母からの衝撃の言葉

翌日、クラスの子と先生で彼の家の御通夜に伺った。A君とそっくりのお母さんが、「仲良くしてくれてありがとうね。寝てるみたいでしょ。最後やから顔を見てあげて。この子の分まで、みんな元気で頑張ってね」と、一番辛いはずなのに、拭いても拭いても目から涙が溢れているのに、笑顔で優しく話してくれた。
彼の病気のことを一切知らなかったとはいえ、綱引きの重しになることを喜んだ私たちには、自分たちのせいなのではないかというショックもあった。しかしお母さんは「今まで参加できなかった運動会に最後に参加できたことが誇らしい」と言った。

 

A君はお布団の中で、すやすや眠っているようだった。口元は笑っているようにも見えた。お母さんにこんなに愛されているのに。世の中には悪い人が沢山いて、彼は何も悪いことをしていないのに。誰にでも優しく、助けてくれる良い子なのになぜ?私は、神様なんていないと思った。母から言われて読んだ聖書には、神は試練を与えるとあったが、何のために?わからなかった。A君にかけてもらった言葉や思い出が頭の中で何度も何度もフラッシュバックした。そこにいて、今にも起き上がりそうなのに、もう話せないと思うとおかしくなりそうだった。私も他の子も言葉はなく、ただ涙が止まらなかった。

A君はたくさんの優しさを教えてくれた Photo by iStock

悲しみの中家に帰ってまず母に言われたのは、こういう言葉だった。

看護師になると毎日毎日人の死に触れる。早いうちにこういう経験をしたのだから、それを活かさないと。そのうち慣れるから

耳を疑った。幼い時に母を、大切な結婚式の前に父を、可愛がってくれた義理の父を2年前に亡くした母。私たちが犬を飼いたいとお願いしても、母が小さい頃飼っていた動物が、一度にたくさん亡くなった経験から、悲しいし辛いから二度と命ある動物は飼わないと言っていた母。自分も辛い経験をしてきたはずなのに、こんなに泣き腫らした娘にかける言葉がこれなのか。A君に対してのお悔やみの気持ちすらないのか。

さっき会った彼のお母さんを思い出して、私は、母に全く愛されていないのだと思った。うちの母は冷たく、思いやりがない悪魔のように見えた。私は、母のような人にはなりたくないと思った。A君が私にしてくれたように、人に優しくできる人間でいたい。どれだけ辛い時でも、人として優しさだけはなくしたくない。自分はそんな風になれるのか?と思うと、彼ではなく、私が代わりに死ねばよかった、私の命をあげたいとすら思った。自分の母親からも愛されず、どれだけ頑張っても伝わらず、認めてもらえない、必要とされていない、何もできない自分が生きている事に、申し訳ないとさえ思った。

返事をしない私に、怒った母が後ろから物を投げつけたが、無視して2階の自分の部屋に入り、声を殺して泣いた。そしてA君がいない学校を想像した。明日から夢もない。わかっているのは、母にどれだけ言われようが、殴られようが、絶対に看護学校には行かないし、看護師にはならない。母の言いなりにはならないということだけだった。

【次回は4月10日公開予定です】