収録現場から出演者のコメントをお届けしてきた「君かたり」。動画内に収まりきらなかったコメントを含めて、源明子役の瀧内公美さんにクランクアップ後にお話ししていただいた内容をテキスト版の「もっと、君かたり」としてお届けします。
――演じきった今のお気持ちを教えてください。
撮影が始まった当初は「これはいつか終わりがくるのかな」なんて思っていたんですけれども、やはりクランクインを迎えればクランクアップを迎えるものですね。もちろん経験上、理解してはいるはずなのに、大河ドラマの場合は自分がどこまで演じるのか、どんな展開になるのかわからないまま進んでいたので、「やはり終わるものなんだな」と思ってとても感慨深いです。
――息子たちが公卿(くぎょう)となり、どのような思いになりましたか。
セリフでも言っていましたが、「苦しいことばかりであったけれど、あなたたちを産んだことだけはよかった」というのがすべてなのかなと。本当に苦難の連続だったと思うんです。途中までは父・高明(たかあきら)に対する思いで呪詛(じゅそ)をしたり、激しい明子像が繰り広げられていたわけですが、やはり子どもを産んでからは権力闘争の中に母親として背中を押すために入っていくようにシフトしていきますので、そういった意味で子どもたちが公卿になるというのは本望だったのではないかと思っています。自分の子どもの位を上げるために必死に頑張ってきましたから、やることはやりきったのではないかなと思いますね。
――特に印象に残っているシーンはありますか。
やはり呪詛のシーンは、どうしても忘れることができません。というのも、あの呪詛の指導をしていただくときに、明子なりの呪詛のしかたを見つけていく作業をリハーサルでさせていただいたんですね。
呪詛というのは、ブツブツ唱えてハッと息を吐いて怨念を飛ばすというイメージがあったんですけれども、「明子の場合はもっと燃え盛るような呪詛ではないか」というお話をしていただいて今回の明子像がつかめていった印象があるので、やはりあの呪詛のシーンがあったからこそきょうまで来られたのだと思いますし、キャラクターとして色濃く立たせていただいたなと思います。呪詛は演じるうえでも、演じたキャラクターを私自身がつかんでいくためにも、本当にありがたい良いシーンだったと思っています。
――ちなみに藤原伊周もかなり道長を呪詛していましたが、あまりうまくいってなかったですね。
もっと怨念を飛ばさないと(笑)。改めて呪詛ってさまざまなやり方があるんだなぁ、と。おもしろく拝見しておりました。
――源明子として過ごした時間は、瀧内さんにとってどのようなものになりましたか。
ひとことでは言い尽くせないのですが、やはりこれだけ長い時間をかけてひとつのお役を演じるということはなかなか経験させていただけることではないですし、その中でも平安時代という、大河ドラマでもなかなか描かれることのなかった時代で、勉強させていただくことが多かったなと感じています。そのうえで、「自分のこの作品における役割って何なんだろう」「この人の人生をより豊かに演じるためにはどうしたらいいのか」と思ったりしました。ふだんは主人公にカタルシスがあり、成長していきますけれど、やはりこれだけ長尺の作品となると、ほかの登場人物にも成長期はあるわけで、「明子にとっては何なのだろう」というようなことを考えられたのもいい時間でした。
あとはやはり大河ドラマという全国民のみなさんがご存じの威厳のあるドラマに参加させていただけるというのはすごくうれしいことでしたし、親孝行ができたなと思っています。でもまだやらせてもらいたいですし、まだやれそうな気も(笑)。そう思えるキャラクターでした。演じがいがすごくあって、おもしろかったですね。いい経験でした。
◆君かたり