大河ドラマ「光る君へ」で映像化された平安絵巻に描かれるような色鮮やかで雅(みやび)な世界。風俗考証を担当した佐多芳彦さんに、「光る君へ」全編を通しての思いを伺い、特徴的だと感じられた点を振り返っていただきました。
――「光る君へ」において、平安絵巻で描かれているような世界が映像化されましたが、特に特徴的だと思われるものを3つ教えてください。
非常に残酷な質問ですね。まず全体を通してのお話をさせていただくと、「光る君へ」は全編にわたって、よくぞここまで平安に徹底したと思います。シリーズものの時代劇では、どうしてもそういったところがうまくいかない場合があるのですが、「光る君へ」では演出がしっかりと意識をし、それに美術がしっかりと応え続けてくれました。当時の物をできるだけ目指して作ったり、持ってきたりしましたので、本当に全編にわたって新しい時代のものがほとんど入っていないんです。
それから、服や道具などの使い方が、細やかによく工夫されていたと思います。服や道具には時代性があり、現代ではそろえることができなかったり、再現することが難しい物がどうしてもあります。そんな中で、みんなで知恵を絞り、使い方をできる限りクラシックにしたんです。服や道具というのは、使い方ひとつでクラシックにも見えますので、物だけではなく、物を使う人たちの所作など、さまざまな点をできる限り平安風に寄せるように工夫を凝らしました。これらの結果、平安時代中期の雅な世界を、本当に色鮮やかに、そして丁寧に映像化することができたと思います。
ですので、私にとってはこの作品の一つひとつが、すべて思い出深いのですけれども、目立つものの中から3つを挙げさせていただきたいと思います。
◆◇◆ あかね/和泉式部が着た薄物 ◆◇◆
第30回で和泉式部が初登場した際に薄物を着ていましたが、あのシースルーはよくできたなと思いました。『源氏物語絵巻』などで描かれていますので、再現してみたいという思いは持っていたのですが、大河ドラマは日曜夜8時が本放送ですので、かなり厳しいと思っていたんです。素肌が透けてしまいますので、この点をどのように配慮して映像化するのかが本当に難しかったのですけれども、袖のない肌小袖の上にシースルーを着てもらうことで、あまり違和感なくうまく表現できたと思います。
◆◇◆ 喪と出産の際の人々の装いと調度 ◆◇◆
喪に関する服装や調度がこれほど丁寧に描かれた作品は、「光る君へ」のほかにはないと思います。平安時代中期において喪に服す際には、鈍色(にびいろ)の服を着て、室内を黒い調度に飾り替えますが、さまざまなバリエーションのものを作ることができ、男性でも女性でも、正装でも日常の装いでも、これを徹底することができました。喪の服装を作ってお見せしても、それだけではどこかで破綻したでしょうけれども、「光る君へ」では服装と調度の両方を作り込んで映像化しましたので、当時の息吹を存分に感じていただくことができたと思います。
また出産の際には、喪とは対照的に服装や調度を白で整え、メリハリも徹底しました。人物だけにフォーカスするのではなく空間全体を徹底して作り込むことで、中世や江戸時代とは異なる平安時代の冠婚葬祭の様子をしっかりと再現できたと思います。
をしへて! 佐多芳彦さん ~一条天皇を偲んで 中宮彰子、まひろらの装束
をしへて! 佐多芳彦さん ~喪に服すため黒い基調の調度に飾り替えられた藤壺
◆◇◆ まひろ/紫式部の服装の変化 ◆◇◆
まひろの服装が立場に応じて変化していきましたが、これも丁寧によくできたと思います。最初は麻の袿(うちき)に同じく麻の切袴(きりばかま)という姿で、成長して袴(はかま)をはくようになっても経済的に苦しそうだなと感じる服装をしていました。けれども、物語が進む中でさまざまな経験をし、女房装束を着て彰子のもとで働くまでになりました。
そしてまひろの女房装束も、定子のもとへ訪れた際などには借り物の、彼女のイメージカラーが入っていない黄色の女房装束を着ていましたが、彰子のもとへ出仕する際には赤色をベースに紫色が差し色として入った女房装束へと変わり、最終的にはイメージカラーである紫色の女房装束となりました。彼女の社会的な立場や経済的な状況を、服装を通してもきめ細やかに表現することができたと思います。
大宰府を訪れる際には旅の姿になり、彰子から譲り受けた懸守(かけまもり)を首からかけていましたけれども、これも服装がそのときどきのまひろの状況を示しているとわかる描写の一つになったと思います。
――彰子から譲り受けた懸守は、やはりすごい一品なのでしょうか。
まひろが彰子から譲り受けた懸守は、すごくこだわって作った非常に思い入れのある一品です。懸守をかけている女性は物語の序盤から何度か登場していますが、地味な色合いのものばかりでしたので、最後に出てくるこの懸守だけはクラシックで伝統的な最上級のものにしたいと熱望し、赤を基調とした正倉院裂(しょうそういんぎれ)の生地を使用して作りました。懸守は親や夫からもらうのが当時はふつうでしたので、使用していたものを他人に譲ることがあったかどうかはわかりません。けれども中身が同じとは限りませんし、女性同士の友情を表現できたらということで、彰子からまひろへ懸守が譲られる場面が描かれました。「光る君へ」の撮影が始まった当初は、みんなが怖がってセオリーどおりのことしかできませんでしたが、撮影を重ねるにつれて知識や経験が蓄積され、当時の風俗・習慣をよく考え、常識や価値観を踏まえたうえで、想像をより膨らませて挑戦することもできるようになりました。この懸守は、そのことを示す象徴的な例の一つだと思います。