大河ドラマ「光る君へ」

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をしへて! 倉本一宏さん ~漢詩ではない? 越前守となった藤原為時の詩の謎!?

「苦学寒夜 紅涙霑袖 除目春朝 蒼天在眼」。藤原為時(岸谷五朗)が越前守に任官するきっかけとなった漢詩として、説話集などに書かれているものです。大河ドラマ「光る君へ」で時代考証を担当する倉本一宏さんに、この漢詩について伺いました。

――藤原為時が越前守に任官するきっかけとなった漢詩について教えてください。

苦学寒夜 紅涙霑袖 除目春朝 蒼天在眼

鎌倉時代初期の説話集『古事談』では、淡路守となったつらさでこれを書いたという筋書きになっていますが、それは大間違いです。為時は花山天皇が退位して式部丞(しきぶのじょう)・六位蔵人(ろくいのくろうど)を免じられて以降、10年くらい官職がありませんでした。淡路守への任官は大抜擢(ばってき)であり、とても喜ばしいことですから、つらいなんて詩を書くはずがありません。

この詩は、平安時代中期の漢詩文集『本朝麗藻(ほんちょうれいそう)』に記されていますので、本当にあったものです。私は、この詩がなぜ残ったのかずっと疑問に思っていたのですが、「光る君へ」の時代考証を担当してリサーチャーの方などと何度も何度もやり取りをする過程で、淡路守になったからこれを書いたわけではないということに気づきました。長年の疑問がようやく解けたんですね。これを漢詩だと思っているから、わからなかったんです。

――漢詩ではないということでしょうか?

そうです。五言でも七言でもありませんし、韻(いん)も踏んでいません。つまり、漢詩としての形式ではないんですね。

――では、為時のこの詩はなんなのでしょうか?

これは「苦学の寒夜は、涙が袖を潤し、除目(じもく)の翌朝は、蒼天が眼にある」という文章で、為時が最初に淡路守への任官を申請したときの申文(もうしぶみ)の一句でしょう。要するに、「自分は大学でトップであったのに官職がない。毎年毎年、除目のときには天を仰ぎ、空がそこに映る」という文章を申文の中に書いたんですね。申文には、こういう感じのことをよく書きますから。それで、この文章があまりにも優れていたので公卿(くぎょう)たちの目に止まり、後世まで残っているというわけです。為時は学者、詩人としてはすでに有名でしたから、さすが為時と評判になったのだと思います。この詩を見て一条天皇が涙し、道長が感動したから越前守となれたという話もありますけれども、当時は詩が優れていたという理由で人事が動いたりはしません。

――ちなみに、『今昔物語集』では「袖」→「襟」、「春」→「後」というように一部が異なるようですが、なぜでしょうか?

写本の過程で字が変わってしまうことはよくあります。
   
   

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