先週につづいて、ニコラス・クリストフ記者のインド・レポート

フリードマン記者はインドの驚くべき躍進を伝え、同じページのコラムでクリストフが伝えるのは世界最悪の人身売買国インド


10歳で売春宿に売られる

コルカタ発 ニューヨーク・タイムズ ニコラス・クリストフ記者



Mは元気いっぱいの10歳の少女だ。クラスではトップクラスの成績で、医師になることを夢見ている。でも他の誰もがそうであるように、この年齢で人生の岐路を迎える。家族は娘を売りに出すかもしれないのだ。

Mの母親も売春婦で、ここコルカタに暮らす。人身売買問題を扱うNGOの推計では、売春婦の娘の9割以上が母親と同じ仕事に就く。加えてMはサブカーストに属している。この階級の多くは売春婦になる。

だがMはこの「運命」を脱出する覚悟だ。ニュー・ライト・シェルター・プログラムというNGOを2000年から運営するウルミ・バスさんというソーシャル・ワーカーの力を借りてだ。この組織は売春婦や子どもたちのための避難場所としての機能を果たす。

その人を引きつける人柄と鋭敏な感性で、またNGOの力を借りて、Mは能力を発揮し始めた。両親ともに読み書きが出来ないが、娘は英語を習得した。売春地帯の外の学校へ通い成績優秀だ。同級生たちからの嘲笑を避けるため、ここではMの素性は伏せておく。

とはいえ、いくら頭が良くて器量よしでも安心はできないのがインドだ。なにしろ21世紀になっても奴隷売買がおこなわれている国だからだ。世界最大規模で人身売買がおこなわれている。

Mが売春宿へ売られれば、HIVやその他の性病への罹患は避けられない。コンドームの使用は客や店主が決めることだからだ。取材で、ある売春宿へ潜入したときには、コンドームなどどこにも置いてなかったのを覚えている。

警察も数年前と比べればMのような少女を救出する努力はしている。先週のコラムで私は、警察のガサ入れで5歳、10歳、15歳の少女たちが救出された話を書いた。とはいえ、警察の進歩も一様ではない。ある売春婦の話によれば、店側が少女たちを警察からかくまう理由は「警察のガサ入れで連れて行かれた少女を取り戻すための賄賂が高くつくからだ」というのだ。

10歳になったMには時間が残されていない。すでに両親は娘に学校を辞めさせ、数百キロ西方にある自宅に連れ帰っている。

「うちにはうちの事情があるんだ。だから娘は連れ帰るんだ」と語るのは母親。「事情」については多くを語らないが、祖父の強い意見だということだけはわかった。MはNGOから充分な就学資金を得ていたので、教育にお金がかかることが理由でないことは確かだ。

このままではMは村へ連れ戻されたまま、祖父によって売り飛ばされる。インドのどこかにある売春宿に。

Mがどう考えているのか聞いてみた。下を向いて、か細い声で不安を語る。それでも、あきらめるつもりのない決意も語る。「勉強はやめない」

Mの場合も本人の意思を確認されることはないままに、数百ドルで取引されていく。

今回のこのコルカタへの旅に、私はアメリカ・フェレラという女優とともに来ている「アグリー・ベティー」というテレビ・ドキュメンタリーを撮影するためだ。フェレラはMのことがすっかり気に入り、Mもフェレラのことが好きになった。二人はいつまでも話続けていた。

フェレラは言う。「Mの事を見ていると、いままで会ったことのある全ての10歳の少女たちのことが目に浮かぶの。あの子は明るく、おかしくて、いつも前向き。こんな澄んだ心の持ち主が暴力と売春の中で傷ついていくのを考えると…」

フェレラとバス、私の3人はMの住む掘っ立て小屋に直談判に行った。彼女をコルカタの学校へ戻して欲しい。「お願いです。この子のチャンスを奪わないで」バスは懇願する。

私たちはどうすることもできなかった。両親はすでに1週間後には村に帰れるようにMに汽車の切符を買い与えていた。

この成り行きがどうなるかはわからない。フェレラはMに手紙を書くと言っていた。両親に考え直して欲しい一心で。バスはMに、もし売られてしまったらどう対処すべきかを教えていた。他に策がなかったのだ。

こんな光景が21世紀の今も現実に展開されていることが信じられない。大西洋を越える奴隷貿易のピークは1780年代だ。当時、年間8万人がアフリカから新世界へと売られた。

ユニセフの推計では、年間180万人の子どもが性産業へ引き込まれている。Mのような子が180万人いる現実。この現実を知り、新たな奴隷廃止運動をはじめる必要性を感じるはずだ。
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