第四話「テスト期間と危険な補習」
「―――結論から言おう。女子の試験勉強は戦場だ」
図書館の隅っこで、私はつばきのノートを睨みつけながら舌打ちした。蛍光ペンだらけのページに「♡ 霧島先生のメガネ似合いすぎ問題 ♡」との落書きが紛れ込んでいて、集中力がぶっ飛ぶ。
「沙羅~、この数式分かんない~」
つばきが猫のような目でノートを押し付けてくる。チョコレートの匂いがする髪の毛が、なぜか鎖骨にかかって痒い。
「おい、三平方の定理くらい……あ」
教えようと手を伸ばした瞬間、ブラのホックが外れる音がした。冷や汗が背中を伝いながら、カーディガンで体を覆う芸の細かさに自分で感動する。
「どしたの? 急に動き止めて」
「い、いや……量子もつれ現象の実験を思い出しただけ」
適当にごまかし、片手で背中を探る必死さ。この状況をツイートしたら「あるある」バズり確実なのに、プライドが許さない。
LINEが光る。由梨香からのメッセージ。
『生理周期管理アプリのデータ共有しとくね♡ そろそろイライラ期だよ~』
付属のグラフを見て絶句する。今週の私の感情変動が、『星穹軌道』のサーバー負荷曲線と見紛うほど激しい。
「あ、霧島先生だ!」
つばきの甲高い声に振り向くと、教材を抱えた先生がこっちに向かって頷いた。メガネが夕日で光って、なぜか璃火の必殺技発動時と同じエフェクトが見える。
「月島、職員室に来い。特別補習だ」
「は? 私の数学の点数は……」
「IT特別講座の話だ」
パソコンが並ぶ準備室で、先生が謎の書類を広げる。
「地域のプログラミングコンテストに、学校代表で出てくれ」
「えっ……でも私は……」
「元エンジニアだろう?」
キーボードを叩く手が止まる。モニターに映った自分が、女子高生らしいピンクのストラップ付きスマホを握りしめている。
「この姿で……大丈夫ですか?」
先生が珈琲カップを傾けながら笑う。
「去年の優勝者が璃火のコスプレでプレゼンしてたぞ」
「それって単にオタクが……」
突然、ドアが勢いよく開く。
「沙羅の家庭教師なら私が!」
由梨香が風のように入ってきて、私の肩に腕を回す。先生の眉が微かに動いた。
「元カノさん、学校に上がり込むな」
「元カレが女子高生になってるこっちの方が異常事態ですよ!」
三者三様の空気が張り詰める中、私の腹が不意に鳴る。
「……とりあえず、コンビニ行こう」
先生が財布を取り出す仕草に、由梨香が先にピンクのエコバッグをぶら下げる。
「悠真の好物、カップヌードルとプリングルス買ってきたわ」
「お前……前世のデブ習慣を引き継がすな!」
「でもこの身体、代謝いいでしょ? 私が羨ましいわ~」
電子レンジの前で三つ並ぶ様子が、なぜか家族のようだと感じる瞬間。先生がポテトチップスを開ける音が、妙に懐かしい帰宅部の放課後を思い出させる。
帰り道、由梨香が小さく呟く。
「霧島先生、結構イケてるじゃん」
「……そう?」
「悠真の声でそう言われるの、超ズルいよ」
駅のホームで別れる時、先生が突然私の頭に手を置いた。
「君のプログラム、賞より大切なものを見つけられるはずだ」
髪を撫でられる感触に、心臓がハイヒールで踏まれたように跳ねる。
その夜、布団でSNSを眺めていると、つばきの更新が目に飛び込む。
『今日の沙羅さん、先生とめっちゃラブラブ♡』
添付された写真では、私がプリントTシャツの胸元を無意識で押さえながらキーボードを叩いている。
「これ……男子のリプ爆増するじゃん!」
返信欄に「#事実無根」と打ちかけ、ふと手が止まる。
(でもあの時……本当に少し、ドキッとしたかも)
次の日、試験中に突然下腹部が疼く。生理周期アプリの警告を無視した報いか、問題用紙の余白に無意識で璃火のイラストを描いている。
「月島、カンニングか?」
「違います! これは……脳内キャラを可視化する記憶術です!」
監視の教師をIT用語で煙に巻きつつ、腿の間に忍ばせたカイロの温もりに救われる。
放課後、トイレの個室でうずくまっていると、外でつばきの声がする。
「沙羅~、霧島先生が差し入れくれたよ~」
隙間から差し込むホットドリンクに、生姜の匂いが混じっている。
「生理痛に効くって……先生、そんなことまで」
「沙羅さん限定サービスだね~」
つばきの笑い声に、ペットボトルの温かさがじんわりと広がる。
帰り道、ふとコンビニのショーケースに映った自分を見つめる。
(この身体でプログラミングコンテストか……)
リュックの中の参考書が、かつての業務用タブレットと同じ重さを感じさせる。
スマホが震える。【戦友】からのメッセージ。
『近々、現実で会おう』
背筋が凍りつく。送信者の位置情報が、なんと自宅の最寄り駅を示している……!