「これやから、親のおらん子は…」
中でも忘れられないことがある。小学校4年生のお正月。母は、朝から晩まで一人エプロンをして家事をさせられていた。台所で立ったまま、味見をしながら食事を作り、手が空いたら洗い物をする。他の叔母やいとこたちはある程度したら座って休んでいようと、なぜか母だけはいつも、流しがきれいにならない限り、休むことを許されずにいた。
私は家でするように母の手伝いをした。しないとあとで叱られるからだ。ところが、やっとほっと一息つけるタイミングで、台所の片隅に腰を下ろそうとしたら、誰かが不安定なところに置いたコップを、母が落として割ってしまったのだ。音を聞いてやってきた祖母に、すぐに謝り片付ける母。
祖母は「あんたはホントどんくさいな。これやから、親のおらん子は……」と言った。家族がみないる面前だ。台所とガラス戸を挟んだ居間での宴会場で飲んでいる人たちにも丸聴こえだし、ガラス越しだから様子も見える。それでも誰も立つ様子もなく、父はまるで聞こえていないようだった。
母は顔を真っ赤にして謝っていたけれど、私はなぜか、ものすごく腹が立った。誰も手伝うことなく、朝から一息もつかず動いていた母。それは、母の手伝いをしている私もそうだったからわかっていた。兄は父と座っていて、妹は小さいからと祖母たちといた。
「お母さん悪くない。そんなとこに置くなら自分で洗ってくれたらいいのに、なんでそんなこと言うの?」
母を姑からかばいたくなったのだ。すると祖母はこう続けたのだ。
「あんたのお母さんは、中学しか出てない、学もない、頭がいらない家事くらいしかできることないのに、それもようせんのよ?」
祖母は、結婚の時からずっと、“不幸な家の子”である母を、しょうがなくもらってやったと言う気持ちで、いびっていたのだ。
私はさらに言い返したくなったが、その時、母から頭を後ろからバチンと叩かれ、「謝りなさい!」と、強く押さえつけて頭を下げさせられた。母は祖母に「すみません、良く言って聞かせます。すぐ片付けて、リンゴ剥いて持って行きますから座っててください」と祖母に言うと部屋に誘導した。
母に怒られた理由が、私にはわからなかった。