「結婚」をする理由は人それぞれだろうが、厚生労働省の「婚姻に関する統計」をみると、既婚者と結婚を予定している人へのアンケート調査の結果として、1位は若い男女ともに「一緒に暮らしたかった」が多い。それ以外の回答では「自分の年齢を考えて」「家族・子どもが欲しくなった」という回答が続く。
若林奈緒音さん(40代、仮名)は、高校を卒業前に一人暮らしをはじめ、卒業後にアパレルに就職。20歳で1回目の結婚をしたという。実は若林さんは幼少期から母親の虐待にさらされていた。
3人きょうだいのまんなか、長女として生まれた奈緒音さんが母親の虐待を受けるようになったのは、小学生に入るくらいの頃。バレーボールの選手になりたかった奈緒音さんの母が、背の高い奈緒音さんに自分の夢を託し、厳しく指導し始めたのだ。自らバレーのコーチとなって奈緒音さんには大勢の前で殴ったりどなったり。バレーの強い中学への進学の推薦を得るために、骨折をしてもコートに立たせたこともある。バレーボールをやめた奈緒音さんにタバコの火を押し当てたり無視を続けたりということもある。
高校1年生のときには、男の子と一緒に帰っているところを見られ、イチゴジャムの瓶が入った買い物袋で顔を殴られたこともある。
母親から逃げたい。その思いで若林さんは、綿密に計画をし、コツコツとアルバイトでお金を貯め、高校3年生の夏前には就職を決め、運転免許を取って身分証明書を作り、高校卒業前からひとり暮らしを始めた。就職先にも母親が来て、お金をせびるなどしてきた。若林さんはなかなか母の呪縛から逃れることができずにいた。
ようやく「自分そのものは愛されていい存在なんだ」と感じられるようになったのは、数度の結婚を経て、30代で結婚した相手に巡り合ってからだ。だからこそ今、「母がおかしかったのであって、私が悪かったのではない」と認められるようになった。そして自分と同じような人を出したくないと、その経験を連載「母の呪縛」として伝えてくれている。
連載13回前編では、1人暮らしのときに猛烈な腹痛に襲われ、入院したり、犬の散歩中に車に引きずり込まれる性被害に遭うなど苦難が重なった若林さんが、1回目の結婚を決めた理由についてお届けする。
「あんたが悪い」と言われ続けてきた
高校時代から、とにかく母から離れることだけを頭に、青春なんて見向きもしないでバイトに明け暮れた。高校卒業前には家を出て一人暮らしできる状況を整え、アパレル企業に就職もした。アパレルの仕事も好きで、趣味を通じて支えてくれる恋人もでき、尊敬する先輩のもとで必死に働いていた。そんな中での入院は「ひとりで暮らす」ことに不安を抱くきっかけとなった。また、彼と遠距離交際を続ける中で、20歳のときに念願の子犬を家族に迎え、散歩させていたある日の夜に痴漢に遭った。このことも、不安を増大させる理由になった。とても怖かった私に対し、迎えに来た母は警察の方にこういった。
「すみません。ご迷惑をおかけしました。こんな時間に外に、そんなことされるような格好で出歩いたうちの娘が悪いんです」
20歳で、夜9時にTシャツチノパン姿で犬の散歩をさせていた私が「悪い」。そう、常に母は何かが起こると「あなたが悪い」と私に言っていた。
ただ生まれた環境から抜け出したくて、きつい母から離れたくて、頑張って頑張って働いてきたのに病気になったり、痴漢に遭ったり。不運とかついていないという言葉では片づけられなくなっていた。病気も痴漢も、母からすれば「あんたが悪い。うちの子が悪い」と言われてしまう。本当は何も言わず抱きしめてほしかった。かばって味方になって欲しかった。どんな場面でも、母からかけられるナイフのような「あんたが悪い」という言葉は、私の心を何度も刺した。それまで疑うことなくがむしゃらにやってきたのに、嫌なことばかり起きて、私は何しているんだろうと疑問を抱くようになった。20歳になる手前で、精神的に疲れていたのだと思う。