大河ドラマ「光る君へ」

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をしへて! 倉本一宏さん ~古記録はいつごろから何のために書かれるようになったの

大河ドラマ「光る君へ」では男性貴族が日記を書くシーンがたびたび描かれ、藤原道長(柄本佑)が『御堂関白記』、藤原行成(渡辺大知)が『権記』、そして藤原実資(秋山竜次)が『小右記』にその日の出来事などを記していました。時代考証を担当した倉本一宏さんに、古記録についていろいろと伺いました。

――古記録はいつごろから書き始められたのでしょうか。

男性皇族や貴族の和風漢文日記を「古記録」といいますが、残っている中で最も古いのは本康親王(もとやすしんのう)の『八条式部卿私記(はちじょうしきぶきょうしき)』で、元慶6年(882)の記録になります。ただし、その以前に書いていた人物もおそらくいたでしょうから、9世紀の終わりごろから書かれていたと考えるのが妥当だと思います。まとまって残るようになるのは10世紀に入ってからで、藤原忠平の『貞信公記(ていしんこうき)』や藤原師輔の『九暦(きゅうれき)』などが残っています。

――男性皇族や貴族は、なぜ日記を書くようになったのでしょうか。

まず、『六国史(りっこくし)』が作られなくなったことが挙げられます。『六国史』というのは奈良時代から平安時代にかけて編纂(へんさん)された6種の国史の総称で、『日本書紀』『続日本紀(しょくにほんぎ)』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳(もんとく)天皇実録』『日本三代実録』がそれにあたります。『六国史』以後もしばしば官撰(かんせん)の国史の編述が計画されたのですが、いずれも完成には至っていません。つぎに、朝廷が儀式をまとめた官撰の儀式書を作らなくなったことが挙げられます。つまり10世紀に入ると、朝廷が国史と儀式書をいずれも作らなくなってしまったんです。そうなると、今後も先例を参考とし、儀式や政務を滞りなく行っていくためには、貴族が自らそれらの具体的なあり方を日記に書いて残していくしかありません。このために、意識の高い人物が日記を書くようになったのだと思います。

――古記録の書き方は、時代によって変わるのでしょうか。

室町時代以前の古記録は巻子本(かんすぼん)、つまり巻物であることが特徴の一つです。先例を調べるのであれば冊子本(さっすぼん)のほうがペラペラとページをめくれますのでより調べやすいと思いますし、収納に関しても冊子本のほうが優れているとは思うのですが、もともとが暦であったためか室町時代以前の古記録は巻子本になります。室町時代になると、特に中国から来た僧侶の影響などで冊子に日記を書くことが主流となるのですが、巻子に書く人物も引き続きいますので、「貴族の日記は巻子本とする」という伝統的な意識は後世まであったと思います。

――日記は、書き記した内容をそのまま残すのでしょうか。

多くの人物は書きっぱなしにするのではなく、出家や引退などを機に、役に立つ記事だけを抜粋して清書本を作って残します。自分に都合の悪いことは、燃やして残さないんです。例えば、藤原定家(ふじわらのさだいえ)の『明月記(めいげつき)』は自筆本が残っていますが、これは毎日書き記していた記事がそのまま残されているのではなく、定家自身が清書したものになります。一方、道長の『御堂関白記』は、道長が清書本を作る気なんてさらさらなかったので、書きっぱなしの自筆の日次記(ひなみき)が残っています。

 

――実資の『小右記』と行成の『権記』も都合の良いところだけが残っているのでしょうか。

まず『小右記』は、実資が70歳を過ぎたあたりで部類記を作ろうとし、記事を切り分けて儀式ごとに貼り付けたのですが、制作途中で実資が亡くなってしまったために子孫がそれを再び切って貼り付け、それが基になって写されたものが現在の『小右記』となっています。このため、ところどころ貼り間違えがあり、日付が違っていたりします。また、実資の子孫は没落してしまい、『小右記』を売ったり何かと交換したりしてしまったためにかなり散逸してしまい、その何分の1という程度しか残されていません。

つぎに『権記』はもっと複雑で、日次記と別記と部類記が残っているんです。おそらく暦に毎日書いている日次記と、別記といって別に書いているものがあるのですが、その両方を合わせて部類記を作ろうとしていたと思います。けれども、行成もわりあい早くに亡くなってしまいましたので、その結果これらが一緒に写されて、写本として今に残っているのだと思います。

 

――『小右記』『御堂関白記』『権記』の特徴の違いについて教えてください。

実資の『小右記』は儀式や政務を正確に詳しく書き記すことが目的ですけれども、道長の『御堂関白記』は彼の性格どおりにわりあいとおおらかで、備忘録のようなところがあります。どちらも感情をあらわにして書かれているので、そこがおもしろいです。また『御堂関白記』は、自筆本がそのまま残っていますので、なぜこのように書いたか、なぜ間違えたか、なぜ書き直したか、などを推察することができますから、この点もおもしろいところだと思います。

一方、行成の『権記』は、蔵人頭に就いていた期間の一条天皇や道長の感情が非常に詳しく書いてあるところが、とてもおもしろいです。また『権記』には、行成の家族についても詳しく書かれているのですが、妻や子どもが亡くなる際の記事がとてもすばらしい文章なんです。とても愛情深く、そして悲しみに満ちた内容となっているので、そういったところも魅力的だと思います。

 

――最後に、古記録を読んでいくための大切なポイントを教えてください。

昔の人の気持ちになって読んでいただきたいと思います。千年前の人物だから現代を生きる私たちとまったく違うかというと、そんなことはありません。同じ人間ですし、同じ日本の出来事ですので、共通するものはたくさんあります。一方で、ルールや価値観、常識などは時代とともに変化していきますので、当時と現代とでは違うところもあります。似ているところと違っているところをよくわきまえて古記録を読んでいただくと、より深く理解することができ、よりおもしろいと思います。ただし、原文や写本を読むのは研究者でもなかなか難しいので、現代語訳や訓読文のデータベースなどもうまく活用していただければと思います。

 

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