寛弘4年(1007)の桃の節句に際して藤原道長の主催により土御門殿で行われた「曲水(ごくすい)の宴(えん)」は、道長の日記『御堂関白記』にその様子が記録されています。大河ドラマ「光る君へ」で再現された「曲水の宴」に関する美術についてご紹介します。
◆◆ デザインコンセプト ◆◆
「曲水の宴」は、水の流れのある庭園などで詩歌をつくり、水鳥の形を模した羽觴(うしょう)に乗った盃(さかずき)を巡らす宴(うたげ)。道長が中宮彰子の懐妊を祈念して桃の節句に主催した。
京都・城南宮での実演の取材や、風俗・建築・芸能・和歌・書道・所作などさまざまな考証や指導を総合的に結集したうえで、106スタジオの長辺にS字の遣水(やりみず)を全面的にレイアウトし、VFXも駆使しながら平安時代の雅(みやび)な宴を完全再現。水に流す羽觴のデザインは、鴨川にあやかって鴨をモチーフとし、その華やかな色彩は古(いにしえ)から高貴な色とされる繧繝(うんげん)彩色を取り入れた。
別スタジオで模擬セットを組み、この長い距離でスムーズな水流を作ることができるかを事前に実験・検証を行ったうえで、調整しながら本番に臨んだ。
――絵巻物で描かれる平安貴族邸宅での宴の様子を再現
「曲水の宴」の様子ではありませんが、例えば当時の姿を今に伝える絵巻物の一つ『年中行事絵巻』には春に行われた「闘鶏」の場面が描かれており、梅の花などが咲く寝殿の南庭で娯楽を楽しむ貴族の様子を知ることができます。
この「闘鶏」の場面では、
● 中央の寝殿と東対(ひがしのたい)との間に渡された反橋(そりばし)の付いた渡殿(わだどの)
● 渡殿の下を流れる遣水
● 池へと続く曲がりくねった遣水の流れの途中に掛かる赤い橋
● 赤い橋のそばに設置された幄舎(あくしゃ)
などの描写があり、「曲水の宴」の撮影にあたっては遣水が流れる平安貴族邸宅の東側の一画を切り取ってスタジオセットとし、平安絵巻の世界を再現しました。
【寝殿】
主催者である道長は、寝殿の東廂(ひがしびさし)で宴の様子を見守っています。
【東対】
東対では、来賓である中宮彰子や公卿(くぎょう)たちが宴を楽しんでいます。
【幄舎】
庭には幄舎というテントのようなものが設営され、雅楽の演奏が行われています。『年中行事絵巻』にカラフルな幄舎が描かれており、これを再現しました。
――実験・検証を重ねて作り上げた遣水
S字となる水の流れをスタジオの端から端までという長さでスムーズに作り、しかもそこに羽觴をうまく流すという課題を本番でいきなり成功させるのは難しいと考え、事前に同じ直線距離が確保できる別スタジオに模擬セットを建て、実験・検証を行いました。
木枠を組み、ビニールで水が漏れないようにして水を流します。写真の奥から水を流し、手前で吸い取ってホースで通して上流に戻し、循環させる仕組みです。色付け前の羽觴を使い、どのように流れるかの実験・検証を行ったところ、当初予定していた構造では、曲がる部分で水流が弱くなり、羽觴が同じ場所で回転して止まってしまうなどの問題点が見つかりました。このため、問題が生じた場所の曲がりの角度を調整したり、高低差を作って水の流れに勢いを付けるなどの改良を加えて本番に臨みました。
遣水のセットは、実験・検証と同じように組まれた枠を、造園スタッフが石や草などをあしらい、あたかも川の縁(へり)のように仕上げています。
――古から高貴な色とされている繧繝彩色の羽觴
酒が注がれた盃を載せて、遣水の流れてくる羽觴たち。羽觴のデザインは、鴨川にあやかって鴨(カモ)をモチーフとし、その華やかな色彩が古から高貴な色とされている繧繝彩色をデザインに取り入れました。確実に水の上を流れるように、「光る君へ」における羽觴は発泡スチロール製です。
本来はたくさんの羽觴が使用されたと思いますが、撮影用には3羽を制作しました。同じ色では味気ないので、それぞれ配色を変えて、1羽ずつ手作りしています。
――遣水沿いに設けられた詠み手たちの席
歌を詠むために遣水沿いに設けられた席には、筆記用具とそれを載せる台、そして草墪(そうとん)という円筒形の腰掛けが配置されています。取材した城南宮での「曲水の宴」では、円座が用意されていましたが、「光る君へ」では絵巻物などを参考にし、草墪としました。
羽觴が自身の位置に流れてくるまでの間に歌を詠んだりするため、本来はもっと席の間隔は空いていたと思われますが、そこまで大きなセットをスタジオで組み上げることはできないため、詠み手の席の距離はわりあい近くに配置しました。「光る君へ」では、VFXも駆使しながら、平安時代の雅な宴の一つである「曲水の宴」を再現しています。