希望を見出してしまったからこそ、辛い

そんな私を今愛してくれている年上の彼から「母と会って美味しい食事をしてきちんと話せばわかってもらえるはずだ」と言われ、料亭のセッティングをしてもらったことで、私は少し希望を持ってしまったのかもしれない。だからこそ、「やっぱり駄目だった」という現実が重くのしかかってきたのだ。

「産んでくれた親だから」「それでも親だから」と変えることができない事実をつけてしまうと、結局私が悪いと思ってしまう。そんなバカな考えは振り切らなきゃと、頭を抱えて座り込んだ。
 
このまま二度と会わないくらいの気持ちでいられたらよかったのに、田舎から電車に乗り継いできた母が無事に帰れるのか?駅はわかるのか?と急に不安になり、私の良心が痛む。気付いたら母の後を追ってデパートに歩き出していた。今また母を受け入れたら後悔する、良くないとわかっていながら、自分が人としてダメなんじゃないか?優しくないんじゃないか?と胸が締め付けられるような思いになる。

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デパートの入り口付近では、ある宗教を勧誘する人がチラシを配っていた。興味はないが、ティッシュなども受け取ってあげないと配っている人に悪い気がする……周りに対してもいつも気にしすぎている自分の性格がどこまでも嫌になってしまう。さっと受け取り母を探した。

母は、私が追いかけてくるのがわかっていたのだ。入り口直ぐの椅子に座っていた。当然と言わんばかりに、「どうせ来るんだから最初から文句を言わず来たらいいのに。これ持って」と言って荷物を渡してきた。母の罠にまんまとはまったなと自分が情けないと感じた。私は黙って後をついて行き、母が次々選ぶデパ地下のお惣菜やお菓子の会計を済ませて袋にまとめた。駅まで送り、切符を買って渡した。母は機嫌を直しており、「じゃあまたね」と言って改札を通り姿が見えなくなった。