なぜ女性トイレだけ行列? 706カ所調べてみたら…見えた男女格差
東京都内に住む行政書士の百瀬まなみさん(60)は2022年7月、ムード歌謡コーラスグループ「純烈」のコンサートを鑑賞した松江市から岡山県倉敷市に向かった。
2時間半ほど電車に揺られ、JR倉敷駅に着くとトイレに急いだ。5人ほどが並んでいた。脂汗を垂らしながら約5分、順番を待った。「あー、もう早く誰か出て!」
トイレを出ると入り口の「トイレ案内図」が目に入った。数えると、男性用トイレには小便器4、個室3。一方、女性用は個室4。驚いた。「女性は衣類を上げ下げする時間が必要で、生理の際はナプキンの交換などで時間がかかる。なのに数が少ないなんて」
便器数を調べてみると
以来2年半、外出した際には欠かさずトイレの便器数をチェックするように。この1月までに鉄道・地下鉄、空港、コンサートホールや商業施設など、不特定多数の男女が利用するトイレ706カ所の数字を集めた。
記事後半では、行列解消に向けた取り組みや、海外のトイレの男女比基準などにも触れています。
百瀬さんの集計によると、便器数(男性は小便器を含む)は、男性が女性の1.76倍。706カ所のうち、9割以上のトイレで男性の方が便器数が多く、女性の方が多かったのは28カ所にとどまった。女性客が多い商業施設も男性用便器の方が多かった。
トイレの「公平」とは
SNSでも訴えた。親戚を訪ねるために立ち寄ったJR八王子駅(東京都)は女性用個室が6。一方、男性用個室は7、小便器は10の計17で、女性の2.83倍だった。トイレ案内図を見ると、面積はそれほど変わらない。撮影し、X(旧ツイッター)で発信すると、女性からは「私もおかしいと思っていた」「待つのが当然、仕方がないものだと思っていた」といった声が届く一方、「面積が変わらないから平等ではないか」「わがままだ」との意見もあった。
百瀬さんは言う。「面積が同じであれば『平等』かもしれないが、『公平』とは男女ともに待ち時間が同じになることでは? せめて便器数を男女同数にしてほしい」
JR東日本によると、管内にあるトイレは約1100カ所。便器数は集計しておらず、総数や男女別の個数の回答はなかった。ただ、駅は男性の利用者が多いため、男性トイレの方が多いという。
同社は02年にトイレの利用に関するマニュアルを作成。トイレを設置する場合、駅の乗降客者数や男女比、ピーク時間帯の集中率などの利用状況を勘案し、必要数を算定しているという。一方、女性と男性の待ち時間といった利用状況については、調査はしているものの「回答を差し控えさせていただく」とした。
女性4割以上が行列に不満
NPO法人・日本トイレ研究所(東京)の加藤篤・代表理事は「女性の便器数は、公共交通機関の主要な駅などで不足している」と指摘する。「社会の変化や男女でかかる時間の違いを考慮しつつ、トイレごとの利用実態を踏まえ、誰もが快適に使える数にすべきだ」
国土交通省が2016年12月に行ったアンケート(男女計884人回答)によると、駅のトイレについて不便や不満を感じる点について、女性の44・0%が「行列に並ばなければいけない」を選んだ。男性は31・3%だった。大規模商業施設のトイレについても女性の47・6%が選び、男性の15・5%の3倍以上だった。
事業者が混雑対策をしていないわけではない。
加藤さんによると、空間が広く改善余地のある空港や自動車道のサービスエリアで進む。また、劇場など一定の時間に利用者が集中する「限定利用形態トイレ」も改善が進む。百瀬さんの調査でも、女性の便器数が多い28カ所のうち、限定利用形態が半分近くを占めた。
NEXCO中日本は目標「2分以上待たせない」
中日本高速道路(NEXCO中日本)は12年から「並ばないトイレ」に取り組む。アンケートなどをもとに、サービスエリアやパーキングエリアのトイレで「2分以上待たせない」を目標に掲げる。
それまでは駐車スペース数と各種係数を用いて便器数を算出していた。しかし、慢性的に行列のできるトイレがあり、利用実態のデータを活用して、最適の便器数を出すようにしたという。
山口県萩市は11年、公共施設の男性便器数と女性便器数の比を1:2とした(17年からは男性小便器数と女性便器数の比)。市財産管理課によると、女性が多く集う行事の際に混雑することがあり、市として検討していたという。
不特定多数が利用する場とは異なるが、働く女性の増加を受けて見直しが進むのがオフィスだ。空気調和・衛生工学会は、業界向けの給排水衛生設備の男女比の基準を09年版から5:5に改めた。それ以前は8:2だった。
国際基準は男1:女3
海外では、様々な空間に応じて男女比の基準が定められている。
国際赤十字などが難民キャンプや災害避難所を想定して定めた「スフィア基準」では、最低限必要なトイレ便器数の男女比として、1:3と明記する。
台湾メディア「台北報導」によると、台湾は10年に成立した法律で、学校や駅などでは1:5、オフィスなどでは1:3と定める。
英国王立公衆衛生協会が公表した19年の報告書によると、米国の一部の州とカナダでは、女性のトイレ利用時間を考慮した上で便器数の男女比を決める「トイレ平等法」が制定されているといい、報告書では「少なくとも1:2が必要だ」と指摘する。
ジェンダー問題に詳しい伊藤公雄・京都大学名誉教授は30年ほど前から著書でトイレの男女格差を指摘してきた。「(面積で)表面的に『平等』にしても、『公平』にはならないという男女格差の典型例。いまだに解決していない状況に、日本の男女格差は根深いと改めて感じる」と話す。
「様々な設備が『平均的な男性』基準でつくられてきた。長年放置されてきたゆがみに社会がやっと気づき、少しずつ動き始めた。性的マイノリティーや障害がある人らを含め、多様なニーズをくみ取りながら、丁寧に設備を整える必要がある」
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- 【視点】
重要な調査と問題提起だと思います。 私自身、デンマークに留学した際に、フェスなどで女子トイレの方が圧倒的に多く、女子トイレ=長蛇の列ではない様子に、見慣れない感覚を抱いたことを思い出しました。 駅・ショッピングモールなど公共施設や、フェス・花火大会などのイベントでも、常に女子トイレの方が長蛇の列があって、男子トイレの方が空いているというのが、日本で見慣れた光景になっていると思います。また、災害の際でも、トイレに行くことを憚ることで、女性が多く病気になったり体調不良を起こしているという報告もあります。 トイレは健康問題としてもとても重要ですので、スフィア基準もそうですが、水準がアップデートされ、浸透することを願います。
…続きを読む - 【視点】
女性公衆トイレの列が長すぎて行かずに我慢することなんて当たり前すぎて、長い間疑問に思わなかった。でも海外に行くと、たとえばレストランなどに2つのトイレがあったら、それは男女一つずつではなく、一つは男女共用、もう一つが女性専用ということがめずらしくない。同数でもおかしいのに、今回の記事を読んで、男性の便器数が女性の1.76倍は、差別だと確信した。恣意的とは決して思わない。でも設計する人、決定する人に男性が多いために、気づかずこういうことになるのだろう。赤ちゃんのオムツを替えるスペースが女性トイレにしかないという声も言われて久しい。ユニバーサル・デザイン、ユニセックストイレなど考慮しなければならないことは多いが、小さなスペースを多様な人が争うのではなく、いろんな人に対して公平感と思いやりを持ったトイレのデザインを考えたいものだ。
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