伊藤詩織さん映画、映像許諾めぐり指摘 防犯カメラ映像・警察官の音声、本人は「公益性」主張

 性被害を実名で訴えたジャーナリストの伊藤詩織さんが監督したドキュメンタリー映画について、「映像や音声が許諾なく使われた」と、訴訟の代理人を務めた弁護士が指摘している。伊藤さん側は、一部に許諾がないことは認めた上で、「(使用は)公益性がある」としている。

 伊藤さんは望まない性行為をされたとして元民放記者を準強姦(ごうかん)容疑で告訴。元記者は書類送検されたが、不起訴になった。一方、民事訴訟では「同意がない性行為」と認められ、元記者に賠償が命じられ、確定した。経緯を描いた映画「Black Box Diaries」は昨年、海外の50以上の映画祭で上映され、米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門ノミネートの候補となる「ショートリスト」に入った。日本公開は決まっていない。

 昨年10月、民事訴訟で伊藤さんの代理人を務めた西広陽子弁護士らが会見し、許諾のない映像や音声が使われたと指摘。西広さんは「伊藤さんが果たしたい正義は支持しているが、やり方が間違っている部分は直してほしい」と話した。

 指摘された一つが、ホテルの防犯カメラ映像だ。元記者が酩酊(めいてい)状態の伊藤さんを抱えてホテルまで連れて行く様子が映っており、西広さんによると、伊藤さん側が「裁判以外で使わない」と誓約書を出した上で、ホテルが民事訴訟の証拠として映像を裁判所に提出。伊藤さんも映像のコピーを入手したが、映画で使う許諾は得ていないという。西広さん側は「裁判の証拠が外に出たことが広まれば、今後の性被害事件で協力が得られなくなる」と懸念する。

 また、警察官が内々に、逮捕が取りやめになった経緯など捜査の進捗(しんちょく)状況を伊藤さんに説明する電話の録音も使われている。西広さん側は、「公開されれば(情報提供者が)危険にさらされる」と指摘した。

 伊藤さんの現在の代理人は先月、「映像や音声はプライバシーに配慮し加工した」との談話を出した。伊藤さんは朝日新聞の取材に、許諾を得られていないと認めた上で、カメラ映像については「同意のない性被害であることの証明として不可欠だ」と話した。代理人は「ドキュメンタリーにおける許諾の必要性には議論がある」とし、「映像記録がほとんどない性暴力の実態を伝えるため、映像を使う公益性が上回ると考える」とした。

 警察官の音声については、伊藤さんは「おかしな形で捜査が動いたことを示すことができる貴重な記録だ」と話した。

 元テレビ東京プロデューサーの田淵俊彦・桜美林大教授(メディア論)によると、「米国のドキュメンタリー制作現場では、プライバシー侵害などが議論になる場合でも公益性を重視すべきだという意識が強い」という。「過去を検証するドキュメンタリー制作は最も難しく、証言と過去映像しか使えない。証拠となる映像の信憑性(しんぴょうせい)を保ちつつ性犯罪を告発するには、この方法しかなかったのだろう」と話す。

 一方、松野良一・中央大教授(ジャーナリズム論)は、「ドキュメンタリー制作者の立場からすると、決定的な映像を使いたい気持ちは理解できる」としつつ、「映像使用の許諾と取材源の秘匿は基本中の基本」と指摘。「公共性が高いテーマだけに、許諾交渉を粘り強く行うべきだし、取材協力者の人格や人権には最大限の配慮が必要だ。ジャーナリズムは信頼関係の上に立っている」と話した。(編集委員・北野隆一、後藤遼太)

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