時論公論

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イスラエルとハマス 停戦合意の背景と課題

初回放送日:2025年1月16日

ガザ地区で戦闘を続けてきたイスラエルとイスラム組織ハマスが、今月15日、停戦と人質の解放で合意しました。停戦合意に至った背景と戦闘終結に向けた課題を読み解きます

放送内容

目次
  • イスラエル・ハマス停戦合意 背景と課題

イスラエル・ハマス停戦合意 背景と課題

■パレスチナのガザ地区で、1年3か月以上にわたって戦闘を続けてきた、イスラエルとイスラム組織ハマスとの間で、15日、停戦と人質の解放で合意が成立しました。アメリカ、カタール、エジプトの仲介による間接協議がようやく実を結んで、アメリカのトランプ次期大統領の就任の直前で合意に至りました。きょうの「時論公論」、予定を変更して、停戦合意が成立した背景、この合意を戦闘終結に結びつけるうえでどんな課題が待っているか考えます。

■仲介役のカタールのムハンマド首相、アメリカのバイデン大統領が、15日、それぞれ、記者会見して明らかにしたところによりますと、停戦合意は、3段階に分かれ、今月19日に発効します。

▼第1段階では、6週間の停戦を実施し、この間、ハマスが、ガザ地区に98人いるとされる人質のうち、33人を段階的に解放する。女性、子ども、高齢の人質の解放を優先させる。イスラエルは、刑務所に収監しているパレスチナ人数百人を釈放するとともに、ガザ地区の人口密集地から軍を段階的に撤退させ、住民が帰還できるようにする。さらに、ガザ地区の住民への人道支援物資の配布を拡大する。

▼第2段階で、ハマスは、残る人質全員を解放し、イスラエルは、ガザ地区から軍を完全に撤退させ、恒久的な停戦を実現する。

▼第3段階で、ガザ地区の再建と復興を開始する。エジプト、カタールなど仲介国が、双方が合意を守っているかどうか監督する。
こういった内容です。

イスラエル軍は、停戦合意はまだ発効していないとして、ガザ地区への空爆を続けています。加えて、合意は、あいまいな点をいくつも残しており、今後、対立の火種となるおそれもあります。たとえば、ガザ地区南部にあるエジプトとの境界に位置する「フィラデルフィ回廊」と呼ばれる緩衝地帯の扱いです。イスラエル側が、ハマスによる武器の密輸などを防ぐため、軍の駐留継続を認めるよう要求したのに対し、ハマス側は、緩衝地帯からもイスラエル軍が完全に撤退するよう強く要求しました。この問題は、最後まで合意の成立を妨げましたが、最終的にどう決着を図ったのか、明らかになっていません。また、人質解放の見返りにイスラエルが釈放するパレスチナ人の数も示されていません。

■今回の合意内容は、バイデン大統領が去年5月に発表した調停案から、ほとんど変わっていません。にもかかわらず、なぜこのタイミングで合意が成立したのでしょうか。

▼まず第1に、この半年間、ハマスは、イスラエルによる徹底的な攻撃を受けて、戦闘能力が大幅に低下したと見られます。戦闘員、軍事拠点、武器を多数失ったほか、最高幹部が、去年7月と10月、相次いで殺害されました。それに加えて、ハマスに連帯を示し、イスラエルへの攻撃を続けてきたレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラが、主要幹部を戦闘で失って、イスラエルとの停戦に応じたため、ハマスは孤立無援になり、イスラエルとの協議で、譲歩せざるを得なくなったものと考えられます。

▼第2に、アメリカのトランプ次期大統領の政権復帰です。トランプ氏は、「私の就任までに人質が解放されなければ、ハマスは地獄を見る」などと脅しをかける一方、自らが指名した中東問題担当の特使を派遣して、イスラエルのネタニヤフ首相と会談させるなど、政権発足前にもかかわらず停戦に向けた仲介に積極的に取り組みました。バイデン大統領も、退任までに、アメリカ国籍を持つ人質全員の解放を実現させようと、特使を派遣して、懸命の仲介を行いました。考え方が異なる現職と次の大統領が、期せずして力を合わせたことで、イスラエルとハマスはともに停戦に応じざるを得なくなったと見られます。合意の履行は、大統領就任式の前日という、まさにギリギリの交渉となりました。

■しかしながら、この合意、もろく壊れやすく、停戦を維持し、戦闘の終結につなげてゆくには、数多くの課題や障害があります。

▼まず、イスラエルのネタニヤフ連立政権に参加する主要閣僚で、2つの極右政党の党首らが、ハマスを殲滅すべきだと主張し、停戦合意に公然と反対しています。
彼らは、また、ガザ地区に再びユダヤ人入植地を建設し、イスラエルに併合すべきだなどと、国際法を無視した主張を繰り返しています。ネタニヤフ首相は、政権の座に留まるため、こうした極右勢力の主張を無視できずにいました。

▼また、第1段階の6週間の停戦では、16日目から、人質全員の解放と恒久的停戦に向けた次の段階に向けた協議が行われることになっていますが、この協議が決裂した場合や、相手の停戦合意違反を理由に、戦闘がいつでも再燃するおそれがあります。それだけに、国際社会は、停戦を監視し守らせる体制を、速やかに確立する必要があります。

▼それ以上に重要、かつ、緊急を要するのは、ガザで暮らしていた230万のパレスチナ住民の命と暮らしを守ることです。これまでに、4万6000人以上が犠牲になり、200万人近くが住む家を追われ、水も、食料も、燃料も、医薬品もすべてが著しく不足し、いつ攻撃されるかもしれない恐怖の中で、地獄のような日々を過ごしてきました。生きてゆくうえで最低限の食料や物資を届け、安全に住める場所を確保し、医療、保健、教育などのサービスを復旧させる必要があり、これは、国連をはじめ国際社会全体で取り組むべき課題です。
しかしながら、ガザ地区での住民の支援にあたる国連機関の活動を禁止する法律がイスラエルで成立し、今月下旬から施行されることになっており、さらに深刻な人道危機が懸念されます。

▼そして、戦闘で徹底的に破壊された住宅、病院、学校、発電所など、社会インフラの再建と経済の復興には、莫大な費用と労力が必要です。誰がそれを負担するかという問題とともに、イスラエルが続けてきたガザ地区の封鎖措置、物資の搬入に対する厳しい制限が、復興を非常に難しくしていることを認識しなければなりません。

▼そして、戦闘が終結した後のガザ地区を、誰が統治するのかという問題は、いぜん未解決の難問です。ネタニヤフ政権は、ハマスが統治に参加することを絶対に認めない姿勢ですが、アッバス議長をトップとするパレスチナ暫定自治政府が再び統治することにも、強く反対しています。それは、将来のパレスチナ国家樹立の可能性につながるためです。これに対し、国際社会は、イスラエルとパレスチナ、2つの国家の平和共存を実現しなければ、いつかまた暴力の応酬が繰り返されてしまうという認識で一致し、真っ向から対立しています。

■仮に、今回の停戦合意をガザ地区の戦闘終結につなげることができれば、ヨルダン川西岸地区、レバノン、シリア、イエメン、イラクに飛び火してきた、紛争の連鎖的拡大にブレーキをかけ、敵対するイスラエルとイランが軍事衝突する事態も回避できるでしょう。ようやく実現した停戦合意を中東全体の緊張緩和に結びつけることができるか、国際社会は、今、重要な岐路に立たされていると感じます。

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出演者・キャストほか

  • 解説委員
    出川 展恒
    解説委員