5月銀座八丁目の高級時計店にて起きた強盗事件は、多くの目撃者がいる中で起きたものとして多くの人を震撼させた。幸いけが人はなく、犯人と思しき男性4人も逮捕された。

しかし、もしこの店内にいたのが自分だったら、娘だったら、あなたはどうするだろう。
幼少期から母の虐待に遭っていた若林奈緒音さん(40代、仮名)は、顔が歪むほど瓶で殴られたり、たばこの火を押し当てられたり、暴言・暴力にさらされていた。18歳のとき、長年のコツコツとした準備のもと、高校卒業をまたずに実家を出て自立する。19歳で性暴力に遭遇してしまった後、「自分を求めてくれる人と結婚すれば幸せになるだろう」と強く結婚を求める相手と成人式を前に結婚を決めた。ところが相手は「自分の言いなりにしたい」男性だった。結果、最後は夫の浮気で22歳で離婚。そこで実家に帰るという選択肢はなかった。奈緒音さんにとって実家は安心できる場所ではなかったのだ。

そんな奈緒音さんが安心できる「居場所」となると申し出たのが、40歳以上年上の社長を務める既婚男性だった。アパレル店に勤務する奈緒音さんの顧客となった彼は、最初は顧客として、次第に一人の男性としてお茶を読むようになり、次第に奈緒音さんを支えたいと言うようになる。
はじめは恋愛関係を拒んでいた奈緒音さんも、「結婚しよう」という言葉を信じ、彼を支えにするようになっていた。

厚生労働省は、令和3年度中に、全国225か所の児童相談所が児童虐待相談として対応した件数が20万7660 件で、過去最多と発表している。虐待は子ども時代だけのことだけではない。成人になっても影響を与えてしまう。奈緒音さんが自分のような人を出したくないとその人生を伝える連載「母の呪縛」、17回では、1人暮らしに戻った奈緒音さんが泥棒被害にあった時のことをお伝えした。18回の今回はそこでまたかかわるようになってきた母の話や、留学を決行したことをお伝えしていく。

若林奈緒音さん連載「母の呪縛」これまでの記事はこちら
 

妹のことまで気遣う彼

23歳のときに出会った40歳も年上の彼との関係は、どんなに理由を並べても「不倫」に変わりはない。私自身も、躊躇いながら始まった関係。彼に惹かれた要素はこれまでにもお伝えしたように、たくさんあった。中でも惹かれたのは彼の孤独を知ったことだった。最初に聞いた彼の家族の不和や問題、幼少期より愛情に飢えて育ち、いまの妻との関係も冷え切っているという彼に自分を重ね、心を痛めて、お互いに傷を癒し支えになれたらと使命感のようにも感じた。そして誰かに必要とされたことがなかった私はそれを「愛」だと思った。

「お茶をしよう」「友だちとして話をしよう」そんな風に始まった二人の関係だった Photo by iStock

一緒にいればいるほど、愛情と信頼は深まっていくように思う。彼には私が母に虐待されてきたことをはじめ、兄が優秀な成績をおさめながらも大学に進学させてもらえなかったこと、末っ子の妹は唯一可愛がられてきたことなど家族の話を率直にできた。すると妹にも配慮してくれて「姉妹で美味しいものを食べてきなさい。妹さんにこれで何か買ってあげなさい」とレストランを予約してくれたり、妹にもお小遣いを頂いたりした。遠慮をして何度お金を返しても、「なおを愛しているから、その家族も大切にするんだよ」と言われると、不倫の立場を忘れてしまって「幸せ」だと感じた。私の家族まで大切にしてくれる彼に感謝し、私たちは「不倫」の立場からいつか家族になるのだと疑いもせず、妹も年齢差はあれ私が幸せになるのならと思ってくれていた。

母と連絡を取るように繰り返す

前の夫と離婚してからは、母とは疎遠になっていた。母から連絡が来なくなった理由は、私がひとり暮らしとなり、自分の生活で精一杯で、母からのお願いでも実家に渡すお金の余裕がなかったからだ。彼はその母とのことも心配し「娘は立派に生活し頑張っている、今は幸せだと見せてあげなさい」と言った。私はこれまでのことを考えると、母を簡単に許せるわけはなく、又今の生活を見せることに嫌な予感しかしなかった。
彼自身が婚外子であったため、私が実の母親と疎遠であることが「可哀想」と感じたようだ。こんな風に言ってきた。

「私も複雑で窮屈な家庭環境、人生で親を許せないと思って過ごしてきたが、自身が成功することで見返すことができた時、怒りや負の感情を手放せた。自分の家族を作れば幸せになれると思っていたが、思うようにはいかず、歳を重ねて、成功をし、なおと家族になることを考える余裕もある。だからこそ言える、親は思っているほど長生きしないから後悔しないように」

そして、母と向き合うきっかけになればと舞台のチケットを用意しようかと言ったり、レストランの予約をすると言ってくれた。私としては、母とはこのまま疎遠のままがよいと思っていたが、彼が家族にまで配慮して、何度も何度も声を掛けてくれる。「私を思ってしてくれるのは、彼からの愛情だから有り難く受け入れるべきだ」と感じ出した。いずれ結婚する際には母に会わせなくてはいけないしとも思った。結果として、のちに彼がおぜん立てしてくれた母との再会は、二度と修復できない絶縁へと繋がるきっかけとなる。