○…近鉄がFA選手として獲得した唯一の選手が加藤さんだった。3年契約で、1年目の02年は右肘を痛め2試合で0勝。結局わずか8勝で、04年オフにオリックスとの合併前に戦力外通告を受けて引退。「(監督の)梨田さんには申し訳ないと思っています」。03年6月10日オリックス戦(大阪ドーム=現京セラドーム大阪)では本塁にベースカバーに入り、突入してきたブラウンと激突。殴りかかり大乱闘となり退場処分となった。「試合後、母から『何しとんの』と言われましたよ」。これが両親が鳥取から観戦に来た最後の試合だった。

○…広島で3年プレーした加藤さんは98年オフにチームの若返り策のため自由契約となった。当時巨人などからも誘いがあった。「憧れの巨人ですからね。でも、オリックスとの入団交渉の席に河村さんがいたんです」。南海時代に師と仰いだ河村氏が99年から投手コーチに就任することになり、入団交渉に仰木監督と同席していた。運命の再会でオリックス入りし、3年間で20勝を挙げた。

◆在阪3球団に所属した選手 過去には阪急黄金期に主軸で首位打者2回、打点王3回の加藤英司、主に南海で活躍し59年に首位打者となった杉山光平、阪急で69年に盗塁王を獲得した阪本敏三と野手3人がいる。

◆加藤伸一(かとう・しんいち)1965年(昭40)7月19日生まれ、鳥取県倉吉市出身。倉吉北から83年ドラフト1位で南海に入団し、1年目から1軍で活躍。広島、オリックス、近鉄と4球団で21年間現役生活を送り、通算350試合92勝106敗12セーブ。1764回1/3、防御率4・21。11年からソフトバンクで4年間投手コーチを務めた。181センチ、81キロ。右投げ右打ち。

<取材後記>

加藤さんは野球解説者を務めるだけでなく17年から社会人の九州三菱自動車でコーチを務めている。17年5位で阪神入りした谷川昌希投手(28)にも1年間指導。河村英文さんから教わったシュートを伝えた。谷川は3年目の今季、自己最多の14試合に登板。「あの分厚い阪神のリリーフ陣の中で、大したもの。僕は大きなカーブ、東尾さんはスライダー。谷川にもシュートと合わせてもう1つ変化球を覚えてくれれば。本来は先発タイプだし」とシュートを受け継ぐ右腕に期待した。