寄稿「ネット上のヘイト規制は検閲ではない」 国連人権高等弁務官

トランプ再来

 米メタ(旧フェイスブック)が1月上旬、投稿内容の事実関係を確認する第三者による「ファクトチェック」を米国で廃止すると発表した。こうした動きは世界のさまざまな少数者(マイノリティー)を危険にさらしかねないと、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のフォルカー・トゥルク人権高等弁務官が懸念を表明する論考を朝日新聞に寄せた。

 寄稿全文は次の通り。

     ◇

 メタがコンテンツの適正化とファクトチェックに関するポリシーを全面的に見直すと発表したことは、表現の自由を懸念するすべての人に警鐘を鳴らすはずだ。これらの動きは言論の自由を守るためだと主張されるが、多くの人々やコミュニティーにとっては言論の自由を侵害するものだ。

 メタはテロリズムに関連するものなど、いわゆる重大な違反のみを制限するようにコンテンツの自動適正化を再調整すると発表した。テレグラムやX(旧ツイッター)など他の企業が採用している方針と併せると、世界最大のソーシャルメディアプラットフォームのいくつかで、虐待的で憎悪に満ちたコンテンツがさらに増える可能性がある。

紛争や選挙運動で壊滅的な影響 ミャンマーで実感

 これらのコンテンツの一部は、LGBTIQ+や難民、移民、あらゆる種類のマイノリティーといった疎外された集団を標的にしている。こうした集団をプラットフォームから追い払い、見えにくくしてさらに孤立させ、彼らの表現の自由を制限することにつながるだろう。

 より広い意味では、これらの変更は特定の人々やグループをはるかに超えて害をもたらすだろう。表現の自由は、自らの意見を表明できるということだけでなく、アイデアや情報を求めたり、受け取ったりできることも必要だ。規制が不十分なソーシャルメディアのプラットフォームは、いくつかの点でこの自由を制限する。

 まず、一部の人々や集団を黙らせることで、誰もが利用できる情報の範囲を制限する。また、うそや偽情報の拡散を許すことで、情報環境を汚染する。事実とフィクションの境界をあいまいにし、社会を断片化させ、事実と基本的な共通理解に基づいた開かれた議論のために必要な公共の場を侵食する。

 これらの変更によって生じる、適正化されていないコンテンツとヘイトスピーチが大幅に増えることは、常に有害だ。しかし、紛争や危機、選挙運動の際には特に壊滅的な結果をもたらし、プラットフォームの利用者であるかどうかに関係なく、何億人もの人々に影響を与える可能性がある。私はシリアから戻ったばかりだが、そこでは暴力につながる復讐(ふくしゅう)心に満ちた偽情報の有害性を目の当たりにした。

 実際、2018年にフェイスブック自身も、ミャンマーの(少数派イスラム教徒)ロヒンギャに対する分裂をあおり、暴力を扇動するためにプラットフォームが利用されることを十分に防げなかったと認識していた。同社は、もっと改善できるし、改善するべきだと認めていた。

情報の信頼性の確保策 人権に基づいて対応を

 同様の事例は他にもある。世界中の選挙運動でも、ソーシャルメディアの人権に基づいたガバナンスの欠如が社会の結束を弱め、民主的な意思決定をゆがめる可能性があるということが示されている。ここ数年のブラジル、ケニア、モルドバ、ルーマニアの選挙運動では、偽情報や憎悪に満ちたコンテンツがソーシャルメディアのプラットフォーム上で拡散したことが報告されている。

 このような状況では、企業が(人権侵害リスクを防止・軽減する)「人権デューデリジェンス」を実施し、国家がすべての人に自由で開かれたオンラインとオフラインの議論の場を保障することが不可欠だ。

 コンテンツの適正化は簡単ではなく、議論を呼ぶこともある。OHCHRは、国家が露骨な法律や政策で反対意見を黙らせ、公共の場で好ましくないコンテンツを抑圧するといった過剰な強制に警鐘を鳴らしてきた。一例を挙げると、複数の市民団体が最近、ソーシャルメディアのプラットフォーム上でのパレスチナ人の権利に関するコンテンツの抑圧について報告した。

 しかし、オンラインでのヘイトスピーチを注意深く規制し、実際の被害を避けるためにコンテンツを適正化することは検閲ではない。それはデジタル時代の情報の正確性や信頼性に不可欠な要素であり、ソーシャルメディアプラットフォームの責任だ。

 国際社会には、これらの問題に対処するための国際人権法という枠組みがすでにある。この合意された規範と基準の体系は、憎悪と暴力の扇動を防ぎながら、すべての人のすべての自由を守ることを目的としている。それは普遍的で、力強く、新たな問題に対応することができる。

 人権は、議論や再定義の対象ではない。私たちの表現の自由は、検閲と抑圧に対する長年の抵抗を通じて苦労して勝ち取ったものだ。私たちはそれを守るために警戒しなければならない。憎しみや暴力の扇動が法律に違反している場合は真っ向から対処し、すべての人の情報へのアクセス権を守り、人々がさまざまな情報源からアイデアを探し、受け取れるようにすることが大事だ。

 近年の教訓は明らかだ。暴力に目をつぶり、ジャーナリストや人権擁護者が直面する脅威を無視するプラットフォームは、必然的に不十分になり、言論の自由を損なうことになる。

 効果的なコンテンツのガバナンスは、透明性と説明責任を優先し、コンテンツの適正化決定に挑戦する能力を備えなければならない。文脈や現地語のニュアンス、コンテンツとその配信を誰が管理しているかを考慮する必要がある。つまり、より広範な情報環境を考慮に入れる必要がある。

 オンラインコンテンツの効果的なガバナンスは、社会全体で開かれた、継続的で、十分な情報に基づいた議論からのみ生まれる。OHCHRは、人権法に基づいてデジタル空間での説明責任を求め、取り組みを続ける。人権は公共の議論を守り、信頼を築き、すべての人の尊厳を守るための指針として機能しなければならない。

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