埼玉県は業務を効率化するため、県庁舎や県警の窓口での手数料の支払いを全面キャッシュレス化している。しかし、クレジットカードや電子マネー類を持たない「現金派」の県民は納得しかねる思いもあるようだ。「こちら特報部」に届いた投書には「こんなやり方はない」と殴り書きされていた。怒りのワケは。(西田直晃)

◆人生にカードは必要なかったのに

 投書を寄せたのは、同県入間市仏子(ぶし)の画家・福永普男(ゆきお)さん(82)。運転免許の更新に必要な認知機能検査を2月に受けるようにと、県警から案内のはがきが送られてきたが、手数料の1050円の支払いに「窓口で現金は使用できません」と記されていたという。

 あらためて電話で話を聞くと、開口一番、「老人をばかにしている」と怒り心頭の福永さん。「人生でクレジットカードや電子マネーを必要としなかった」と語り、「ガソリンスタンドでも、カード払いと現金払いが併用されているのに、なぜ行政が全面的にキャッシュレスなのか」と続けた。スマートフォンは持っているが、財布の中身は現金と、月額約7万円の年金の引き出しに必要な信用金庫のキャッシュカードだけだ。電車も切符を買って乗っている。

◆収入証紙廃止に伴い導入、10カ月で苦情「数十件」

 埼玉県によると、全面キャッシュレス化は、運転免許証の更新などの際に手数料の納付で使う「収入証紙」の廃止に伴い昨年4月から導入したという。住民は証紙を買う手間が省けて利便性が向上するほか、証紙発行に伴う行政コストを削減できる利点がある。

 キャッシュレスと言っても、厳密には窓口で現金が使えないだけで、窓口で受け取った納付書をコンビニや金融機関に持参することで、手数料などを現金で支払うことはできる。ただ、内容によっては支払い後にもう一度、窓口に戻らなければならず、認知機能検査を受ける福永さんのケースはこれに該当する。

 県出納総務課の担当者は「現金の併用も検討したが、庁舎内での保管には、紛失のリスクやレジの導入による費用面の課題があった」と説明。昨年4月以降の苦情は「数十件」という。

 国が行政のデジタル化の旗を振る中、各地で収入証紙の廃止と、キャッシュレス決済の導入が進む。同課によると、全面キャッシュレス化は導入時点で全国に例がなかった。他の自治体の多くは現金を併用。今後、証紙を廃止する自治体では、現金を併用するかどうかは判断が割れている。

◆「検査のためだけになぜカードを作らされるのか」

 3月に証紙を廃止する福井県では、現金の受け付けは一部の窓口に限定し、他は埼玉県と同じくコンビニや金融機関での支払いを原則とする。来年3月に廃止予定の滋賀県の担当者は「困惑する県民がいるので、県庁内の窓口を集約した上で、現金支払いの手段も残す方向で動いている」と回答。2027年3月に廃止予定の栃木県は「検討中」とした。

 経済産業省の2023年のインターネット調査によると、日常生活で「キャッシュレスを利用する機会が7〜8割を超える」とした回答は60代で58%、70代で57%に達したが、この調査に80代以上のデータはない。

 福永さんは「免許の更新は必要なので、電子マネー用のカードを購入したい」と話すが、「いつまで生きられるか分からないのに、検査だけのために、なぜカードを新たに入手しないといけないのか」と嘆く。

 元千葉県我孫子市長で、中央学院大の福嶋浩彦教授(地方自治)は「高齢者に限らず、支払い手段の自由な選択を保障する責任が行政にはある」と指摘する。「キャッシュレス化へ誘導するのは良いが、強制はできない。現金も社会に流通しており、手段を残すのは必要なコストだろう」