もしドル~もしも”アイ”が死んだ13年後、”I(アイ)”を名乗る少女が【アイドル】を歌ったら~   作:土ノ子

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綺麗に真っ直ぐ一直線に!

 ダンスレッスンを終え、帰り道を歩いていると、夜空に星が瞬き始めていた。汗をシャワーで流した後の火照った頬に冬の風が吹きつけて少し肌寒い。道行く人々の声や車の音が遠くで響いている。

 

「ねえねえアクア! 今日のレッスン、どうだった?」

「ボチボチかな」

「えー!? ボチボチってなに!? どう考えても今日の私サイコーに輝いてたじゃん!?」

「レッスンでサイコーに輝くな、本番で輝け」

 

 敢えて手元のスマホに目を落としながら気のない口調で告げる。調子に乗りやすいコイツを引き締めるには適度に雑に扱うのがコツだ。

 横を歩くルビーはレッスンの疲れも見せずに軽やかな足取りだった。疲れているはずなのに相変わらずのテンションの高さだ。

 

「なあ、お前、社長と組んで何かやってるだろ?」

 

 プクーッと頬を膨らませたコイツに気になっていたことを口にすると、ルビーは含み笑いを浮かべた。

 

「ふふふ。全然こっちの方を向いてくれないI(アイ)を振り向かせるための共同戦線、かな?」

 

 案の定か。最近のルビーは調子がいい。いや、良すぎた。パフォーマンスはともかく出演枠の爆増は違和感の塊だ。

 その裏には社長……斉藤壱護がいた。アイのプロデューサーだった経験とコネを活かしてルビーをバックアップしていたわけだ。

 

I(アイ)も絶対こっちを意識してると思うんだよね。歌詞なんてもろにそうじゃん? なのに肝心なところははぐらかされてる感じがして、それってすっごくもどかしくてさ!?」

「まあな。自分の情報を出さずに俺達だけに分かるメッセージを発してるっていうか……なんというか、回りくどい」

 

 俺達に直接コンタクトを取る訳でもなく、かといって無視する訳でもなく。

 ずっと呼びかけ続けているのに、自らに繋がるラインは与えない。ルビーがもどかしいと言うのも分かる。

 

「勘だが、I(アイ)の裏に誰かいると思う。もし俺達みたいなオカルトが絡んでるとしても、これは()()()()()()()

「やっぱりアクアもそう思う? どう見てもママなのに、ママじゃない部分がある気がしてさ」

 

 視線を合わせ、頷く。

 アイを一番近くで見て来た俺達の考えが一致するなら、多分この推測は正解だ。

 

「そもそもあのクオリティの動画は1人でできるもんじゃない。だけど大手プロダクションでもない。利益目的ならもっと大々的にI(アイ)を表に出して利益に繋げてるはずだ」

「あ……確かI(アイ)のアカウントって」

「収益化申請もされてない。1再生0.7円と仮定して『アイドル』だけで1億再生。約7000万の金だぞ。それだけの金をI(アイ)はあっさり放り捨てた」

 

 I(アイ)のパーソナリティが全く読めない。

 いや、普通とは全く異なるルールで動いているとしか思えない。それこそ死人が蘇って生者に何かを伝えようとしているような……。

 そこまで考えて首を振る。今の段階では予断が過ぎる。

 

「恐らくI(アイ)個人を中心にした少数チームだ。機密漏洩対策から今はもっと絞ってるかもな。その目的は金銭じゃない」

 

 プロファイリングとも言えない雑な分析だが参考くらいにはなるだろう。

 

「結局よく分からないまま……ならやっぱり今の路線で行くしかないか」

「今の路線……I(アイ)との共演(コラボ)か?」

「うん」

「ミヤコさんからはI(アイ)のSNSアカウント経由でコンタクトしても反応はなしのつぶてらしいって聞いてる。いけるか?」

「だからだよ」

 

 ふんす! と鼻息も荒いルビーの周りで気合の炎が燃えている。

 

「一度フラれたくらいじゃ諦めない。私もスターになる。I(アイ)が無視できないくらい、隣に立っても輝ける一番星に!」

 

 楽しげに決意を語るルビー。

 2つの一番星か。そんな矛盾した語句が脳裏に浮かんだ。

 

「お前な、一番星が2つあったらもう一番じゃないだろ」

「いいの! I(アイ)は最高、私も最高! それってみんなハッピーじゃん?」

 

 つい皮肉めいた言葉が口を突いて出る。だがルビーは気にした様子もなく笑っていた。

 その輝く星のような笑顔に強いな、と思う。

 

「それより、アクアこそI(アイ)のこと調べてるでしょ?」

 

 夜風が少し強くなり、木々の葉がさやさやと音を立てる中、今度はルビーが口を開いた。

 少し驚く。ルビーにボロを見せたつもりはなかった。

 

「なんで分かった?」

「だって陰湿でネチッこいアクアだし? 絶対自分で直接調べるだろうなって」

「テメ……」

 

 事実その通りに動いているから否定はしないが、思わず握った拳に力が籠った。

 当然とばかりに言い切る無邪気な口調に腹が立つ。一度ド突いてやろうかこの愚妹。

 

「なにか分かった?」

「今のところ全部空振りだな。まず一番の手掛かりになる動画から当たってみたんだが無理だった。GPS(ロケーション)データが分かれば足跡が辿れたんだが」

「えっ、確か最近のプラットフォームってプライバシー保護でそういう重要なメタデータって削除されるんじゃなかったっけ?」

「よく知ってるな。会社の研修で聞いてたか?」

 

 感心してルビーを褒めると複雑そうな顔で頷いた。

 

「そんなとこ。アクア、一体なにやったの?」

「アップされた動画からは削除されてもアカウントに保存された動画にはまだメタデータが残ってる。だからI(アイ)のアカウントロックを割れないか試してみた

「…………はい?」

 

 ルビーがポカンと間の抜けた顔を晒したが、いつものことなのでスルーする。

 

I(アイ)のアカウントで心当たりのある単語――アイや俺達の誕生日、記念日とか――の組み合わせで片っ端からパスワードがヒットしないか試してみた。だけど今のところ全部ダメだ。粘ったんだがな」

 

 古典的なパスワードハックだな。

 推定アイならワンチャンいけるかと思ったが、流石にそこまでセキュリティ意識は低くなかったようだ。1日8回のミスでアカウントの持ち主に連絡がいく仕様で試行回数に限界があるのも響いたな。

 

「……どうした、ルビー?」

 

 ここでルビーが露骨に俺から距離を取っていることに気付く。

 

「なにそれ怖ッ……! 完璧に犯罪じゃん!? マジありえない。我が兄ながら流石にヒく

「おい、そんな目をするな」

 

 法律的にはグレー……でもないな。ゴリゴリにブラックだ。

 うん、ルビーからの指摘に改めて考えると我ながらライン越えだな。冷静なつもりで冷静じゃなかったらしい。

 

「でもお前もI(アイ)のことは知りたいだろ?」

「それはそうだけど」

 

 あっさり頷くルビー。

 もう気にした様子もないあたりコイツも大概脳味噌が(アイ)に焼かれておかしなことになっている。

 

「他には? まだなにかやってるんでしょ?」

「あとはファンクラブの内偵くらいか」

 

 他にも幾つかやったが全部空振りだ。話す意味はない。

 

「内偵? ファンクラブの? そんなところに手がかりがあるの?」

「『アイドル』アップロード後、最速でファンクラブを立ち上げた奴がいる。いまはI(アイ)の非公式ファンクラブの最大手なんだが……どうもそいつがクサい」

「クサい?」

 

 感覚的な話だが、そうとしか言えない。俺の勘が言っているのだ、怪しいと。

 

「最大手だから公式気取りなんだが……I(アイ)の動きに対する反応がやけに早い。妙に訳知り顔で動画の解説までやってる。技術的な話にまで踏み込んでるから専門職っぽく見えるな」

「……その人がI(アイ)の動画を編集してるってこと?」

「分からん。でも追える糸は全部追ってみるしかないだろ。今の俺達には手がかり一つないんだ」

「うへー……気を付けてよ。アクアも最近は忙しいんでしょ?」

「まあな」

 

 レギュラー番組とドラマの配役が幾つか決まった。ルビーとセットの出演が多いが、そのうちすれ違うことも増えるだろうな。

 正直I(アイ)の調査に割く時間が惜しいくらいには忙しい。

 

「安心しろ。俺も何時までも無駄に付き合うつもりはない。いま話が出てるオフ会で成果が無ければ切り上げるつもりだ」

「オフ会? ああ、そこでその人と会うつもりなんだ。どこでやるの?」

「九州」

「へー、九州……………………九州!?

「うるさいぞ、ルビー」

 

 ビリビリと鼓膜に来るほどの大声に思わず耳を抑える。

 

「いやいやいやいや!? 東京から九州だよ? 日帰りで済むの? 大丈夫?」

「スケジュールを調整してなんとか抑えるさ」

「はー……もう止めないけどさ、本当に体には気を付けてね?」

 

 そう言って心配そうに俺を見上げるルビーの頭にポンと手を置いて、撫でる。

 

「大丈夫だ、任せろ」

「……うん」

 

 ルビーが頷いて身を寄せてくる。絡んだ腕が、冬の寒さに負けないくらい暖かかった。

 

「「…………」」

 

 沈黙が柔らかい。

 街灯に照らされた道を歩きながら少し間を置いて声を掛ける。足元に目を向ければ俺たち兄妹の影が地面に長く伸びていた。

 その影に、もうどこにもいない誰かの記憶を重ねる。

 

「なあ、実際のところルビーはI(アイ)のことをどう思ってるんだ?」

 

 俺自身、I(アイ)の存在に整理を付けられていない。

 アイ。俺達の母。そして推し。あるいは運命(Fatal)

 その彼女にそっくりな謎の存在I(アイ)。本物なのか偽物なのか、それとも全くの別人なのか。その謎はきっとルビーの心も揺さぶっているはずだ。

 

「えっとね、正直言うと分からない」

「……そうか」

「でももう気にしないことにした。私は私がなりたいアイドルになる。それ以外は一旦後回しにするって決めたんだ」

 

 一つ一つ確かめるように口にするルビーの顔にもう迷いはなかった。これまでに見せたことのないような強い意志が感じられた。

 ルビーが一歩前に踏み出して俺の方へ振り返り、言う。

 

「他人にも自分にも嘘は吐かない。綺麗に真っ直ぐ一直線に! 頂天(テッペン)まで!」

 

 腕を上げ、真っすぐに夜空を指差す。その瞳は眩いくらいに輝いていた。まさに今輝き始めた星のように。そこには、かつてアイに憧れていた幼い少女の純粋さと、これから自分の道を切り開こうとする強さが同居していた。

 自分にくらい正直に言おう――――その輝きに、目を奪われた。

 

「それに……一度は諦めた夢を、叶えられるかもしれないから。I(アイ)にとっては迷惑な話かもしれないけどね」

 

 苦笑を浮かべながらルビーはそう付け加える。苦笑の裏には”何か”が隠れているような……?

 

「夢? ルビー、それは――」

「そのためにももっともっと駆け上がらなきゃね!」

 

 質問を避けるように、ルビーは突然走り出した。軽やかな足音と笑い声。夜空に輝く星々の下、彼女は真っ直ぐに前を見て走り続けていた。その背

中は小さいのに、妙に頼もしく見えた。

 俺は立ち止まったまま、ルビーの走り去る姿を見つめていた。彼女の言う「夢」とは一体何なのだろう。そしてI(アイ)の正体は……。答えのない疑問が、夜空の星のように輝いていた。




 苺プロ回りはこれにて一旦幕。
 次回、I(アイ)襲来。

 追記
 ランキング1位、取れましたっ!!! 超ビビりつつ超喜びました。ありがてぇ、ありがえてぇ……。
 これも皆さんの応援のおかげです。心から感謝いたします。
 本作は不定期更新となりますが見捨てず感想・評価・お気に入り登録・いいねなどで応援頂けますと幸いですm(__)m
 実際複数連載やってると好意的な感想が燃料になってるところあるので……お願いします、お願いしますー。
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