まひろ(紫式部/吉高由里子)が女房として仕える中宮彰子(見上愛)の住まい・飛香舎(ひぎょうしゃ)は、後宮の殿舎の一つで、壺(中庭)に藤を植えたことから「藤壺」ともいわれています。大河ドラマ「光る君へ」で建てられた内裏(だいり)・藤壺の、中宮彰子の生活空間に関する美術についてご紹介します。
◆◆ デザインコンセプト ◆◆
中宮彰子が過ごす平安御所後宮の七殿五舎(しちでんごしゃ)のうちの一つである飛香舎。「藤壺」の別称どおり、壺(中庭)には砂に届いてしまうほど垂れ下がった花房の砂ずりの藤が松に絡みつき、土御門殿にもあった松藤がさらにグレードアップしたシンボルツリーとなっている。
御帳台(みちょうだい)、化粧スペース、衣装スペース、台盤所(だいばんどころ)など、中宮彰子の日常生活を感じさせるレイアウトを行い、その室礼(しつらい)の中心には、当代一流の公卿(くぎょう)たちが彰子の入内(じゅだい)を支持し、寿(ことほ)いで制作した和歌屏風(びょうぶ)を配置。螺鈿(らでん)や蒔絵(まきえ)を施した唐櫃(からびつ)・高燈台・釣香炉・朱塗りの棚、めでたいしるしとされる紫雲柄の几帳(きちょう)や御簾(みす)の紫野筋など、藤原家の象徴でもある「藤(フジ)」から想起される藤色=紫をキーカラーに用いて、雅(みやび) かつ華やかに装飾。
絶頂期を迎えた道長・倫子が娘・彰子のためにプロデュースし、衣食住すべてに贅(ぜい)の限りを尽くした、このドラマにおける最高級空間をデザインした。
――内裏で起きた火事の前と後では様相が異なる「藤壺」セット
中宮彰子が過ごした飛香舎は、天皇が住まう清涼殿(せいりょうでん)に付随する後涼殿(こうろうでん)の北側にある建物です。南面の壺に藤が植えられていたことから、「藤壺」とも呼ばれていました。
「光る君へ」では、彰子の入内後から「藤壺」セットが登場していますが、第32回で描かれた寛弘2年(1005)11月15日に内裏で起きた火事の前後で、「藤壺」のセットは細かな様相が変化しています。今回ご紹介させていただくのは、火事後=まひろが女房として彰子のもとへ出仕して以降の「藤壺」セットになります。
――土御門殿よりもグレードアップさせた松藤
「藤壺」で過ごしていた彰子は、建物の南側を生活スペースとしていました。南面の壺には藤が植えられたことがわかっており、砂に届いてしまうほど垂れ下がった花房の砂ずりの藤が松に絡みついた松藤をシンボルツリーとして配置しました。藤原氏の氏神を祀(まつ)る奈良・春日大社も藤の名所で砂ずりの藤が名木として知られていますが、平安時代中期には藤棚はまだなく、松に藤を絡ませる組み合わせが風流であるとも考えられていたようです。彰子の生家である土御門殿にも松藤が飾られていましたが、「藤壺」ではそれをさらにグレードアップさせた松藤としています。特殊効果スタッフが当てた風により、大きな花房が上品に揺れる雅な映像にも、ぜひご注目ください。
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――中宮彰子の日常生活を再現できる空間
後宮において中宮がどのような日常生活を送っていたのだろうと、興味を持たれている方もたくさんいらっしゃると思います。起床してから身支度を行い、そして食事をするまでの一連の流れを撮影できるように、配置については少し調整をしていますが、御帳台、化粧スペース、衣装スペース、台盤所などの中宮彰子の日常生活を再現できる空間を、「藤壺」の母屋(もや)の南側にレイアウトしました。
【和歌屏風】
第27回において藤原道長が娘・彰子の入内のために和歌屏風を制作する過程が描かれましたが、この屏風に描かれている絵は、衣装人物デザインの諌山恵実さんが直(じか)に描き上げたものです。和歌も、実際に屏風の表装をされている職人の方に貼っていただき、仕上げました。彰子の生活スペースは、この屏風を中心とし、シンメトリックとなるようにデザインしています。
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【土御門殿からの調度品】
「藤壺」には、彰子の生家である土御門殿で使用している暖色系の調度品を入れて、土御門殿とつながりや娘・彰子を気遣う源倫子の思いなどが感じられるように仕上げています。
例えば、釣灯籠(つりとうろう)を釣る紐に土御門殿の几帳で使用されていた紐(ひも)を取り入れるなど、土御門殿の息吹をところどころに忍ばせています。
【御帳台と化粧スペース】
東側方向には、几帳を挟んで化粧スペースがあり、その先には貴人の座所や寝所として用いられた御帳台が置かれています。
起床した彰子が御帳台を出ると、その前には繧繝縁(うんげんべり)の畳が敷かれ、身だしなみを整えるための調度品が置かれており、そこで顔を洗ったり、爪をきれいに磨いたり、髪を整えたりできるような空間となっています。
【衣装スペースと台盤所】
西側方向には、几帳を挟んで着替えを行う衣装スペースがあり、その先には食膳を調える台盤所があります。衣装スペースには、衣装などを掛けておくための衣桁(いこう)をはじめ、収納しておくための唐櫃、衣服に香をうつすための伏籠(ふせご)などが置かれています。
台盤所は、別の場所で作られた料理をいったん置いておく場所で、ここから仕えている女房によって彰子のもとへ運ばれます。
――「藤壺」のキーカラーは「紫」
藤原家の象徴でもある藤から想起される藤色=紫は、「藤壺」のキーカラーです。緑の御簾の野筋をはじめ、「藤壺」を彩る差し色として随所に紫を織り込ませています。
また、この「藤壺」セットのために新たに制作した几帳には、紫雲の文様をあしらっています。紫雲は、当時からめでたいしるしとされていました。
――道長と倫子の贅を表す螺鈿と蒔絵
「藤壺」には、螺鈿と蒔絵を施した贅沢(ぜいたく)な調度品を置き、雅で華やかな室礼としています。カッティングによって螺鈿風、蒔絵風となるように仕上げたものではありますが、美術スタッフが文様のデザインをイチから起こし、こだわって制作した一品ばかりです。
【唐櫃】
彰子が使用している唐櫃に施されている蒔絵は、藤と蝶(チョウ)の文様です。この唐櫃には、蒔絵に加えて螺鈿もあしらわれていますが、蒔絵と螺鈿の有無によって調度品の格の違いを表現しています。
螺鈿まであしらわれた調度品が「光る君へ」で登場したのは、この「藤壺」セットが初めてになります。
【高燈台】
高燈台もこの「藤壺」セットから登場する調度品の一つです。円板の部分には金と銀の蒔絵を施しており、蛾(ガ)の文様になります。当時は蛾もさまざまなところであしらわれており、「光る君へ」では明かりをともす高燈台の蒔絵の文様として、夜に活動し、光に集まる習性のある蛾を採用しました。夜になると、輪になっている部分に“かわらけ”という皿を置いて中に油を入れ、灯心を浸して使用しています。
【釣香炉】
土御門殿では、釣香炉は母屋内の屋根裏から釣り下げていましたが、「藤壺」では衣桁のような骨組みの道具にあえて低めに香炉を飾ってアレンジを加えて、ちょっとしたオシャレを演出する調度品に仕上げています。
中宮彰子が過ごす「藤壺」の南側は、絶頂期を迎えた道長・倫子が娘・彰子のためにプロデュースした場所として、“土御門殿の要素”と“宮中の要素”とを掛け合わせたこのドラマにおける最高級空間としてデザインしています。