もしドル~もしも”アイ”が死んだ13年後、”I(アイ)”を名乗る少女が【アイドル】を歌ったら~   作:土ノ子

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 I「これから皆さん(A&R)には光堕ちしてもらいます」

 原作エンドを変えるため星の輝きで脳味噌を焼いて強制的に光の道へ引き戻すZOY!


私の原点、私のアイ

 苺プロが抑えているダンススタジオにB小町の3人――ルビー、有馬、MEMちょの激しい呼吸音が響いていた。

 

「はぁ、はぁ……もう無理だよぉ……」

 

 そう言ってMEMちょが大げさに床に寝転がった。いつもはクールぶりたがる有馬も息も絶え絶えといった様子で座り込んでいる。

 無理もないか。三時間に及ぶダンスレッスンだ。だがアイドルとしての実力を上げるための重要な時間だ。特に今日は新曲『STAR☆T☆RAIN』の振り付けの確認日。本番さながらの激しい練習で、全員が汗を滝のように流していた。

 

「ここは……こう」

 

 ただ1人、ルビーだけが立ったまま鏡に向かって動きの確認を続けている。手足の指先にまで意識が通っている。気を張ったルビーは俺でも分かるくらい全身からオーラを発していた。

 最近の彼女は目覚ましい成長を遂げていた。パフォーマンスもそうだが芸能人としても。

 特にネットTVのバラエティ番組『深掘れ☆ワンチャン!!』でのリポーターぶりが評判を呼び、その明るい性格と天然な反応で視聴者の心を掴んでいる。新生B小町の人気も急上昇中だ。

 

「ルビー、流石に休憩しろ。ほら、水だ」

 

 俺は水の入ったペットボトルを差し出しながら声をかける。

 今日はぴえヨンさんの手伝いでサブトレーナーとして3人を見ていたが、特にルビーの変化は目を見張るものがあった。

 

「あ、ありがとうアクア!」

 

 ルビーがそう言って振り向いて笑顔で水を受け取る。本当に眩いくらいの笑顔だ。

 一時期どこか影を引きずっていた気がしたが……どうやら良い方向に向けたらしい。

 

「最近のルビーちゃん、マジでやばいよねぇ……」

 

 息も絶え絶えだったMEMちょがなんとか床から起き上がって水を飲みながら言う。

 

「テレビでも輝きまくってるし、リポーターとしても大人気! それにアクたんとのコンビでの出演も増えてきてるでしょ?」

「もう、MEMちょったらぁ」

 

 照れ隠しに失敗して嬉しそうに頬を緩めながら水を飲むルビー。

 確かにここ最近は俺とルビーを双子ワンセットで呼ばれることも増えた。自分で言うのもなんだが美形で双子、しかもキャラは正反対だからな。分かりやすく、人目を惹く組み合わせだろう。

 

「でも安心したわ。あんた、ちょっと前まで怖いくらいの迫力だったのに、今は……なんていうか、昔のルビーに戻ったっていうか」

「え!? 私、そんな怖いオーラ出してた……!?」

「あー、高千穂から帰って来た後くらいの話? あんなショッキングな出来事があったからねぇ。無理もないよぉ」

 

 ルビーが愕然とした顔で聞き返し、MEMちょが仕方がないと頷いた。

 まあ、そうだな。ショックが強かったか。すまないな、ルビー。雨宮吾郎(オレ)なんかの死体を見せてしまって。

 

闇落ち寸前っていうかアレは堕ちてたわね、暗黒面(ダークサイド)に」

暗黒面(ダークサイド)!? 私、シスの暗黒卿になるの!?」

「コーホー……って何やらせんのよ!?」

「今のは有馬が勝手にやっただけだろ」

「いや、そうなんだけど……」

 

 有馬が珍しくボケたのでツッコミを入れるともごもごと口籠る。なんだ?

 

「あはは。もしかしてロリ先輩私のこと心配してくれたの?」

「別に、そんなんじゃないわよ」

 

 ルビーが笑いながらそういうと有馬はプイと顔を背けた。

 ああ、なるほどな。

 

(ツンデレかよ)

(ツンデレだね)

(ツンデレだぁ)

「こらそこぉ! 表情だけで会話してんじゃないわよっ!!」

 

 まったく、と鼻を鳴らす有馬は……いい奴なのだろう。

 多分彼女と出会えたのは俺とルビーにとってものすごい幸運だと、今更になってそう思う。

 

「ちょっと前までは地の底に沈みそうな雰囲気だったくせにパフォーマンスは別人みたく進歩しちゃってさ。心配なんかしてらんないわ」

 

 ああ、このツンデレ語は俺にも解読できるな。

 同じことを思ったのか俺以外の2人もニヨニヨと笑っている。

 

「その生暖かい笑顔はやめろぉ! いい加減にしないとはっ倒すわよアンタら!?」

 

 距離を保ってニヨニヨ笑ったままの2人へ有馬が飛びかかりあっという間にワーキャーワーキャーの大騒動だ。

 

「今が休憩時間だって分かってるのかあいつら」

 

 ふぅと息を吐きながらも楽しそうな3人から距離を保っていると、俺の方を見たルビーがコテンと首を傾げた。

 

「アクア? 何で笑ってるの?」

「……………………」

 

 俺は、知らず知らずのうちに笑っていたらしい。思わず頬を触るとルビーが言う通りだと分かった。

 本当に、なんでだろうな……けど悪い気分じゃなかった。

 

「アクたんもそうだけどルビーちゃんも最近雰囲気明るいよねぇ。何かいいことでもあったの?」

 

 MEMちょの質問に、ルビーは少し考えてから答えた。

 

「思い出したんだ――私の原点を」

「原点?」

「うん。私の夢、私の……アイ」

 

 アイ。その一言で、部屋の空気が変わった。ここではないどこかを見ているような遠い瞳。何故か、誰もそれ以上何も言えなかった。

 それは……どんな意味で言っているんだ、ルビー?

 

「それにしても『アイドル』のバズり方、やばくない?」

 

 誰も何も言えない空気を変えるようと有馬が話題を変えた。

 一ヶ月前、突如としてYouTubeに投稿された謎の動画。アイにそっくりな少女I(アイ)による楽曲は、瞬く間に世界的な話題となっていた。

 

「そうそう! もう世界進出だよ世界進出! 飛び出せ、世界!」

 

 MEMちょが興奮気味に言う。

 

「英語版も1週間で1000万回再生なんだって!? 聞いた? Youtuberとして驚きだよぉ!! ここまで来るともう嫉妬よりどこまで行けるか楽しみになってくるよねぇ」

「邦楽史上最速のペースらしいわね。なのに誰もI(アイ)の正体を知らない。プロフィールも経歴も、何もかもが謎に包まれてる」

「ミステリアスだよねぇ」

「そこが人気の秘密じゃない?」

 

 はしゃぐように相槌を打つMEMちょに有馬がクールに続けた。

 

「人は謎があれば暴きたくなる生き物だもの。アイドルのプライベートなんて、特にね」

 

 有馬らしいクールでひねくれた意見だった。まあ、俺も同感だけどな。

 人間ってのは()()()()()()()()生き物だ。芸能界に身を置いていれば嫌という程それが分かる。

 

「ねぇ、みんなで『アイドル』見てみない? 休憩時間まだあるでしょ?」

 

 時計を見る。『アイドル』は約4分弱。まあいいか、と頷けばみんな一斉にMEMちょが取り出したスマホの画面を覗き込んだ。

 そしてすぐ『アイドル』の映像が流れ始める。

 I(アイ)の完璧な歌唱力、圧倒的な存在感。そして時折動画に映り込む金髪の少年少女の姿。意味深な歌詞の数々も相まって考察勢と呼ばれるファン勢力を生み出しているのも納得だ。

 

「やっぱり凄いわね……」

 

 有馬が悔し気に唇を噛む。

 

「というか今更だけどこの金髪の双子ってもしかして……」

「あー! それ、私も気になってたんだぁ」

 

 MEMちょが身を乗り出す。

 

「アクたんとルビーちゃんに似てない?」

「っていうか歌詞にも出てるし、世間でもあんたらとI(アイ)の関係を取り沙汰する噂でもちきりよ」

 

 どうなの、と表情で問われるが……正直、何て言えばいいのか困るな。

 

「むしろ俺達が知りたい。心当たりはないのにこうも意味深にメッセージを投げられちゃな。ま、全部勘違いって可能性もあるけど」

「う、うんうん。そうだよね、アクア!」

「まあそうだよねぇ。偶然かぁ」

 

 八割がた本音で切り返すとルビーも慌てて頷いた。やや挙動不審だが、それ以上掘り返せるような隙じゃないはずだ。

 有馬とMEMちょも納得したように頷いた。

 

「それにしてもI(アイ)のチャンネル登録者数、もう100万人突破なんだって。私なんて40万人もいかずに伸び悩んでるんだけどなぁ...」

 

 MEMちょが得意げに語っていたチャンネル登録者数があっという間に抜かされたことに明るさが取り柄の彼女も弱っているらしい。

 ただ、MEMちょには悪いがこれはもう仕方がないとしか言えない。

 MEMちょが地味なのではなく、あまりにもI(アイ)のカリスマが圧倒的すぎる。

 

「あのさ、ルビー」

 

 有馬が恐る恐る声をかける。

 

「あんた、アイの大ファンだったんでしょ? 『アイドル』……I(アイ)のこと何とも思わないの?」

 

 ルビーは曖昧な笑顔を浮かべたまま「えーっと……」と曖昧に言葉を返すだけだった。

 答えに困っていると察した俺は助け船を出すことにした。

 

「それ以上は勘弁してやってくれ。こいつは自分の感情を言語化できる程知能が高くないんだ」

 

 まあ言葉尻がキツくなるのは許せ、ルビー。これ以上説得力のある言い訳が思いつかなかったんだ。

 

「はーっ!? 何それひっどーい! アクアの意地悪!?」

「まあまあ落ち着きなさいよルビー。兄妹喧嘩はレッスンの後にしなさい。ほら、練習再開!」

 

 頬を膨らませたルビーを有馬が宥め、パンと手を叩く。

 時計を見れば確かにちょうど休憩時間が終わる頃合いだった。この辺りの切り替えは流石だ。

 

「うーん、気のせいかなぁ……『アイドル』の編集の癖、どこかで見覚えがある気がするんだよねぇ」

 

 MEMちょが『アイドル』を映した画面を食い入るように見つめながらの呟きが、妙に耳に残った。




 ■お礼
 皆様、望外の評価・感想・お気に入り登録ありがとうございました!
 予想外の勢いでビビり倒している作者です。

 でもまだまだ足りないのでもっともっとください(強欲)
 ランキング1位に! 超なりたい! 助けて!!!

 ■今後の投稿について
 今日は頑張って1話仕上げましたが仕事がある日はやはりキツいですね……。

 毎秒行進したいのはやまやまですが、ちょうどクライマックスに差し掛かっているメイン作品の執筆もあるので更新は不定期になります。ご了承ください。
 メイン作品がひと段落したらこっちを終わらせる予定です。多分20話前後で終わる見込み。

 ■不適切な文言へのお詫びについて
 本話投稿後、感想欄にて以下のご指摘がありました。

 > 二次創作を書かせてもらってる身の上で原作エンドが微妙だったとか何様なんですか?

 言葉は荒いですがご尤もな指摘と思います。
 私個人は原作へ不満を抱き創作欲に転嫁するのは至って健全な反応と考えていますが、二次創作という原作者様の好意で成り立っている場でそれを口にするのは敬意に欠ける行いでした。
 原作者の赤坂アカ先生及び横槍メンゴ先生、発表の場を提供頂いているハーメルン運営様、ご不快に思われた皆様は申し訳ございませんでした。
 あわせて一部のあらすじや後書きなどの文言を修正しております。

 でも書きたいものがあるので最後まで書きます。
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