もしドル~もしも”アイ”が死んだ13年後、”I(アイ)”を名乗る少女が【アイドル】を歌ったら~   作:土ノ子

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お前は一体誰なんだ

 画面に映し出される少女の姿に、リビングは静寂に包まれていた。

 俺たちは息を殺して、大画面テレビに映る『アイドル』のミュージックビデオを見つめている。もう何度目だろう。数えるのもバカらしいくらい、この動画を繰り返し再生してきた。

 画面の中で歌って踊る少女の名は――――I(アイ)

 

「ありえねえ……だが……」

 

 社長……斉藤壱護が頭を掻きむしりながら低く唸る。アイドルとしてのアイを一番知っているはずの男でさえ、目の前の光景には困惑を隠せていない。当然だ。画面の中の少女――I(アイ)は、あまりにもアイそのものだった。

 アイが死んだきっかけに苺プロから去って、もう何年も経つ社長が、顔を合わせるのが死ぬほど気まずいだろうミヤコさんと同じ空間にいる。それくらい、これは異常事態だった。

 

「これ、本当に……ママ?」

 

 ルビーが震える声で呟く。その視線の先には、大画面TVに映し出されたミュージックビデオ——『アイドル』があった。

 画面の中の少女は確かに、アイだった。いや、厳密にはアイではない。だが、その眩い星のような笑顔も、絶対的で無敵なパフォーマンスも、瞳の奥に宿る"一番星"も、すべてがアイを連想させた。

 

「こんなの……嘘よ……」

「俺もそう思う。I(アイ)はアイじゃない。だけど本当にアイそっくりだ」

 

 ミヤコさんも信じられないと言いたげな顔で画面を凝視していた。だが、彼女の視線はどこか怯えているようにも見える。

 俺——アクアもまた、胸の奥で湧き上がる感情をどう処理すればいいのか分からなかった。アイを騙る少女に許せないと怒っているのか。もしかして「アイも……?」と期待しているのか。

 それくらい『アイドル』というタイトルを冠したその曲の歌詞は、アイの人生そのものだった。

 

『無敵の笑顔で荒らすメディア』

『完璧で嘘つきな君は天才的なアイドル様』

 

 画面から流れる言葉が耳を打つたび、記憶の中のアイの姿が鮮明に蘇る。ああ、まさにアイはその通りのアイドルだった。

 

「これ、完全に新規未発表曲よね? 動画も見たことないけど……もしかして過去の映像を切り貼りしたとか?」

 

 ミヤコさんが首を傾げながら、編集で作り上げたのかと問いかける。普通に考えたら妥当な線だし、当然の疑問だ。

 だけど他の全員が一斉に首を横に振る。アイの作品は残らず履修済みで鬼リピ済みだ。俺たちが推し(アイ)の遺した輝きを見落とすなんてありえない。

 

「違う」

 

 代表するように即座に社長が否定した。声に力が籠っている。

 

「俺はアイを撮影した映像をすべて知ってる。その中にこんな映像はない。これは……完全な新規撮影だ」

「軽く調べた感じ編集の跡もない。ディープフェイクとも違うみたいだ。リアルの撮影でしか撮れない粗がある」

「でもそれなら歌詞がおかしい。これだけアイのことを知ってる人間が、どこにいるっていうの?」

 

 ミヤコさんの問いかけに、誰も答えられない。

 画面では『アクア』『ルビー』という言葉が歌われ、俺とルビーに似た少年少女の姿が一瞬映り込む。ただの偶然なのか、それとも……。

 

「『流れる汗も綺麗なアクア』『ルビーを隠したこの瞼』……」

 

 ルビーが歌詞を口ずさむ。

 

「なんで私たちの名前が……」

 

 答えはない。ただ、映像の中のI(アイ)は、まるですべてを知っているかのような微笑みを浮かべている。

 画面の中で、I(アイ)が歌い、踊り続ける。その歌詞の一つが、不意に俺たちの心を掻き乱した。

 

「それにこの歌詞……」

 

 ルビーが震える声で取り上げる。ああ、俺も分かるさルビー。

 

「ママの……ママの最期の言葉そのままじゃない? 『やっと言えた』『この言葉は絶対嘘じゃない』って……」

 

 俺も気付いていた。あの時、血を流しながらアイが俺たちに向けて遺した言葉。それを知っているのは、この部屋にいる者たちだけのはずだ。

 ミュージックビデオでもちょうどその瞬間に、顔が隠された金髪の少年少女に向けてアイが『アイシテル』と唇の形で告げている。あまりにも平仄が合いすぎて、薄気味悪かった。

 

「誰か……話したのか?」

「ちょっと、冗談はやめて。私たちがそんなことするわけないでしょっ!?」

 

 社長の声が低く響くと、ミヤコさんが即座に否定する。全員が首を横に振った。

 

「俺もそんなことはしてない……ルビーもそうだろ?」

 

 俺はルビーの方を見た。彼女は涙を浮かべながら必死に首を横に振った。

 

「そんなの、するわけないじゃん!」

「じゃあ、あの歌詞はどこから来たの……?」

 

 全員が言葉を失う。俺も含めてこの場にいる全員がアイの輝きに目を焼かれた人たちだ。アイについて嘘をつくことは絶対にない。

 ()()()()()のだ。いま目の前で煌めく(アイ)の輝きを魅せる『アイドル』の存在は、完全にオカルトの領域に片足を突っ込んでいた――俺たちのように。

 

「じゃあ、どうやって……」

「ンなことはどうでもいい。問題は……このI(アイ)が何者なのかってことだ」

 

 答えのない問いが、重たく室内に漂う。

 映像の中でI(アイ)は踊り続ける。その姿は紛れもなくアイそのものなのに、決定的に違う。この少女は、明らかに今を生きている。

 

「お兄ちゃん、まさか……?」

「違う。少なくともお前が考えてることじゃない」

 

 思わずルビーが口に出してしまった言葉に反応して、素早く首を振る。

 言いたいことは分かる。俺たちそのものが転生者(オカルト)だから。でもそれはありえない。

 

(時間が合わない。アイが亡くなってから精々13年。だけどI(アイ)俺たち(16歳)と同年代に見える)

 

 いくら女子が早熟だからって、どんな確率だ? そもそも俺たちは前世と今の身体じゃ顔つきも身体も何もかも違う。

 もしアイが生まれ変わったとしても、前世のアイそのままなんてありえない。

 

「おい、なんだアクア? 心当たりがあるのか?」

「なんでもない。だろ、ルビー」

「……うん」

 

 キッパリと首を横に振ると、ルビーも追随するように頷く。俺たちの様子を見て社長もそれ以上口を開かなかった。

 

「何者なんだ、このI(アイ)は……?」

 

 そして話題は最大の疑問へと移っていく。

 答えられない問いに沈黙が漂う。

 だがすぐに社長が口を開いた。

 

「もし仮に億に一つ、アイが生き返ったり生まれ変わったりしたとしてだ。ならなんで俺たちに連絡一つ寄こさない? つまりこいつはアイじゃない。ならただのアイを出汁に自分を売り出そうとしているクソ女だ。絶対に許さねえ」

『……………………』

 

 言葉に怒りを籠めようとして失敗した様子の社長。俺たちの反応も微妙だった。

 気持ちは分かる。これが下手な物真似なら俺も同じように怒って、徹底的に潰そうとしただろう。だけど画面の向こうで躍る彼女は――あまりに、アイに似すぎていた。

 

「……ミヤコ。このミュージックビデオからI(アイ)の身元とか探れないのか?」

「無茶を言わないでよ。個人情報保護法って知ってる? この動画一つじゃ探偵だってお手上げよ」

「だがこいつはどう見てもアイのパクリだ。そこからなんとか突っつけないか?」

 

 社長は悪足搔きのようにそう言うが、俺にも無理筋なのは分かる。

 

「無理ね。この動画は『アイにそっくりな女の子が、I(アイ)という別名義を名乗って、アイが歌ったことのない新曲を歌った動画』に過ぎないの。法律的には完全に無関係よ、こんなの。確かにアイを連想させる要素は散りばめられてるけど、それ以上でも以下でもない。高すぎる歌詞の解像度だって私たちだから分かるんであって、ただのファン目線なら匂わせ以上のものじゃない。手詰まりよ」

 

 バッサリと切り捨てたミヤコさんはさらに続けた。

 

「純粋な商業利益だけで言うなら苺プロはI(アイ)に足を向けて寝れないわ。だって『アイドル』のおかげでB小町の新曲はもちろん、ストリーミングサービスで『サインはB』の再ブームが起こりかけてるくらい。B小町はこれから忙しくなるわよ」

「あー……そりゃ、いいことなんだろうが」

 

 ヒートアップしていた社長の声が気まずそうにトーンダウンした。まあ、アンタがほっぽり出した会社を代わりに背負ったミヤコさんに、経営のことを言われちゃ肩身が狭いよな。

 

「結局……現時点じゃ何も分からないってことだな」

 

 社長の言葉が脱力したように結論を告げる。

 映像は最後のシーンへ。I(アイ)の瞳に宿る一番星が画面いっぱいに輝いた。その輝きは13年前、夜空に消えたはずの星とそっくりだった。

 

「お前は一体誰なんだ……I(アイ)

 

 俺の呟きに、誰も答えない。ただ、テレビの画面に映るI(アイ)は、何かを知っているような、そんな表情を浮かべたままだった。

 再生ボタンに手が伸びる。もう一度、あの輝きを確かめるように。




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