閑話 テンプレな勇者召喚
神の国———と呼び習われるデイデュードリア教国は、神の声を聞くことが叶う特殊スキルを所持する者を、教皇として頂に置いている。
故にこの国は、いかなる時代も一代限りの王制を敷くようなもの、である訳なのだが、それ故の弊害が中々に大きくなって、いかなる時代も従臣(じゅうしん)達を悩ませる。
今日日(きょうび)、御年75を迎えたばかりの教皇は、生来の気質である“思いつき”を発揮して、勇者召喚——それも怪しい古書に書かれた異界からの召喚——を臣下達に言いつけた。
重臣はどれも教皇が若いうちから付き従った、深い信奉者ばかりである。彼等は彼等の権力が強く及ぶ限りをもって、異界からの勇者召喚を可能にしようと尽力し、そして莫大な魔力と知恵の結晶を用意して、ついに教皇の御前へと奉上する日を迎えたのである。
「して、これから何とする」
最も神聖な場所と言われる、聖気が満ちる大聖堂で、床に描かれた複雑怪奇な魔法陣を目の前に、尊ばれる老人が期待を込めた声を出す。
そこへ純白の衣装をまとった美しい男が歩み出て。
「大司教を拝命しております、エルレイムと申します。私(わたくし)が最後の祝詞を奉納させて頂きます」
と、楚々とした動きで膝を付き、深く頭を垂れてきた。
それを満足げに頷いて教皇は許可を出し、錚々たる顔ぶれが埋め尽くす空間に、エルレイムの口から湧きいでる“祝詞”の音が満ちて行く。
一つ口から紡がれる詩は、いつしかこだまし重複し、合唱のように響き渡って陣へと“力”を送り込む。溢れんばかりの光が湧いた召喚陣は起動して、何事かの変化の兆しを居並ぶ者に見せつけた。
ここで少し話を逸らし、若く麗しい大司教、エルレイムの話をしよう。
彼は神国からほど遠い帝国領の一領主、一時を支配した権力者の子供であった。
どこにでもある話のように、彼の父親と母親は熾烈な権力争いの後、支配層から降ろされた。表向きは病死とされたが、真実は異なっていて…ありふれた話の通り彼だけが残された。まだ幼いと理由をつけられ、大切な命を奪われずに済んだので、そこだけは運が良かったのだが。結局火種の元になるとし、彼は物心付く頃に故郷からつまみ出された。
幾許か体裁が良い、神に仕える者として。神国へ献上されたのだ。
もとより魔力の増えが良く、聖気との相性も良かった彼は、その美貌も相まって常に上の覚え良く。みるみると出世を重ね、気付けば年の割には早く大司教位に就いていた。
神への祝詞をあげるのも別段苦だった訳でもないし、大司教ともなってしまえば衣食住は相当に満たされる。神の国、幸を説く国、と言われていても、普通に権力争いはあり、気付いた時にはそれの一派に所属などさせられて、少々辟易したものの。別段、人が死ぬ訳でもなし、まだまだ平和な争いと見た。
そうして政治の一端に関わり始めてしまったら、今までは見ずに済んでいた面倒ごとが見えてくる。
外部から来た…という事も少しあったかもしれないが。
いつしか彼の瞳に映る、神国(デイデュードリア)の真実は。
意味不明な言葉を述べる頭の弱い教皇と、その老人を何故かひたすらに崇拝し、溺愛に似た働きをする重臣らの巣窟で。
一体ここにはどれだけの“まとも”な頭があるのかと、素朴な疑問の延長線で考えてもみたりした。
そして、今日(こんにち)。
お前の詩が最も良く響く、成功すれば教皇様の覚えもめでたくなるだろう、と勇者召喚の祝詞奉納に選ばれて。一見して複雑怪奇、理論らしい理論の欠片も見えぬ“堂々とした落書き”を、乾いた気持ちで見下ろしていたのであった。
——上手くいく…とは到底思えん。
それが語られる事のない、彼の心の声だった。
そして話は次元を越えて、とある世界に巻き戻る。
「お兄ちゃん、“砂漠”から荷物が届いたよ」
箱の一面に刻まれた見慣れたロゴのパッケージから、兄愛用の“サハラ”という一大ネットショップを思い出し、とある女性は部屋の扉を遠慮なく開け放つ。
すぐに。
「お前が嫁に行けない理由は兄に対する不徳の致すところだろうよ」
と、何かの作業に没頭していたらしい兄が、ジトっとした目を向けてきた。
「…お兄ちゃんだって独身じゃん。魔法使い歴何年よ?」
「ぐっ!」
「それに今そんなこと言っていいのかしらね〜?私の手には人質が…いえ、物質(ものじち)があるんですけど?」
なんならここで暴いてあげてもよくってよ!
地味な和室に不似合いな高笑いをあげながら、彼女は兄に言い放ち、兄は「ぐぬぅっ」と深く唸って、コタツの上に倒れ臥す。
八畳部屋にコタツが一つ、パソコン机と本棚があり、積まれたプラモの数々は彼の趣味全開だ。棚の一部にはシリーズものの少女達のフィギュアがあって、“砂漠”の中身を暴かなくても中身がすぐに想像できる。
いかにも“おたく”なこの兄貴だが、別段顔が悪いという訳ではない。どこにでもいそうな優面(やさもて)の、どちらかといえば痩身の、まぁ、ごく普通のおっさんなのだ。割とつくりも童顔で、年相応に見られ難いなポイントも付加されているのだが、いかんせん、出会いが皆無であった。
それはそのまま妹の、この女性にも当てはまり。
口ではお互い罵り合うが、心の中では同志!!と呼び合う、兄妹愛に溢れきった二人である。
そもそも実母が他界した後、こうして実家に転がり込んで仲良く過ごす彼等というのは、世間的にも珍しい部類だろう。そして人間関係で残念な事が起こっても、まぁいいか、家に帰ればお兄ちゃん(妹)が居るんだし———、と片付けられる生まれもっての性格は…もしかしたなら“お付き合い”等に影響を及ぼすほどの要因なのかもしれなかったが……そんなこと、知る由もない平和な兄妹なのだった。
「あ、そうだ。今日お鍋でいい?」
「斬新だな妹よ。真夏の鍋とは…胸が踊るゼ☆」
「トマト味だし季節ものだよ。最後の〆はチーズリゾット!」
「夕飯までに“ひなこちゃん”を落としてみせると俺は誓った!いけ!妹よ!!最高の鍋の具を買い出しに向かうのだ!!」
ノリの良い兄に乗っかって「了解です!総督!!」と。
続いて「あはは」と笑った彼女は、元来た廊下を振り返る。
そして一歩を踏み出して、抜け落ちた片足に。
「きゃああっ!!??」
という、乙女の悲鳴を部屋中に響かせた。
「なんだどうした!?」
コタツの中で、半身だけ振り返った兄は。
平凡な和室の中にブラックホールの出現を見て。
「たっ、助けて!お兄ちゃん…!!」
という縋る妹の声を聞き。
「っ、くっ、妹のくせに生意気だ!!お前これから異世界召喚、逆ハールートの“もってもて”かよ!!?」
意味不明に叫び出し。
「くそう!!だが仕方ない!お前の幸せのためならば!!……後は任せろ!お前の捜索願とか失踪届け諸々は、俺が全部やっておく!!d(>_・ )」
と。
「だから幸せに暮らせよな!」
という祝福の声を遠くに聞いて。
彼女は闇の向こうへと、引きずられるまま消えて行く。
ここでようやく話は戻り———。
「…っ、眩しい」
と。
一際明るい光を放ち、収まった召喚陣は。
か細い女性の声を宿して、居並ぶ者の度肝を抜いた。
一寸の後、大聖堂の天井から降り注ぐ、一面の、色とりどりの光の筋に、体中を貫かれ。
その日、思い切り気を抜いていた、キャミソール+ミニスカの、家着気のままな彼女の脳は、ほぼ女性率ゼロパーセントな男だらけの空間に居て。
——何なの!?この怖い集団!!!
と、割と本気で身を硬くする指令を出した。
そこへ、とても静かな声で。
「失礼ですが」
と音がして。
「貴女様のお名前を、伺ってもよろしいですか?」
と。
腰を低く保ったままに、そうっと手を差し伸べて来る、あり得ない色の髪を見て。
——ま、まさか、まさかこれって、おっ、お兄ちゃんの言ってた事と合致してしまうんじゃ…?
そう思って彼女は固まったのだが。
「エルレイムと申します」
と、美形男子に言われたら。
「まっ…間宮美鈴(まみや・みすず)です…。会社員とか、しております…」
と。促されるまま自己紹介をしていたりするのであった。
※教国(きょうこく):教皇の治める国なので、適当に表記しました。
※サハラと書いて砂漠と当てる:密林のもじりです。既出でしたらすみません…。みんな考える事は同じなのですな(笑)