父に従順だった母
母は、「私達が食べられるのは、服や本が買えるのは、良い家に住めるのはお父さんのおかげ。お父さんに感謝しなさい」と繰り返し言った。父は、テレビのあるリビングで眠ってしまうことが多かった。、その時はテレビを見ることもリビングで会話をすることもできない。父が「うるさい」と起きてしまい機嫌を損ねれば、母がすぐに私たちの耳を引っ張って二階の部屋に閉じ込めたからだ。食事中はテレビがついていたがチャンネルの主導権は父のみ。クラシックなどの音楽番組、大河ドラマや時代劇、日曜ロードショー、野球を好んでいて、子供たちにとってはつまらなかった。食事中に学校であったことなどを話すと、テレビが聞こえないと父が怒鳴る。すると母に怒られるので、静かに食べた。父のいる食卓に、楽しい家族団らんはなかった。
父がいる日は、たくさんの種類のおかずが並んだが、父は食の好き嫌いが多く、口に合わないと何も言わず黙って箸を置き、お酒だけ飲み続けた。それを見ると、母は文句も言わず下げる。父に対して、母は本当に従順だったのだ。しかし、私たちが好き嫌いをしたら食べるまで許されなかったし、叩いてでも、無理やり口に押し込んででも食べさせた。父に対する怒りや苛立ちが、そのまま子供たちに向けられているようだった。だから家族で晩御飯を食べることが子供の頃から苦痛でしかなかった。
今なら、手間暇かけて作った食事を黙って残されることが悲しかったし腹も立ったのだろうと想像できる。その怒りは子どもたち、中でも私に向けられていたのだ。