轟音────そう形容するのも足りないと思わせるほどに、言葉では言い表せない衝撃と音が59階層を破壊という現象とともに襲いかかる。
英雄と堕ちた正義の使徒。
深紫の地獄の業火と精霊由来の聖水。
対極に位置する両者の衝突。殺気と殺気のぶつかり合い。その点においてのみ共通する両者の至高の一撃。
炎が聖水を蒸発させる。聖水が業火を鎮火する。炎の熱気と階層全域に広まる勢いの水蒸気。片やダンジョンからの、片や自然のマナを無限に取り込むことにより、両者魔力切れという自体は起こりえない。
故にこの勝負は────純粋な力比べ。
互いに『至った』存在。神々の未知の集合体のような二人の激突は熾烈を極め……戦況は、数秒と経たずに傾く。
「────────英雄ゥゥぁあああああ!!!」
焔が聖水を呑み込む。
拮抗はあっさりと、一瞬で消え去る。
精霊由来の聖水が一気に蒸発。レヴィスの前方全てを業火が呑み込み、大地も大気も何もかもを焼き尽くす。
それは正しく、
何一つとて残すことなく、原子レベルまでに崩壊していく。蒸気と熱気が瞬間的に階層を満たし、擬似的なサウナ状態に陥った。
焔の放出はなおも続く。
確実に殺し尽くすために、ダンジョンから、そして穢れた精霊本体から供給される魔力を全て注ぎ込み始末する。
それは供給量を放出が上回るほどのもの。神々を完全に殺し得る破壊力は如何なる階層主とて秒と持たないだろう。
「────フッ!」
その余波は、観客に成り下がったロキ・ファミリアまで及ぶ。
展開された防御結界を貫通する熱気と熱風。瀕死の団員達にとってこの熱風はそれだけで命にトドメをさせる程のもの。
各々の武器で体を支えながら立つのがやっとの四人と、未だ眠り続ける団員達。それらを背に、フィアナは金の槍とは異なる武装を顕現。光の粒から実体となった旗を掴み取り、鋒を地面へと突き刺す。
「その、旗印は……!?」
フィンの驚愕が熱風に溶かされながら、フィアナは詠唱をすることなく、前方に不可視の盾を七枚展開する。
花弁のように展開したそれらは熱風を通すことなく、ひび割れることなく顕現し続ける。
「凄まじい────」
感嘆の言葉を漏らすフィアナは視界一面に燃え広がる地獄の業火を見つめ、全幅の信頼を寄せる男の勝利を確信する。
いいや。元々ベルが勝つことに疑問は持っていなかったと言うべきか。
「
深紫の業火が一面支配している中。レヴィスの瞳に届いた一筋の光。
白い、ただただ白い光。輝きが強すぎるゆえに白以外の表現が難しい極光は縦一文字に広がり、レヴィスの焔を断ち切った。
「なん、だ……!?」
単なる魔法の放出では無い。斬撃そのものが飛ぶ絶技。
英雄の資格を持つ者が習得を要求されるそれは斬光と呼ばれた。
ベルが放つそれは斬光にアレンジを加えたオリジナル。
各々の放つ斬光は異なるが、その中でも異質であるベル・クラネルは属性付与による斬光をものにした。
丘を断ち、城を断ち、海を断ち……世界を断つ。
『絶』とは全く異なる究極の斬撃。反応を許すことなく、レヴィスの右肩を吹き飛ばす。
痛みよりも驚愕が強いレヴィスを、斬り裂いた焔から抜け出してきた白き英雄が追攻する。
「
「ちっ……!!!」
続けた二太刀目。連続して振るわれた斬光をレヴィスは大剣で受け止めるが貫通する衝撃に内臓を破壊され口から血が吐き出される。
三度目。穢れた精霊の侵食とレヴィス自身の成長により傷一つつくことのなかった大剣が砕ける。胸元を断ち切られたレヴィスは浅くは無いダメージを証明するように僅かに極彩色の魔石が露出する。
「なめ……るなぁあぁああああああああ!!!」
極限状態に追い込まれ、レヴィスは咄嗟の判断により三つの魔法の同時使用を強行する。
【アガリス・アルヴェシンス】【ゴコウ】【シカイ】。恩恵は無く、ただ素体となった人間の技術、スキル、魔法の継承という立場だからこそ行うことが出来た詠唱破棄。それに伴う同時使用。
全ての魔法に指向性を与え、ただ一閃の斬撃を生み出す。
斬光とは異なる、漆黒の輝き。しかし同種の性質と威力も持つそれが四度目となるベルの斬光と衝突。斬光同士の衝突により空間が軋むほどの威力が発散されソニックウェーブが引き起こり、衝撃により両者が弾き飛ばされた。
「づアッ……!?」
衝撃の反動により左腕が弾き飛ぶ。全回復力を右腕に集中させ超速再生を決行。
高鳴る鼓動。確かに感じる闘いの高揚。
何度も死を目前にし、対等以上の相手と行う殺し合い。一秒前の自分よりも強くなっていく全能感。
────楽しい。
レヴィスは思う。
この一瞬を何度も味わい、全てが異なるテイストだからこそ全く飽きることなく、最高が何度も更新されていくこの時間が永遠に続いて欲しいと願う。
「────はははっ……」
レヴィスは惜しむ。
この闘いが、既に終わりを迎えようとしていることを。
────ゴーン、ゴォーン……。
鳴り響く大鐘楼。
全てを照らす極光が天に収束していく。鐘の音は増幅を続け、光は増す一方。
────ゴーン、ゴォーン。
鐘の音が鳴り響く。
英雄の凱旋を祝福するかのように。勝利を祝うカーテンコールにも思える大合奏。
天に浮かぶベルが右手で神雷を収束。聖水のマナ濃度を極限まで凝縮することにより絶対零度に到達した氷の造形を形作り、出来上がる一本のレール。
筒状の氷から伸びていく線路は真っ直ぐに眼下のレヴィスへと向けられていた。
紫に輝く瞳が冷たくレヴィスを見下ろす。
「……憐れなヤツだ」
擬似的な斬光を放ち、その反動を受け身動きが取れないレヴィスは見上げた先に映る白き英雄を見つめて嘲笑を浮かべる。
「貴様は英雄にしかなれない……これは祝福などではなく呪いだ」
鐘の音が鳴り響く。
深層から地上にまで轟かせる英雄の凱旋はいよいよ頂点へと達し、燃える大地も、枯れた草木も何もかもを白く染め上げる。
形成されていく氷の玉。雷を纏い、一時的な発動という制約を課し無理やり使用した精霊の風で包むことにより空気抵抗と温度変化を防ぐ。
古代にて、凡人でしかないベル・クラネルが偉大なる英雄達に追い縋るために試行錯誤した末に偶然たどり着いたひとつの極地。
原理の一切が不明なままに、そういうものだと決めつけて使用するベル・クラネルの絶技のひとつ。
「……どこまでも私も舐めてくれるなよ、英雄風情が」
「────
最期に殺意を向けられていないことを悟ったレヴィスは呟くように悪態をつく。
形成された球を全力で殴る。電磁力による推進力を利用した超電磁砲による超超超広範囲殲滅攻撃。
音はしない。そういう次元の話では無いから。
ダンジョンが光に包まれる。その場にいる全てを呑み込む極大の光の柱。
オラリオが収まるほどに広大な59階層、その約八割の地盤が消滅する。
音と認識することが出来ない。攻撃と認識することが出来ない。それほどまでに一瞬で、圧倒的で、格が違う一撃。
魔石が砕ける音も何もかもを呑み干して、天から下界へと降り注いだ神の一槍がダンジョンを貫いた。
────ダンジョンが、
◈◈◈◈
しまった。
レヴィスという強敵との死闘。制限が多く課せられている中での辛勝に安堵の吐息を漏らす暇もなく、僕の中で生じた言葉はその一言に尽きた。
「────フィアナッッ!!!!」
叫ぶ。階層が崩壊し、爆発音や瓦礫が落ちていく音が何重にも木霊する雑音の多いこの空間で、遠く離れたフィアナに向けて最大限の言葉を叫び伝える。
「
叫ぶ。今まで苦楽を共にしてきた精霊に対しても命令口調になってしまうほどに切羽詰まった状況に呼吸をする時間すら惜しいのだと。
ロキ・ファミリアは意識のある人がアイズ、フィンさん、リヴェリアさん、そしてレフィーヤさんの四人。他の人たちはまだ意識が回復する見込みがないことは明白だったためにこの状況はレヴィスがいた頃に比べれば劣るもののそれに近しい危機だ。
水精霊の本体を向かわせたことで水の精霊魔法の出力が大幅に下がる。同化状態の解除により今まで蓄積してきた疲労が一気に襲いかかり倦怠感と眠気が襲うが歯を食いしばり意識を保つ。
僅かに生成した水をレンズの代わりに応用して視覚を強化。遠く離れた豆粒に満たないフィアナたちの姿がはっきりと目に映る。
爆音と振動に困惑するロキ・ファミリア。言葉の真意を理解することなく、それでも僕が求める行動を理解したフィアナは僅かに頷くといつの間にか展開していた魔法を解除。後方にいるロキ・ファミリアへと声をかける。
────ォォオォオオオオオ……。
「……チィッ!!」
「え────」
ダンジョンが啼いた……同時に、神雷を纏い駆け出した僕のナイフと爪が金属音を鳴らし、火花を散らして衝突する。
隣ではフィアナがもう一体の攻撃を防ぐ。僕らの光景を呆然と見つめていたレフィーヤさんは僅かに声を漏らしながら尻もちをついた。
襲撃者……ジャガーノートは赤く染まる瞳をギョロギョロと動かし、叫び声にも悲鳴にも聞こえる声を発しながら続け様に空いた片腕を振り上げる。
(────多い)
リューさんとの深層での決死行。その時に見たジャガーノートとは比べ物にならない力の波動。
骸骨のような骨格は漆黒に染まり、その速度も高い。僕とフィアナ以外は決して追うことの出来ないポテンシャルはLv7に匹敵している。
一体一体の力が強いことに加え……その数は数えることも億劫だ。
自由落下のように落ちてくるジャガーノートは未だ生産が止まることは無い。ハエのように黒く小さな点々は赤い瞳が煌めきこちらを覗く。
「任せるよ」
「ご武運を」
僕とフィアナの間で交わされたのは、そんな短い言葉だけ。目配せも必要ない。それだけで互いに通じあったから。
「
敬愛する主神の司る炎を纏い、眼前に蠢く無数の骸の破壊者の迎撃に意識を切り替えた。
暖かい炎。
レヴィスが纏っていたのとは全く別の、祝福の灯火が僕を包み込む。
「
「アル……アルっ」
「急げと言っている!!」
数えるのも億劫な数のジャガーノート。
あれの性質はただダンジョン内に侵入した異物の排除で、それに指向性は本来伴っていない無差別の殺戮者。
その中には同胞たるモンスターも含まれているけれど、今ここにいるのは僕達だけ。ロキ・ファミリアは戦える気力は無く、万全だとしてもこの場で戦えるだけの力が彼らには無い。
「……何を停滞しているんだ」
「「──っ」」
アルフィアさんと、ザルドさんに託された。レオン先生には願われた。そして、二度の邂逅で思い知ってるはずなんだ、僕は。
一度目は、世界が滅んだ。
何もかもを破壊する漆黒の前に、為す術もないままに蹂躙され、辱められ、貶され、貪り尽くされた。
二度目は、死守した。
それでも、こちら側の被害は絶大で。全てを使わなければあの終焉を止めることなどできるはずは無いのだと知ったのだから。
「派閥争いとか、立場がどうとか、どうでもいい。貴方たちの怠慢がこの結果だ」
────【
ジャガーノートの意識を全て僕一人に集中させるにはジャガーノートの中に僅かに込められている母たるダンジョンが持つ神々への憎悪を突く他ない。
船の顕現が弱まってきていることで神威が収まりつつある中、僕はトリガーとなる僕にとってヘスティア様と並ぶ、もう一人の主神と言ってもいい女神の名を発する。
「────足掻けよ、冒険者。僕達に時間は無いのだから」
頭上に擬似的な月が顕現する。水と雷による人工的な月の権限による月光が僕を照らし、光が反射するように僕の身体が輝き出した。
『────ッ!!!』
一斉に向けられる無数の殺意。破壊者の対象が僕に集中し、防御無視の爪が僕に向けられる。
「
チャージ時間はもはや不要。
全身を、ナイフを含めて包み込む聖火を放出する。
背後にいた気配が遠ざかっていく。守る対象が居なくなる。
ここからは、何も気にすることなく全力で殲滅する。
「こい────破壊者」