第493話 いちごパンツの本能寺

「おーい、生きてるか?」

「う〜……生きてるよー……」


 生い茂った草をかき分けて先ほど転がっていったヒルデのもとへと向かえば、でんぐり返しの姿勢のまま意識を取り戻した彼女の姿があった。

 悪魔憑依の状態は解け、すっかり元の人間姿に戻っているヒルデは実にあられもない姿である。ところどころ衣服は破れ、リリー並みに大きな胸の下半分や(下乳えっろ!)、思いのほか可愛い趣味のいちごパンツが覗いていた。


「ほら、とりあえず座りな」

「うん」


 手を差し出してやれば、予想に反して素直に俺の手を取りあぐらの姿勢になるヒルデ。完全敗北したせいか、随分としおらしくなってしまっている。柄にもない。


「悔しい」


 一言だけ呟いてヒルデは俯いてしまった。だが当たり前の結果なのだ。イリスは何年にもわたって厳しい訓練に明け暮れ、俺とともに特魔師団の任務に従事してきた。

 スタートラインがあまりにも違うのだ。つい最近になってようやく戦いの道に身を投じたヒルデとは、経験に差がありすぎる。

 むしろ、よくヒルデは皇国最強格の一角を占めるほどの相手にあそこまで食い下がったものだ。皇帝杯への出場経験があるにせよ、素人にしては信じられないほどの快挙である。


 そう伝えると、ヒルデは少しだけ気を持ち直したようだった。


「ヒルデは武術を学ぶといいよ」

「武術か。ハルが使うのは何流なんだ?」

「俺のは北将武神流。実家で習ったやつさ」

「北将……そっか、お前ん家は北将家だったもんな」


 東西南北とある四将の中でも最強と名高い北将。それこそが我が実家であるファーレンハイト辺境伯家である。俺の強さの原点もそこにあるのだ。


「ヒルデ、北将武神流を習うつもりはないか?」

「そりゃあ……習えるもんなら是非習いたいけど、いいのかよ。門外不出じゃないのか?」


 もっともな疑問を口にするヒルデ。


「北将武神流にも色々あってね。北将諸侯軍の兵士が習うものでよれけば教えられるよ。なにしろ俺は免許皆伝だからな」

「まあ、ハルで免許皆伝じゃなきゃ誰が皆伝なんだって話だもんな」


 ははは、と笑うヒルデ。少し元気を取り戻したらしい。


「早速、明日から修行をつけてやる。覚悟しとけよ」

「おう。精々揉まれて強くなってやるぜ」

「揉んでいいの?」

「あほ! 良いわけあるか! 事あるごとにアタシの胸を触りやがって……二つしかないんだぞ!」

「二つもあるじゃないか」


 俺には一つたりとて無いものだ。人間、持たざる者は渇望するものなのである。隣の芝はエロいって言うしな。

 なお、ヒルデの下半身の芝事情を俺はまだ知らない。ヒロインズの中で知らないのはこいつだけである。地味に気になっているスケベルハルトである。


「こいつがアタシの師匠か……。修行が終わるまで妊娠しないでいられるかなぁ……?」


 とんでもなく失礼な呟きをこぼしながら、ヒルデが何やら覚悟を決めたような顔でこちらに向き直る。


「ま、いっか。よろしくお願いします」

「うむ。とくと励めよ」


 安心してほしい。俺はちゃんと避妊魔法の使えるハーレム主なのだ。

 もっとも、しかるべき時期が来たらそんなものは使わず存分に種を撒き散らす所存である。なにしろ俺は既に既婚者。大家族を養っていけるだけの収入もあるし、社会的には立派にお父さんをやれるだけの立場も得ているのだ。


 かくして、俺によるヒルデの強化プロジェクトは(やや不埒な動機も含みつつ)始動したのであった。



     ✳︎



 翌日。ひたすら魔力を練る修行に明け暮れるヒルデを尻目に、俺は妨害魔法の練習に一人取り組んでいた。

 たまにヒルデが集中を乱して魔力を雲散霧消させるので、その度に俺は怪我をしないように調節した低威力の『プチ衝撃弾』を放って彼女の額を狙撃する。


「あて!」


 北将武神流はまず第一に魔力コントロールありきだ。戦いの中で常時魔法を発動しながら動くのだから当然である。魔力もろくに制御できない奴に、魔法を多用する北将武神流を教えるのはあまりに大きな危険を伴うのだ。

 ゆえに北将武神流を習う者は、まず初めに魔力コントロールを徹底的に叩き込まれる。

 それはヒルデのような悪魔と契約している魔法士とて例外ではない。むしろ自分の魔力以上に慎重な扱いを要求される悪魔の魔力をその身に宿しているのだから、余計に高い水準が求められるくらいだ。


「ああ、そうか。こうすればタイムロスが減るな」


 ヒルデの修行に付き合いつつ、同時並行で自分の修行も行うという荒業だが、これが割と上手いこといっていた。

 掌に浮かべた極小の魔法陣を、まるでトランプカードのようにヒュンッと飛ばして数メートル先の的に当てる。的にはランダムで発動する基本四属性、全二〇種の魔法が組み込まれており、俺は都度それの発動を妨害すべく対抗魔法陣を組んでは飛ばし、相殺するという作業を繰り返していた。


 俺達の使う魔法は、大きく二種類に分けられる。

 一つ目が魔力自体を操作して発動するタイプ。俺の多用する『衝撃弾』や『白銀装甲イージス』なんかがそれにあたる。『魔弾フライクーゲル』や『魔力刃』なんかもその類だ。

 二つ目が魔法式を組んで魔力を変質させ、森羅万象に干渉して特定の現象を引き起こすタイプだ。『治癒促進』や『望遠視』、あるいは各種属性魔法がそれにあたる。


 今、俺が練習しているのはこの二つ目のタイプ、すなわち詠唱や魔法陣、古代魔法文字なんかを用いて発動する魔法に対する妨害魔法だ。

 原理としては単純である。『意識加速アクセラレート』のもたらす超高速認知によって相手が構築する魔法式を瞬時に読み解き、対をなす対抗魔法式を発現。これを、相手が魔法を発動するよりも早く相手の魔法陣にぶち当てて相殺するという仕組みだ。

 言うは易いが、実際に行うのはなかなか骨の折れる作業である。ぶっちゃけ『意識加速』の使える俺くらいにしかまともに扱えない超高等技能だ。

 加えて、膨大な量の魔法式を暗記して、しかもそれをゼロコンマ数秒で判別する必要がある。相手の使う魔法をすべて網羅しておかねばならないのだから、それはもう数えきれないほどの魔法を自分自身が扱えるようでなくてはならない。

 さながら歩く「魔法大全」とでも形容すべき魔法知識を求められるというわけである。まさしく修羅の道だ。


 現に、今行っている二〇種類の魔法に対する妨害魔法だけでも慣れるまでにかなりの苦労を要した。もうかれこれ八時間くらいは修行に費やしただろうか。

 たった二〇種類だけでこれである。もう既に音を上げそうだが、ここで諦めるわけにはいかないのだ。

 なにしろ俺には【継続は力なり】などというチートが備わっている。努力を続ける限りにおいて成長し続けることが確約されているのだから、俺には努力をやめるなどという選択肢など存在しない。


「……」

「『プチ衝撃弾』」

「ぃってぇ!」


 またヒルデが集中を乱したので、禅宗の僧侶が警策を与える(坐禅の時に木の板で肩をバシンと叩くアレだ)時がごとく『衝撃弾』を放ってやった。

 ヒルデの監視に加えて、自分自身の修行だ。なかなかしんどいが、しかし着実に強くなっているという実感があるだけに不思議と辛くはない俺なのであった。




――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]


 一五八二年




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