おさないころは鐘楼守しょうろうもりに憧れていた
時間も守れない寝ぼすけのくせにお笑いぐさだけれど
そこから見えるはずのもの
あの山のかなた
川の流れゆくはてへの
あてどない渇望に近い
が
田舎町には撞つく鐘もなければ高楼もない
歪んだ窓ガラスの外に見える
貧寒な風景があるばかりで
もちろん　そこには世界のすべてがあった
連なる雪嶺
荒すさぶ颪おろし
風に軋むアンテナと陋屋ろうおく

わかものになってようやく
鐘楼守など百年も昔に途絶えていたと知り
悔しさに身をよじった
そんなばかなことがあるものか
なぜこのおれを待っていてくれなかった
手あたりしだいに高殿に駆け上っては
躍起になってまなこを見開き
街明かりのあらかたをぎらぎらと焼きつけて
世のすべてを併呑した気になっていた

今ではそんなことはしない
足もおとろえてめったに高いところへなど上らない
まれに遠望にめぐまれたところで
もはや
耳をすましても鐘の音など聞こえないことを知っている
あそこでこの世の一大事とばかりに
はしゃぎまわる子供たちの声も
かなたのしわぶきみたいに聞こえるばかり
目をこらしたってなにも見えやしない
これほどあざやかに冬の曙光が
地の上を照らし出す朝だというのに
そこここに潜む哀しみも　よろこびも
大いなる真理も
耐えがたい残酷さえも
なにひとつ目の中に現れ出てはこない

でも
ごらんよ、
雁行型に飛んでくるあの鳥たち
けんめいに羽ばたいていて
烈はげしい朝風に一羽また一羽と
吹き散らされて
ひるがえり
白い腹を見せて
きらきらと舞い散り
一羽また一羽と
ふたたび羽ばたいてゆく

あそこには
この世をかたちづくる
大切なものがあると思わないか？

2025/1/28