1DKの「自分だけの城」

高校卒業を1ヵ月後に控えた2月には、支払いも手続きもスムーズに終え、私は新しい居場所に移ると決めた。駅近の1DKの新築マンション。買った家具は最低限の家電とベッド、寝具のみ。バイトを頑張って自分で手に入れた場所。引っ越す日を父に伝えると、必要な荷物を車で運ぶ手伝いをしてくれた。

母は、父に契約書にサインしてもらった日から1ヵ月近く口を利いてくれず、ずっとムスッとしていたが、父から娘が住んでいる場所は知っておくべきだと言われて付いてきた。新居に来ると父は、「思ったより便利できれいなところで安心した」と言った。妹もついてきて「すごい!」と喜んでくれた。実家の私の部屋には、母の段ボールが積み上げられ、雑然としていたが、母の荷物がないだけで、明らかに狭い部屋でも広く感じた。

お金も広さもない。最低限の家具だけ購入した Photo by iStock
 

近くで引っ越しそばを食べようと出かけ、これまでの感謝を込めて私が支払うといった。父がこう言った。
「親に内緒で色々やって、褒められたもんやないけど、我が子が親のすねかじってなんもせん子より、18で独り立ちする、独立するんは大したもんやと思うしかないやろ」。
母は観念したようだったが、これが後にさらに私を足を引っ張ることになる。

内定した会社には希望勤務地を実家から離れたところに出したが、一人暮らしをした家とも実家とも一番近い店舗に配属された。通勤する点だけ考えれば近いのは良いのだが、離れたかった実家からも離れられないと落胆した。

一人で暮らすことは、本当に楽だった。仕事は慣れないこともあり、拘束時間が長いわりに新卒高校入社の給料は低い。店舗に立つ服は社販で購入しなければならない。半額で購入できるが、1枚とはいかず、替えを数枚買えば何万円を給料から天引きされる。そこから家賃も払わなくてはいけない。当然お金的には厳しいが、それでも母の傍いるよりいいと給料をやりくりし、貯金もした。販売なので売り上げが良ければインセンティブも入る。職場に憧れの先輩がいたことが、本当に救いだった。

なにより、母から逃れられたという思いで日々幸せだった。しかし家を出てもなお、母は私を完全に開放してはくれなかった。

【次回は9月10日公開予定です】

若林奈緒音さん「母の呪縛」今までの連載はこちら

#1-1顔が歪むほど殴られた…40代女性が抱え続ける「母のコントロールの悪夢」の告白
#1-2骨折した足にテーピングして…娘をバレーボール選手にしたかった母「驚愕の行動
#2-1母はなぜ私を殴り続けたのか―40代女性が考える「高校に行かず嫁に出た母の孤独
#2-210歳の私が「祖母の標的」だった母をかばったら…止まらぬ母の暴力
#3-1些細なことで始まった小学校でのいじめ…母に「甘えるな」と言われ絶望した日のこと
#3-2斜視の手術で目に包帯…母に殴られ続けていた私が唯一感じた「母の優しさ」
#4-1料理が気に入らないと箸もつけない父への不満が…私を殴り続けた母「父との関係」
#4-2私のことは殴っても父に従順だった母が、「家事をやらない人」に急変した理由
#5-1家事をしなくなった母が祖母と叔母と演じた「修羅場」、巻き込まれる子どもたち
#5-2いじめをかばってくれた友人との突然の別れ…そのときの母の驚愕の言動
#6-1殴る蹴るに、タバコまで…母が私だけに暴力を振るうようになった経緯と「母の夢」
#6-2母が薦めた看護学校は回避しても…高校の推薦入試合格の日に感じた「絶望」
#7-1高校合格の日に母からボコボコに…入学前からの悪夢と兄との関係の大きな「変化」
#7-2瓶詰め入りの買い物袋で顔を…高1の私の顔が歪むほど母に殴られた日の話
#8-1高校トップの成績・進学希望の兄に「学歴はいらん…」妹の私が見た「父の呪縛」#8-2学歴はいらない」男らしさを強要する父、進学を諦めた兄…子どもの人生とは
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#11-2「お金都合してくれへん?」高卒で自立した私に忍びよる母の「せびり」