兄と私の「差」

一度だけ、兄がアルバイトしていたレストランへ家族で行ったことがある。ウエイターの制服(※高級焼き肉店で、白シャツに黒ベスト、蝶ネクタイしていました。兄は背が高くて、小泉孝太郎さんに似ている。)を着ている兄を見て、母はキラキラしたアイドルの追っかけのように、フロアで接客する兄を目で追っていた。兄にはあんな顔をするんだと思うと、食べ物がのどを通らなかった。

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私はできるだけ家に居たくなかったが、洗濯や洗い物を私がやらないと誰がやるの?という思いが精神的に重くのしかかった。父や兄は使った食器を流し台には置いても洗うことはなく、どんどん積み上げられていく。下着や靴下、制服の洗濯ができているかどうかの確認を母にし、母が私に聞いてきた。「あなたがしなさい」から「あなたがすること」に、いつからかお手伝いだったはずが、義務に変わり、できていないと私がしなかった、怠けたと怒り、家事に対する責任を追及された。「お兄ちゃん、アルバイト先で食器洗いしているんだから、家でも自分が使ったものくらい自分で洗ってくれたら…」と兄に言おうものなら、すかさず母が兄はしなくていいと言い、物を使って殴られた。

殴る蹴るはまだ良かった。手の甲にタバコの火を押し付けられるのはつらかった。皮膚は裂けてしまい、また叩かれた。青あざは治り消えるけれど、灸は水ぶくれになり、その状態で洗い物はしみるし、ジュクジュク長い時間痛む。学校で見られると気持ち悪がられるからつぶしてしまう。そうすると傷痕はケロイド状になり未だに消えない。