりよっぽど思慮深い。話していて、そう感じる事が多い。言葉の端々から、鋭さが伝わってくる。
 だからもし、妹様が気の触れているように見えるなら、それはむしろ、妹様が理解されていないだけか、あるいは妹様が楽しんで狂人の真似をしているのではないか、とさえ思う。
 恐らく、私の恐怖の所在はそこにあるのだろう。
 私には見えないどこかから、静かに俯瞰されている。観察するように眺めている。そうして、私の何かを量っている。図っている。
 どこまでも深い得体の知れなさ、そしてその正体が理性によって統御されている予感。それが多分、私の恐怖の根源なのだろう。


「おまえの考えている事を当ててみせようか」
 お嬢様はいたずらっぽく笑って、楽しそうに聞いてくる。
 びっ、と人差し指をこちらに向けるのはいいのだけれど、お召し替えが終わるまではじっとしていて欲しい。言葉の続きを待ちながら、黙って袖を細い腕に通した。人差し指はこちらに向いたままだ。
「今日の晩餐はフレンチになるんだろ?」
「はいはい、ではそのようにメニューを考えておきます」
「えっ、違ったの?」
「えっ、当てる気がおありだったんですか?」
 お嬢様は天然でボケてくるから困る。もっと妹様のように知的に……、いや、あの方は知的と表現していいものなのだろうか。
 ボタンをかけ違えそうになって、慌てて時を止めて誤魔化した。他の事を考えるのはよそう。特に妹様の事は、考えれば考えるほど深みにはまっていく気がする。
「もしかして、私が勝手におやつのプリン食べた事怒ってる?」
「そんな事をなさってたんですか」
「ぎゃっ、バレた」
「バラしたのはお嬢様ではありませんか」
「これも違うかー。じゃあなんだろ」
「覚りでも連れてきましょうか」
「いいね、今度そうして」
「地底に行く用事なんてあったでしょうか」
「用事なんてなくていいじゃん。拉致ってくるのが用事だよ。羽交い締めにして、心読ませ放題しよう」
「それもそうですね」
 拉致ってくるって、なんだか不穏な単語が飛び出したのは気にしないでおこう。


 そっとお嬢様の肩にケープをかけ、首元で緩くリボンを結ぶ。
「そういえば」
 お召し替えを終えると、ふと変だな、と思った。私はこうして毎日お嬢様の朝のお召し替えを請け負っているが、妹様には一度もそれをした覚えがないのだ。
「妹様のお召し替えは別の者が?」
「ん? あぁ、誰もしてないよ。あの子、自分の身の回りの事、誰かにどうにかされるの嫌なんだってさ。だから大体、自分の事は自分でやってるよ。おまえがフランドールにやってない事は、誰もやってないよ」
「妹様はまったくご立派でいらっしゃいますわ。その気概のほんの一部でもお嬢様にもあれば」
「むきー。私はお嬢様だからいいの!」
「お嬢様がいつも通りのお嬢様で咲夜は本当に嬉しいです……」
「むきーっ」
 お嬢様が羽根をぱたぱたさせると、それに合わせてリボンがひらひらと揺れた。


 お嬢様はふくれっ面で、その調子のまま、それに、と言い出した。
「どうせ、あんなの嘘に決まってるのよ」
「嘘、とは?」
「自分の身の回りの事を他人に任せるのが嫌ってやつよ。体の良い口実だわ。嫌なんじゃなくて怖いのよ」
「怖い? 妹様でも、怖いなどと思われるのですか」
「思う思う! しょっちゅうそう思ってるわよ。あいつってば、ひどい臆病者なんだから。どんなに遊ぶお金が有り余ってても、賭け事にだけは手を出さないタイプね。こつこつ貯蓄しちゃうタイプ」
「堅実で結構じゃありませんか」
「まっ、とにかく、私から言わせてもらえばただのびびりなのよ」
 酷い言い様だ。
 しかし、お嬢様に言わせれば臆病者か。更に複雑怪奇になってきた。
「あ、そうだ、話ついでにフランドールの事だけど」
 帽子を何度か被り直しながら、お嬢様は言う。吸血鬼は鏡に映らないので、こういう時面倒なのだとよくお嬢様はこぼす。私にお召し替えをさせている大きな理由がそれだ。単純にめんどくさいっていう理由もあるだろうけど。
 妹様だって、例外になく鏡に映らない。お召し替えを自分でするなら、手間取ったりしないだろうか。慣れているんだろうか。独りでいる事に。独りで面倒を被る事に。


「おまえがやってた諸々の事は別のメイドに引き継がせるから、あの子の面倒はこれからあんまり見なくて良いよ」
「えっ、お嬢様、いくら妹様と仲が良くないからってそれは」
「仲悪くないわ! 超良好だし! 勝手に私の所為にしないで。あの子の希望よ、咲夜は外してくれって」
「え、えぇ……。私、何か気に障る事をしてしまったんでしょうか……」
「んー? いや、違うよ。まぁ、なんていうか、あれはあの子の病気みたいなものだから、気にしない方が良いよ、うん」
 その瞳が、一瞬、どこか悲しげだったように見えたのは、見間違いだったのだろうか。


 お嬢様はすぐにぱっと表情を明るくして、それじゃーあとよろしくー、と間延びした声を出して、日傘片手に出掛けていってしまわれた。神社にお茶をせびりに行くのだろう。
 残された服を軽く畳んで胸に抱いた。自然とため息がこぼれる。
 気にしない方がいいと言われたのだから、そうすべきなのだけど。やっぱりちょっと気になる。かといって、妹様に直接聞きに行く勇気がある筈もないし。差し出がましいし。私の気付かない間に嫌われていたのだとしたら、あまり理由は知りたくないし。


 やっぱり妹様って怖い。
 肩を落としながら、洗濯に取り掛かるべく、時を止めた。


コメント
1が茶
1が茶
イイハナシダナー(;∀;)
2013年10月3日
赤翼
赤翼
幾つかの作品を拝見させて頂きました。 この話もとても面白かったし、感動しました! パイを顔にくらうフランドール、見てみたいですね^_^
2013年5月11日

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