どんどん上がるコンセント?関西空港の目立たない大工事

どんどん上がるコンセント?関西空港の目立たない大工事
壁のコンセントの位置が、どんどん上にずれていく。
関西空港で知り合った整備士から、こんな話を聞いた。
はじめは冗談だと思ったが、その人は「本当だ」と言い続ける。

取材を始めると、関西空港で安全を確保するために、開港から30年にわたって行われている、ある工事にたどりついた。

その工事は、大規模なのに、まったく目立たない。
しかし、これがなければ、関空は成り立たない。

(大阪放送局 関西空港支局 記者 高橋広行)

オフィスのおかしな光景

関西空港の駐機場に面した、整備士のオフィスを訪ねた。

「これです」

驚いた。

身長175センチの私が手を思い切り伸ばしても、届かないところにコンセントがある。

しかも、以前はもっと低いところにあったが、年が経つにつれ、どんどん上がっているという。

オフィスを見回してみると、おかしな光景は、そこかしこにあった。
窓の位置も妙に高い。

「もとは、大人の目線くらいの高さにあったそうですが、これもどんどん上がってしまって…」

いまは「神棚」として活用しているという。

いったいどういうことなのか。

その整備士は「私から理由を説明する訳にはいかないので、空港会社に聞いてみてください」とつれない返事。

私は、関空を運営する関西エアポートの本社に向かった。

今も地盤沈下が続く

答えてくれたのは、関西エアポート建築技術部のマネージャー、岡田俊さん。
「なかなか理解してもらえない。非常にややこしい話なんですが」と言いながら、岡田さんは口を開いた。
関西エアポート 岡田俊 マネージャー
「まず、前提をお話しします。海上に造られた関西空港は、今も少しずつですが、地盤沈下が進んでいるんです。放っておけば、建物は傾き、配管などが壊れてしまいます。このため、関空では定期的に、建物の柱を延長する『ジャッキアップ工事』を行っているんです」
地盤沈下でジャッキアップ?

私の頭は、はてなマークでいっぱいになった。

岡田さんにじっくり話を聞くことにした。
大阪湾の沖合い5キロを埋め立て、1994年に開港したのが関西空港だ。

建設にあたって関係者を苦しめたのは「水で練ったメリケン粉」に例えられるほど、海底の地盤が軟弱なことだった。
できることは、土中の水分を追い出す地盤改良しかなかった。

海底から約20メートルの厚みがある粘土の層(沖積層)に100万本ものパイプを打ち込んで、水の通り道をつくる工法が取られた。

その結果、開港前までに、この粘土層の沈下はほぼおさまっていた。
ところが、その下に数百メートルにわたって広がる地層(洪積層)も、重みがあれば沈んでしまう性質だった。

深過ぎて、物理的に地盤改良はできない。

この深くやわらかい地層が、今も続く沈下の原因とされている。
開港から30年の間に、どれだけ空港は沈んだのか。

第1ターミナルビルがある1期島は、平均で3.79メートル。

第2ターミナルビルがある2期島は、2007年の運用開始から平均で5.54メートル。

直近1年間では、それぞれ平均で6センチ、19センチと、今もおさまっていないのが実情だ。

バラバラに沈んでいく

空港会社 岡田俊 マネージャー
「海上に建設する以上、開港後も地盤沈下が続くことは、当初からわかっていました。空港島全体が均一に沈むのであれば大きな問題はないのですが、関空のやっかいなところは、地盤の固さが一定でない上、ターミナルの重さも場所によって違うので、沈下量がバラバラなことなんです。このため先人たちは、柱の根元を加工してジャッキアップできる構造にし、微妙な調整ができるようにしました」
第1ターミナルビルの柱の数は、約950本に上る。

建物の傾きの計測には、各所に取り付けられた長い筒のような器具が使われる。
この筒には同時に水を流すことができ、基準とした筒の水位からどれだけずれているかをコンピューターが自動で計算。

このデータをもとに、どの柱をどの程度上げればいいか考えるのが、岡田さんたちの仕事だ。

傾きは500分の1(0.12度)程度におさえなければならず、計画づくりだけで3か月もかかるという。

静かなはずの深夜に

1月15日、岡田さんが、ジャッキアップ工事の現場を案内してくれた。

集合時間は午後10時。

工事は、乗客や航空会社への影響が出ないように、深夜から未明にかけて行われる。
業者の人たちが、手際よく、4本の柱に油圧ジャッキを取り付けた。

「ジャッキアップ、始め」

無線で声をかけ合う中、柱はゆっくりと浮き上がり、柱の根元付近にわずかな隙間ができた。
するとすかさず、6ミリの鉄板を引き抜き、16ミリの鉄板と入れ替えた。

これで柱は10ミリ、延長されたことになる。

今回、第1ターミナルビルは、全体の7割にあたる670本もの柱がジャッキアップの対象になる。

一気に作業を進めたいところだが、一晩に延長できる柱は10本から20本に限られるという。

なぜか?
空港会社 岡田俊 マネージャー
「私も一気に上げたいのですが、一気に上げると、今度は、隣のエリアとのバランスが崩れてしまいます。例えば、1つのエリアを一晩で10ミリ上げる。次の夜に隣のエリア、また次の夜に隣のエリア…。これを繰り返して、問題がなければ、ようやく2周目が始められる訳です」
第1ターミナルビルの場合は、ジャッキアップ工事は3年おきだが、いざ始まれば、工事期間は半年から1年近くに及ぶ。

薄い鉄のプレートは、いつまでも積み重ねることはできず、一定の枚数になれば、厚みのあるブロックと差し替えて溶接し、柱を盤石なものにする工事も必要になる。

30年間で柱は最大で約1メートル延長されている。

私が毎日歩いているターミナルビルの床が、こんな方法で保たれていたとは驚きだった。

“あちこちで上げてます”

ちょっと待った。

空港には、他にも多くの建物がある。

もしかして、ジャッキアップしているのは、ターミナルビルだけではないのではないか。

岡田さんは、あっさり答えた。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「そうですよ。ターミナルビルの両脇にある2つのエアライン棟、関西空港駅の建物、展望ホール、貨物エリアにあるオフィスビルや上屋、給油地区にある管理棟もそうです。すべて柱の根元がジャッキアップできる構造になっています。規模や手間はターミナルほどではありませんが、これを上げるのも私たちの仕事です」
対象となる施設は主なものだけで30もある。

柱の根元は地下か、出国フロアの下の1階にあるため、この工事が一般の人の目に触れることは、ほとんどない。

知らない間に沈み続けていて、知らない間に上げ続けられている関空。

「岡田さん、めちゃくちゃ大変じゃないですか」

ここまで取材をして、思わず大きな声が出た私に、岡田さんは言った。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「ありがとうございます。でも、ジャッキアップの手間は実は全体の3分の1くらいです。残りの3分の2の『まわりの工事』の方が、実は大変なんです」
私の頭のはてなマークは、再び急増した。

「まわりの工事」とは

空港会社 岡田俊 マネージャー
「柱が伸びるということは、柱とくっついている天井が当然、上がりますね。普通の家で考えてほしいのですが、天井が上に移動したら、どうなりますか?」
記者
「壁が壊れるか、壁と床の間に隙間ができる。まさか、この隙間を埋めている?」
空港会社 岡田俊 マネージャー
「半分は不正解ですが、半分は正解です。ジャッキアップし続けることを見越して、関空のターミナルビルなどの建物は、壁が2枚重ねになっているんです」
壁全体が「刀」と「さや」のようになっていると言えば、わかりやすいかもしれない。
ジャッキアップされる前は、さやがかぶさった状態だが、ジャッキアップに合わせて、さやどんどん上にずれていくことで、隙間ができることなく、壁が伸びていく仕組みになっている。

これが、コンセントがどんどん上に上がっていく正体だった。

さらに、当初の見込み以上に地盤沈下が続いていることで、「さや」の長さが足りなくなり、さや=壁を追加する工事も行っているというのだ。
驚きを受け止める間もなく、岡田さんの説明は続いた。
延長工事は、給水・排水などの配管類、空調機器のダクトにも及ぶ。

ターミナルの床とエレベーターも高さが合わなくなるため、専門業者にそろえてもらう。

航空機に乗る前に通る搭乗橋も、ターミナルとつながっている片方だけが上がっていくことになるので、搭乗橋を改造する工事が必要だという。

まだまだ、そんなものではない。

岡田さんは「わかりやすい現場を見てみましょう」と言って、ターミナルをどんどん進み、エスカレーターの前で立ち止まった。
「これです」

そのエスカレーターは、床に高さ1メートルのスロープがついていた。

まさか。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「エスカレーターは、構造上、上の階にぶら下がった構造になっています。このため、ジャッキアップをすると、下の部分が浮き上がってしまいます。それを埋めているのが、このスロープなんです」

“絶対に”必要な仕事

しかも、こうした工事を実施するには、入居している航空会社の担当者などと事前の調整が欠かせない。

ほとんどの場合、荷物や棚の移動が必要で、工事範囲が広ければ、一時的にオフィスの引っ越しをしてもらう場合もある。

入居者が十分な確認をせずに内装を変えてしまい、すぐには工事ができない状況になっていたり、しばらく使われていない部屋に急きょ入居が決まり、あわてて工事にとりかかったりすることも珍しいことではない。

搭乗橋の工事をする時は、運航にあたって別の搭乗口を使ってもらうことを関係する会社に了解してもらわなければならない。

岡田さんたちのお願いと調整が終わることはない。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「なぜ工事が必要なのか、どういった工事をするのか、丁寧な説明を心がけていますが、話がややこしいこともあって、なかなか伝わらないもどかしさが常にあります。入居する人たちにとっては本業に影響しますから『なぜこの忙しい時期にやるのか』と厳しい意見をいただくことも少なくありません。ジャッキアップしていることは、お客様も空港で働く人たちも実感することはないので、とにかく目立たない仕事です」
岡田さんは、空港が民営化されることに魅力を感じ、11年前に別の会社から関西エアポートに転職した。

大学では建築を学んでいたものの、いきなりジャッキアップ関連の担当になり、その煩雑さに面食らったという。

だが、その後、3年間、大阪空港(伊丹)の大規模なリニューアル工事に関わったことで、認識が変わったと話す。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「大阪空港のリニューアルは、自分たちでコンセプトを決め、多くのお客様に見てもらえる、非常にインパクトの大きい仕事でした。やりがいも大きかった。だからこそ、関空でいまの部署に戻った時に、ことの重大さ・大切さに気づきました。見た目は、柱が数ミリずつ上がっていくだけですが、関空に関わるすべての人たちの足元を支えているのがこの仕事なんだと。この仕事がなければ、関空は成り立たず、私が感じたような、やりがいも生み出せないと感じるようになりました」
関空の地盤沈下は、永久に続くことはないとされていて、実際に沈下量は年々減っている。

ただ、いつおさまるかは専門家でもわからない。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「この仕事はまだ当面続くと思いますが、お客様の安全と快適さにつながっています。ジャッキアップにネガティブな印象を持ったまま、配属になる若者もいますが、彼らの意識をどれだけ変えられるかも私の仕事の1つです」
関空の宿命とも言えるジャッキアップ。

30年間、黙々と続けられてきた仕事を引き継ぎ、後輩たちに受け継いでいく。

膨大な手間とコスト

ジャッキアップやまわりの工事に、どのくらいの経費がかかっているのか、関西エアポートは明らかにしていないが、関係者によると、年間数億円に上るという。

さらに、地盤が沈む影響は、高波・津波から空港を守る護岸、それに滑走路も引き下げてしまうため、過去には、それぞれ大規模なかさ上げ工事が行われてきた。

頻度は少ないものの、滑走路や護岸のかさ上げ工事にいたっては、1回に数十億円という規模になる。

空港の機能を維持するため、関空が払っているコストは、ばく大だ。
これについて、関西エアポートの山谷佳之社長にたずねると「当時、日本として、海上に空港を造るという前例のない大きなチャレンジをした。その結果、特別なコストがかかることになった。ただ、我々はこのコストも十二分に踏まえた上で経営にあたり、コストを受け止められる利益を出せているので、安心してほしい」と話していた。
開港以来30年にわたり、そしてこれからも、地盤沈下と闘い続けていかなければならないのは、一時は廃止が決まったほど、大阪空港(伊丹)の騒音問題が深刻化し、海上を建設地に選んだことに他ならない。

※海をゼロから埋め立てた世界初の海上空港の宿命とも言える。

何よりも優先される安全を確保しながら、今後、関空はどう発展していくのか。

舞台裏を知り、ますます目が離せない。

※この記事を当初公開した際、「世界初の海上空港」としていましたが、正しくは「海をゼロから埋め立てた世界初の海上空港」でした。失礼しました。

(1月29日「ほっと関西」で放送)
大阪放送局 関西空港支局 記者
高橋広行
2006年入局
羽田空港、成田空港担当などを経て2023年から関西空港支局
対策工事の現場を案内するツアーが組まれたら申し込みが殺到すると思っている

この記事は「空港の裏側」パート4
高橋記者の「空港の裏側」シリーズ
過去の記事はこちらから
どんどん上がるコンセント?関西空港の目立たない大工事

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どんどん上がるコンセント?関西空港の目立たない大工事

壁のコンセントの位置が、どんどん上にずれていく。
関西空港で知り合った整備士から、こんな話を聞いた。
はじめは冗談だと思ったが、その人は「本当だ」と言い続ける。

取材を始めると、関西空港で安全を確保するために、開港から30年にわたって行われている、ある工事にたどりついた。

その工事は、大規模なのに、まったく目立たない。
しかし、これがなければ、関空は成り立たない。

(大阪放送局 関西空港支局 記者 高橋広行)

オフィスのおかしな光景

オフィスのおかしな光景
関西空港の駐機場に面した、整備士のオフィスを訪ねた。

「これです」

驚いた。

身長175センチの私が手を思い切り伸ばしても、届かないところにコンセントがある。

しかも、以前はもっと低いところにあったが、年が経つにつれ、どんどん上がっているという。

オフィスを見回してみると、おかしな光景は、そこかしこにあった。
窓の位置も妙に高い。

「もとは、大人の目線くらいの高さにあったそうですが、これもどんどん上がってしまって…」

いまは「神棚」として活用しているという。

いったいどういうことなのか。

その整備士は「私から理由を説明する訳にはいかないので、空港会社に聞いてみてください」とつれない返事。

私は、関空を運営する関西エアポートの本社に向かった。

今も地盤沈下が続く

答えてくれたのは、関西エアポート建築技術部のマネージャー、岡田俊さん。
「なかなか理解してもらえない。非常にややこしい話なんですが」と言いながら、岡田さんは口を開いた。
関西エアポート 岡田俊 マネージャー
「まず、前提をお話しします。海上に造られた関西空港は、今も少しずつですが、地盤沈下が進んでいるんです。放っておけば、建物は傾き、配管などが壊れてしまいます。このため、関空では定期的に、建物の柱を延長する『ジャッキアップ工事』を行っているんです」
地盤沈下でジャッキアップ?

私の頭は、はてなマークでいっぱいになった。

岡田さんにじっくり話を聞くことにした。
大阪湾の沖合い5キロを埋め立て、1994年に開港したのが関西空港だ。

建設にあたって関係者を苦しめたのは「水で練ったメリケン粉」に例えられるほど、海底の地盤が軟弱なことだった。
できることは、土中の水分を追い出す地盤改良しかなかった。

海底から約20メートルの厚みがある粘土の層(沖積層)に100万本ものパイプを打ち込んで、水の通り道をつくる工法が取られた。

その結果、開港前までに、この粘土層の沈下はほぼおさまっていた。
ところが、その下に数百メートルにわたって広がる地層(洪積層)も、重みがあれば沈んでしまう性質だった。

深過ぎて、物理的に地盤改良はできない。

この深くやわらかい地層が、今も続く沈下の原因とされている。
開港から30年の間に、どれだけ空港は沈んだのか。

第1ターミナルビルがある1期島は、平均で3.79メートル。

第2ターミナルビルがある2期島は、2007年の運用開始から平均で5.54メートル。

直近1年間では、それぞれ平均で6センチ、19センチと、今もおさまっていないのが実情だ。

バラバラに沈んでいく

バラバラに沈んでいく
空港会社 岡田俊 マネージャー
「海上に建設する以上、開港後も地盤沈下が続くことは、当初からわかっていました。空港島全体が均一に沈むのであれば大きな問題はないのですが、関空のやっかいなところは、地盤の固さが一定でない上、ターミナルの重さも場所によって違うので、沈下量がバラバラなことなんです。このため先人たちは、柱の根元を加工してジャッキアップできる構造にし、微妙な調整ができるようにしました」
第1ターミナルビルの柱の数は、約950本に上る。

建物の傾きの計測には、各所に取り付けられた長い筒のような器具が使われる。
この筒には同時に水を流すことができ、基準とした筒の水位からどれだけずれているかをコンピューターが自動で計算。

このデータをもとに、どの柱をどの程度上げればいいか考えるのが、岡田さんたちの仕事だ。

傾きは500分の1(0.12度)程度におさえなければならず、計画づくりだけで3か月もかかるという。

静かなはずの深夜に

1月15日、岡田さんが、ジャッキアップ工事の現場を案内してくれた。

集合時間は午後10時。

工事は、乗客や航空会社への影響が出ないように、深夜から未明にかけて行われる。
業者の人たちが、手際よく、4本の柱に油圧ジャッキを取り付けた。

「ジャッキアップ、始め」

無線で声をかけ合う中、柱はゆっくりと浮き上がり、柱の根元付近にわずかな隙間ができた。
するとすかさず、6ミリの鉄板を引き抜き、16ミリの鉄板と入れ替えた。

これで柱は10ミリ、延長されたことになる。

今回、第1ターミナルビルは、全体の7割にあたる670本もの柱がジャッキアップの対象になる。

一気に作業を進めたいところだが、一晩に延長できる柱は10本から20本に限られるという。

なぜか?
空港会社 岡田俊 マネージャー
「私も一気に上げたいのですが、一気に上げると、今度は、隣のエリアとのバランスが崩れてしまいます。例えば、1つのエリアを一晩で10ミリ上げる。次の夜に隣のエリア、また次の夜に隣のエリア…。これを繰り返して、問題がなければ、ようやく2周目が始められる訳です」
第1ターミナルビルの場合は、ジャッキアップ工事は3年おきだが、いざ始まれば、工事期間は半年から1年近くに及ぶ。

薄い鉄のプレートは、いつまでも積み重ねることはできず、一定の枚数になれば、厚みのあるブロックと差し替えて溶接し、柱を盤石なものにする工事も必要になる。

30年間で柱は最大で約1メートル延長されている。

私が毎日歩いているターミナルビルの床が、こんな方法で保たれていたとは驚きだった。

“あちこちで上げてます”

ちょっと待った。

空港には、他にも多くの建物がある。

もしかして、ジャッキアップしているのは、ターミナルビルだけではないのではないか。

岡田さんは、あっさり答えた。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「そうですよ。ターミナルビルの両脇にある2つのエアライン棟、関西空港駅の建物、展望ホール、貨物エリアにあるオフィスビルや上屋、給油地区にある管理棟もそうです。すべて柱の根元がジャッキアップできる構造になっています。規模や手間はターミナルほどではありませんが、これを上げるのも私たちの仕事です」
対象となる施設は主なものだけで30もある。

柱の根元は地下か、出国フロアの下の1階にあるため、この工事が一般の人の目に触れることは、ほとんどない。

知らない間に沈み続けていて、知らない間に上げ続けられている関空。

「岡田さん、めちゃくちゃ大変じゃないですか」

ここまで取材をして、思わず大きな声が出た私に、岡田さんは言った。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「ありがとうございます。でも、ジャッキアップの手間は実は全体の3分の1くらいです。残りの3分の2の『まわりの工事』の方が、実は大変なんです」
私の頭のはてなマークは、再び急増した。

「まわりの工事」とは

空港会社 岡田俊 マネージャー
「柱が伸びるということは、柱とくっついている天井が当然、上がりますね。普通の家で考えてほしいのですが、天井が上に移動したら、どうなりますか?」
記者
「壁が壊れるか、壁と床の間に隙間ができる。まさか、この隙間を埋めている?」
空港会社 岡田俊 マネージャー
「半分は不正解ですが、半分は正解です。ジャッキアップし続けることを見越して、関空のターミナルビルなどの建物は、壁が2枚重ねになっているんです」
壁全体が「刀」と「さや」のようになっていると言えば、わかりやすいかもしれない。
ジャッキアップされる前は、さやがかぶさった状態だが、ジャッキアップに合わせて、さやどんどん上にずれていくことで、隙間ができることなく、壁が伸びていく仕組みになっている。

これが、コンセントがどんどん上に上がっていく正体だった。

さらに、当初の見込み以上に地盤沈下が続いていることで、「さや」の長さが足りなくなり、さや=壁を追加する工事も行っているというのだ。
驚きを受け止める間もなく、岡田さんの説明は続いた。
延長工事は、給水・排水などの配管類、空調機器のダクトにも及ぶ。

ターミナルの床とエレベーターも高さが合わなくなるため、専門業者にそろえてもらう。

航空機に乗る前に通る搭乗橋も、ターミナルとつながっている片方だけが上がっていくことになるので、搭乗橋を改造する工事が必要だという。

まだまだ、そんなものではない。

岡田さんは「わかりやすい現場を見てみましょう」と言って、ターミナルをどんどん進み、エスカレーターの前で立ち止まった。
「これです」

そのエスカレーターは、床に高さ1メートルのスロープがついていた。

まさか。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「エスカレーターは、構造上、上の階にぶら下がった構造になっています。このため、ジャッキアップをすると、下の部分が浮き上がってしまいます。それを埋めているのが、このスロープなんです」

“絶対に”必要な仕事

しかも、こうした工事を実施するには、入居している航空会社の担当者などと事前の調整が欠かせない。

ほとんどの場合、荷物や棚の移動が必要で、工事範囲が広ければ、一時的にオフィスの引っ越しをしてもらう場合もある。

入居者が十分な確認をせずに内装を変えてしまい、すぐには工事ができない状況になっていたり、しばらく使われていない部屋に急きょ入居が決まり、あわてて工事にとりかかったりすることも珍しいことではない。

搭乗橋の工事をする時は、運航にあたって別の搭乗口を使ってもらうことを関係する会社に了解してもらわなければならない。

岡田さんたちのお願いと調整が終わることはない。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「なぜ工事が必要なのか、どういった工事をするのか、丁寧な説明を心がけていますが、話がややこしいこともあって、なかなか伝わらないもどかしさが常にあります。入居する人たちにとっては本業に影響しますから『なぜこの忙しい時期にやるのか』と厳しい意見をいただくことも少なくありません。ジャッキアップしていることは、お客様も空港で働く人たちも実感することはないので、とにかく目立たない仕事です」
岡田さんは、空港が民営化されることに魅力を感じ、11年前に別の会社から関西エアポートに転職した。

大学では建築を学んでいたものの、いきなりジャッキアップ関連の担当になり、その煩雑さに面食らったという。

だが、その後、3年間、大阪空港(伊丹)の大規模なリニューアル工事に関わったことで、認識が変わったと話す。
2020年にリニューアルされた大阪空港
空港会社 岡田俊 マネージャー
「大阪空港のリニューアルは、自分たちでコンセプトを決め、多くのお客様に見てもらえる、非常にインパクトの大きい仕事でした。やりがいも大きかった。だからこそ、関空でいまの部署に戻った時に、ことの重大さ・大切さに気づきました。見た目は、柱が数ミリずつ上がっていくだけですが、関空に関わるすべての人たちの足元を支えているのがこの仕事なんだと。この仕事がなければ、関空は成り立たず、私が感じたような、やりがいも生み出せないと感じるようになりました」
関空の地盤沈下は、永久に続くことはないとされていて、実際に沈下量は年々減っている。

ただ、いつおさまるかは専門家でもわからない。
空港会社 岡田俊 マネージャー
「この仕事はまだ当面続くと思いますが、お客様の安全と快適さにつながっています。ジャッキアップにネガティブな印象を持ったまま、配属になる若者もいますが、彼らの意識をどれだけ変えられるかも私の仕事の1つです」
関空の宿命とも言えるジャッキアップ。

30年間、黙々と続けられてきた仕事を引き継ぎ、後輩たちに受け継いでいく。

膨大な手間とコスト

膨大な手間とコスト
ジャッキアップやまわりの工事に、どのくらいの経費がかかっているのか、関西エアポートは明らかにしていないが、関係者によると、年間数億円に上るという。

さらに、地盤が沈む影響は、高波・津波から空港を守る護岸、それに滑走路も引き下げてしまうため、過去には、それぞれ大規模なかさ上げ工事が行われてきた。

頻度は少ないものの、滑走路や護岸のかさ上げ工事にいたっては、1回に数十億円という規模になる。

空港の機能を維持するため、関空が払っているコストは、ばく大だ。
これについて、関西エアポートの山谷佳之社長にたずねると「当時、日本として、海上に空港を造るという前例のない大きなチャレンジをした。その結果、特別なコストがかかることになった。ただ、我々はこのコストも十二分に踏まえた上で経営にあたり、コストを受け止められる利益を出せているので、安心してほしい」と話していた。
開港以来30年にわたり、そしてこれからも、地盤沈下と闘い続けていかなければならないのは、一時は廃止が決まったほど、大阪空港(伊丹)の騒音問題が深刻化し、海上を建設地に選んだことに他ならない。

※海をゼロから埋め立てた世界初の海上空港の宿命とも言える。

何よりも優先される安全を確保しながら、今後、関空はどう発展していくのか。

舞台裏を知り、ますます目が離せない。

※この記事を当初公開した際、「世界初の海上空港」としていましたが、正しくは「海をゼロから埋め立てた世界初の海上空港」でした。失礼しました。

(1月29日「ほっと関西」で放送)
大阪放送局 関西空港支局 記者
高橋広行
2006年入局
羽田空港、成田空港担当などを経て2023年から関西空港支局
対策工事の現場を案内するツアーが組まれたら申し込みが殺到すると思っている

この記事は「空港の裏側」パート4
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