いつの間にか彼がいた
たった数時間なのにどっと疲れが出て、切符売り場の端の壁に寄りかかってしばらく動けなかった。泣きそうになるのを堪えて下を向いていた。男性が「大丈夫ですか?」と声を掛けた。顔を上げて大丈夫ですと言おうと思うと、彼だ。
私と母が食事を終え出たら連絡を入れてと、料亭の大将にあらかじめお願いしていたらしい。近くで食事をしていた彼は、母が本当に私の話すような人なのか様子を見に来ていたのだ。私と母の会話も一部始終を見ていた。「あんな言い方はないよな」と言ってくれた彼の顔を見たら、子供のようにわんわん泣いてしまった。人目も憚らずに。この瞬間だけは不倫の立場も忘れてしまって、彼は肩を抱いてくれた。自分が母に会うように薦めたにもかかわらず、逆効果で間違いだったかもしれないと謝ってくれた。今後は無理に会う必要はないし、お母さんに寄生や依存されないようにしなくてはいけないとも。
泣き止み落ち着いてから私は一人で家に帰り、彼は会社へ戻った。置いた荷物にふと目をやると宗教のチラシが光っているように見えた。手に取って読むと、書かれている言葉たちが苦しい状況から救い出してくれるのではないかと錯覚しそうだった。こういう弱い時、何かに縋ったり、心の支えや指針が欲しい時、その心の隙間に宗教というのは入り込むのだなと思った。母が阪神淡路大震災の被災を機にいろんな宗教の勧誘にのめり込んだ理由が少し分かった。
◇後編「神棚の水を取り替えないと口が切れるほど殴られた…虐待母が宗教にすがった記憶」では、まだ奈緒音さんが中学生だったころ、母親が次々宗教にのめり込んだ時のことをお伝えする。