完全なるワンオペで愛情のかけ方がずれていく

当時の父は若くて体力もあった。給料も良いと言う理由から、長距離トラックの運転手をしていた。父も、実家の中では我慢が多かったと聞いた。7人兄弟の次男で真ん中。親に期待されるのは、跡取りの長男だけの時代。欲しいものは、自分でバイトして買うのが当り前。だから一家の大黒柱である自分は、家族を路頭に迷わせない、金で苦労はかけない、家族を守る。口下手で不器用、男は真面目に仕事さえしていれば良いという考えだった。朝早くから夜遅くまで。遠い場所であれば2、3日帰って来ないこともあった。遠出の時は、高速のインターチェンジでしか買えないお菓子を、決まってお土産に買って帰ってきてくれた。

口下手で不器用な父は仕事に明け暮れていた Photo by iStock
 

しかしそれは、まだ20代前半の母が、いきなり一人で幼い3人の子育てをすることを意味した。今なら、育児ノイローゼとかワンオペという言葉があり、周囲に、助けを求めることができたかもしれない。けれど当時は、子育てが大変なのは当然。みんな辛い思いしながらやっている。弱音を吐かず母親が頑張るものだった。男は外で働き、女は家を守ると言う、姑にあたる祖母のプレッシャーもあったと思う。

こうして母は一人孤独に子育てをしていく中で、少しずつ間違った愛情の掛け方にむかっていくのだった。

20代前半で、知り合いもいない中、年の近い3人の小さな子どもたち。奈緒音さんの母の中で何かが壊れて行ってしまった Photo by iStock

◇後編「10歳の私が「祖母の標的」だった母をかばったら…止まらぬ母の暴力」では、溺愛する兄と病弱の妹と異なり、まったく可愛がられなかったことや、まだ幼い時の私が祖母から母をかばった時の悪夢について詳しくお届けする。