主人公・まひろ(吉高由里子/子役:落井実結子)が家族と共に暮らす父・藤原為時(岸谷五朗)の屋敷。大河ドラマ「光る君へ」で建てられた「藤原為時の屋敷」の美術についてご紹介します。
為時は下級貴族で、裕福ではありませんでした。まひろはどんな家で育ったのでしょう…。
◆◆ デザインコンセプト ◆◆
主人公・まひろ(紫式部)が、父である下級貴族・藤原為時と暮らす家。老朽化した貧乏屋敷だが、邸内に隣接する鴨川の水を導き入れたり、緑豊かな草花をレイアウトすることで季節の移り変わりを表現。まひろにとっては「鳥かご」のようなこの家が、世界のすべて。彼女が想像の翼を広げ、のちに『源氏物語』を生み出す文学者・紫式部の場所として、正岡子規の「病牀(びょうしょう)六尺の宇宙」的な空間を目指した。
――鴨川近くに建つ、水を生かした造り
紫式部の邸宅跡に建つ京都・廬山寺(ろざんじ)を訪ねて、立地や周りの景観などを取材。すぐ近くを鴨川が流れているところからイメージを膨らませ、敷地内に鴨川の水を導き入れて寝殿造りの池とした水の豊かな屋敷としました。また京都は盆地であり、平安時代は地面を掘るだけで水が湧き出たともいわれています。そこで、セット内に『扇面古写経(せんめんこしゃきょう)』の扇にも描かれている円形の石の枠で囲われた井戸を設けて、水が湧いているという表現も取り入れました。水の深さを表現する際には、水に着色をしてごまかす手法もありますが、今回は澄んだキレイな水にこだわり、砂や石を混ぜたゴム状のシートを敷き、それを石で囲むことで深い印象となるように工夫しています。
第1回で為時の衣服がかび臭いという描写がありましたが、それには豊富な水による高い湿度が影響しているかもしれません。実際に、スタジオに藤原為時の屋敷が建てられていると、湿度が高いと感じる人が多いようです。
――老朽化した貧乏屋敷は寝殿造りの先駆け
下級貴族で貧乏な為時の屋敷は、当時の最先端の技術を用いて建てられた寝殿造りの建物ではなく、その一昔前の建物という設定で造られています。平安時代の建築様式として知られる寝殿造りは、中央に寝殿があり、その東あるいは西、北にそれぞれ対屋(たいのや)を設け、渡殿(わたどの)で結ぶ…というような特徴があります。しかしそれ以前の奈良時代では、まだその様式が確立していません。為時の屋敷は、中央に寝殿がありますが、台所や使用人の小屋などは渡殿で結ばれていないという、少し前の時代のレイアウトとなっています。
また奈良・平安時代建築の特徴の一つとして、戦国時代や江戸時代の建物と比べて、屋根の勾配が緩やかであることが挙げられます。建築技術の進歩に伴い、急な勾配の屋根を作ることが可能となったようですが、平安時代中期ではまだそこまでの技術はありませんでした。このため、為時の屋敷の屋根の勾配は緩やかとなるように造られています。
――想像の翼を広げる緑豊かな庭
外出することが難しい人物にとって、一室から眺める美しい草木や風と共に届けられる香りなどは創作の源でした。明治を代表する文学者である俳人・正岡子規もその一人です。子規は病(やまい)に倒れると、子規庵で闘病生活を送りながらも積極的に創作活動を続け、数多くのすばらしい俳句などを世に残しましたが、子規庵の庭にはさまざまな季節の植栽があしらわれていて、病床から動くことのできない子規はその植栽豊かな庭から四季を感じ、想像を膨らませていました。
一方、紫式部は父・為時の屋敷で『源氏物語』を書いたといわれていますが、平安時代の貴族の女性は外へ出ることを制限されるため、多くの時間を生家で過ごしていたという時代背景があります。紫式部もこの狭い家に居ながらにして、庭の植栽などから季節の移り変わりを感じ、想像の翼を広げて世界に広まるような『源氏物語』を書いたのではないのか。そのように考えて、為時の屋敷にも緑豊かな庭を作り上げました。この庭には盧山寺にも咲いている桔梗(キキョウ)や、藤式部ともいわれる紫式部にちなんで藤(フジ)などが植えられています。
――実用性と遊び心のある調度類
京都といえば美しい竹林という印象もあります。そこからイメージを膨らませ、為時の屋敷にはこの丈夫で入手しやすい竹がふんだんに取り入れられています。仏に供える水や花などを調える閼伽棚(あかだな)も竹で作られています。また、簀子(すのこ)や柱のほかに、調度品などにも竹が多く利用されています。
為時の部屋には文学者らしく巻子(かんす)などがたくさん積まれていますが、その中で目を引くのが亀形の硯(すずり)。甲羅部分を取り外して使用する遊び心のある一品ですが、これは正倉院に収蔵されている宝物などを参考にして制作しています。そのほかにも、美術チームのこだわりが至るところに散ちりばめられているので、ぜひ探してみてください。