平安時代の貴族たちに親しまれていた和歌の上手・下手は、どのようなポイントから評価されるのか? 大河ドラマ「光る君へ」で和歌考証を担当する高野晴代さんに、上手な歌について伺いました。
――どのような歌が上手な歌と評されるのでしょうか?
ドラマに登場した歌ではありませんが、紫式部が著した『源氏物語』の中で詠まれている歌を例にして、「上手な歌」とはどのような歌なのかについて、お話しさせていただきたいと思います。
「蓬生巻(よもぎうのまき)」に、光源氏が花散里(はなちるさと)のところへ行った際に、藤のかかった松を見かけて、これは誰の家だっただろうかと急に思い出すシーンがあります。そしてそこで光源氏は、
藤波の うち過ぎがたく 見えつるは 松こそ宿の しるしなりけれ
◆◇口語訳◇◆
藤の花が咲いているこの屋敷の前を素通りできないと見えたのは、藤がからみついている松の木が私を待っているというしるしだったからでした。
と歌を贈ります。これに対して、この家で暮らしている末摘花(すえつむはな)は、
年を経て 待つしるしなき わが宿を 花のたよりに 過ぎぬばかりか
◆◇口語訳◇◆
何年も何年もお待ちしていたのにそのかいもなかった私の家に珍しくお見えになったのは、私よりも、藤が咲いていたので見過ごしもできず、ついでに立ち寄っただけなのでしょう。
と返すのですが、この歌は「過ぎ」「松(待つ)」「宿」「しるし」と4つも言葉が同じなのですね。さらに「切り返し」です。末摘花はずっと光源氏が来るのを待っていたわけですから、とてもうれしいはずなのに、ここが頑張りどころなので普通に「うれしい」とは返さないのです。
そして、光源氏の歌では「しるし」は「目印」という意味で使われているのですが、末摘花の歌では、「かいがある」というある働きかけに対する結果としての「しるし」として使われています。これは、同音異義語で返しているのですから、立派です。この歌は、贈答歌のルールにしたがい、技巧に優れた「上手な歌」と言えるでしょう。一つ付け加えると、末摘花は本来巧みな歌が詠めない姫君として描かれています。そのため、この返歌の存在を含めこの巻の末摘花の人物造型については、『源氏物語』研究でも議論になっています。
※「切り返し」について、第2回のコラムを是非お読みください。
をしへて! 高野晴代さん ~「私も好きよ」と返すのはダメ! 和歌のルール
――紫式部の歌については、どのような印象をお持ちですか。
紫式部の歌は、一首一首がそれぞれ良い歌だと思います。なぜそのように思うのかというと、彼女一人だけが抱く感情ではなくて、紫式部の選んだ言葉を通して、多くの人がそこに普遍的なものを受け止めるように詠まれているからです。また、恋の歌に限らず人生への思いや、彼女が大切にしていたものを歌として詠み上げ、それを一つの作品にしたものが『紫式部集』だと思います。
『源氏物語』では八百首ほどの歌が詠まれています。この中には上手な歌、下手な歌、激しい歌、楽しい歌などさまざまあり、それが百人ほどの登場人物に振り分けられています。つまり紫式部は、それだけ多様な歌を作ることができ、そして、仕分けられる能力を有した歌人と言えます。そのように優れた歌人の一人である紫式部が、おそらく自分で厳選して百二十首ほどにまとめたと思われるのが『紫式部集』なのです。この私家集は、冒頭の歌(紫式部の百人一首歌「めぐりあひて」)に代表される女友だちへの思いというのがテーマの一つになっているのではないかと考えているのですが、相手を思う気持ちを大切にしているところが、紫式部のすばらしさであり、彼女の歌の卓越さでもあると思います。
――紫式部の歌は技巧だけではなく、歌に込められた思いもすばらしいのですね。
「上手な歌」というのは、技巧も大切な要素の一つだとは思いますが、歌によって何を伝えたいのか、その伝えたいものが歌に込められた思いであり、その思いがよくわかる歌であるのかがより重要だと思います。紫式部は、たとえば揺れ動く心情の表現が非常に巧みな歌人と言えましょう。
みなさまも和歌(短歌)をお詠みになる機会がありましたら、その時その時に感じられたことや、思われた気持ちを歌に込めて詠んでいただければと思います。現代に生きる私たちではありますが、平安時代の贈答歌のように、想定した誰かに「伝えたい」という気持ちで詠んでみるのもみなさまにとって新しい歌境をひらくことになるかもしれません。