14−4
「…、…ル、ベル。あ。やっと気がついた?」
「ん?あれ?何でイシュ??」
「それ、今日2回目だから。しかも微妙にヒドイよね」
「………はっ!?」
ぼんやりとしたやり取りに不意に黒い笑いを受けて、ハッと跳ね起きた私の頭は、体のガバリ!も引き連れて辺りの様子を伺った。
そよそよ、そよ、と流れる風は優しく頬を撫でて行き、申し訳程度に生える草花が控え目にお辞儀する。
ふと巨石があった辺りに視線を向けて。
一体何があったのか。
まるで整地されたみたいな緑の平原と、あり得ないほど広がる青にしばらく気持ちが続かなかった。
ようやく何かを悟ると共にイシュに問を視線で投げて、それについての肯定を同じように視線で受ける。
丁度そこに現れた青銀のライスさんが。
「お、気がついたんだな。体は大丈夫か?ベル」
と優しく声を掛けてきたので、「はい、大丈夫です。ありがとうございます」と。
立ち上がって元気な所を見せてみた。
「移動する島を見つけたんだ。向こうで皆、待ってるから。ベルの体調が良ければ移動したいと思うんだけど」
「乗って行く?」
「いえ。歩きます。何だか体が軽いというか、あまり疲れを感じないので」
二人は「そう?」と軽〜く返し、二頭が引く荷馬車と共に我々は歩き出す。
「ここって、空の上ですか?」
さっきイシュとは頷き合ったが、まぁ取りあえずそんな話をライスさんに振ってみる。
「そうみたいだね。いやぁ、吃驚だよねぇ。道を探しに端っこまで確認しに行ったんだけど、凄かったよ。地上の緑が遠いのなんの」
——それってつまり我々は、どうやって地上に帰ればいいんでしょうね?
まぁ、横のイシュルカさんが動揺のどの字も見せてないので、何とかなるとは思うんですが。
「……はぁ…空のフィールドですか」
まさか自分が来ちゃうとは露にも思っていませんでした…。
やや項垂れ気味に呟けば、ふとライスさんがこちらを向いて。
「ん?ベル、知っているのか?」
此処が何処か———と問われる前に、私はハハッと空笑う。
「前、帝国の図書館でちらっと見た事があるんです。世界には遥か上空を浮遊する、天上人が住まう“浮き島”が存在すると。たぶん、それだと思います。翼種の方々が一定の高さ以上を飛行してると、空魚(スカイフィッシュ)にエンカウントすると聞きますよね。その本の挿絵にもそれらしい姿が描かれてあったので、もしかしたらこんな場所にもモンスター・フィールドがあるかもしれません」
それに加えて、ラピュータ的な何かしらのダンジョンも…。
私がみなまで言わずとも、ライスさんはその事を何となく悟ってくれたらしい。「なるほど…」と呟きながら、少し思案する素振りを見せた。
相変わらず低い背の緑しか見えない島は、さほど遠くない地平線から半球ぶんをまるっと青空で囲んでみせて、ふと背後を振り返った時、漠然とした不安というのを胸の辺りに与えてくれる。
孤島に一人、ぽつんと置いて行かれたような気がしてしまい、視界に二人が入っていても、ざわざわとして落ち着かない。そわそわしながら辺りを見渡し、私はハッと意識を戻すと、二人に置いていかれるまいと頑張って足を動かした。
——それにしても、思ったより体が軽い。
疲労は確かに足にあったし、そもそもここは高度何千——あるいは何万——メートル?の遥か上空。迂闊に運動しちゃったらパッタリ逝っちゃうんじゃない…?と結構本気で思うのだけど。
さすが、ファンタジー世界か、と。どの辺りまで科学理論が通用するのか、ちょっと本気で知りたくなった。
——まぁ、頭のつくり的にも私じゃ無理でしょうけど…。
ほんと知力の数値ってどこか意味不明だなぁ。それこそ何——もしくは誰——を基準にして数値化とかされるのか。謎だ…謎だな…と頭で呟き、しばらく行くと、我々が立つ孤島の端に直径五メートルほどの小さな島が寄り添っている姿が見えた。
「まずはアレに乗る」
「…落ちないですか?」
「大丈夫。オレも不思議なんだけど、乗り込んで暫くしないと動かないようになってるらしい。振り落とされることも無かったし」
不安だったら掴まるか?と大人の余裕で返されて、これってよく言う吊り橋効果というやつか…うっかり既婚者に惚れてしまうのも憚られる事なので…と。アホな事を考えながら、私はイシュの馬車を見る。
「これに掴まって行きますので、大丈夫です」
——車輪四つに固めの装甲。四つ足って安定感が半端ないですよね〜。
それに誰よりも重量がある感じ。
そんなことを考えながらおもむろに荷馬車に腕を伸ばせば、何故かその場が静まっていて、思わず「ん?」と二人を見遣る。
「な、何ですか?言いたい事があるのなら、ハッキリ言ってくださいよ」
何となく、やれやれ、な雰囲気を感じ取り、何ですかイシュ?喧嘩売ってるんですか?言えと言ったら言いなよね!微妙に空気を濁すんじゃない!と、心の中で段々と荒い口調になっていき。
「まぁ、なんか、ベルの深層心理っていうやつを垣間見ちゃった気がしてさ」
な、延長線のやれやれ態度で仕方なしにイシュが言ったのを、どこか腑に落ちない心地で聞いた。
小型の浮き島に割とギリギリで荷馬車を乗せて、空いたスペースに三人がそれぞれ収まると、ライスさんが言うように時間に余裕をもってきて。やがて小島はのっそりと移動を始めた。
——横じゃなくて上なのか…。
そこそこのスロープをもって昇り始める浮き島に、終着点ぽい場所を睨んで行き先を確認するが、今のところそのような場所はどこにも見当たらない。どういうこと?と不思議に思い、ふと下方を臨んでみれば、思わず声が漏れるほど圧巻とした景色がそこに。
「うわ、凄い…」
「うん。これは感動するね」
「もっと上に昇ったら、更に凄い景色になるんだよ」
のほほんと言うライスさんだが、今のままでも充分に凄い景色だ。
私達が立っていた浮き島は、この空に一つだけのものではなくて。
数多とはいかないまでも、大小いくつの優しい緑の平原や、どうなってるか不思議でならない森やら山やら滝やらと、盆栽に盛った感じで島と浮遊してるのだ。
そして再び視線を上向けて、私は「ほう」と心で唸る。
——島の大地の裏側は、まさかの光学迷彩か…!
なるほど、これなら空を見上げても見つからない訳である。
——しかもこれほどの透過・偏光技術となると…ますますこの世がどういう比率で成り立っているのか、なんて、余計な事を考えてしまうじゃないか。
黙り込んだこちらの方を伺っていたらしい二人が、知らない場所で視線を合わせて苦笑を漏らしていたなんて、全く気付かずに。私はそのまま道中の半分を、沈黙して過ごしたらしい。
「着いたよ」
と、肩を叩かれハッと意識を戻した頃には、小島は次の大平原に寄り添うように付いていた。
愛馬を優しく引きながら大地に足を進めるイシュの馬車部分に掴まりながら、続いて足を下ろして見ると。勇者様らは各々の武器の手入れとかしていたらしく、最後に降りたライスさんの姿に気付くと「少し先からモンスター・フィールドらしいでござるよ」と、レプスさんが声掛ける。
ライスさんはこちらを向いて「ベルの言った通りだな」と目配せすると、勇者様の方へ近寄りどんな配置で進むかを相談し始めたようだった。
そこへ、ふと幼なじみが動く気配が漂って。
「微力ながら、本日はお手伝い致します」
と、戦闘参加オーケーだゼ!な声をあげる姿が目に入る。
思わず「マジか!!」と視線で叫べば、「まぁ見ててよ」と言うように彼は自分の荷物から一挺(いっちょう)の算盤を取り出した。
——うぉお!(☆Д☆) それこそまさに商人の武器!!
一体それをどうしちゃうの!?と、テンション高く期待に満ちた眼差しを送ってみたら。イシュは「後のお楽しみだよ」とにっこり笑みを振り撒いた。
戦闘要員一人追加で——けれどレベル的な開きがあるので、ほぼ“おまけ”な扱いなのだが——、聖地観光隊パーティは簡単に編制された。間違いなく守られる側の私と馬車を中心に、すぐ側にイシュルカさんと聖職者なソロルくん。前に勇者様、シュシュちゃんで、後ろは残りのお二方。
そして、だだっ広い草原が広がる島を、どこ方向に進んで行くのか。少し疑問だったのだけど、その答えは案外易く見つかった。
「…あっちかな」
と、先頭を行くシュシュちゃんが、第六感的な何かによって感じるものがあるらしく。さくさくっと方向を決め足を進めていくのである。
余りに迷いのない足取りに、え、シュシュちゃん来た事あるの??と内心で突っ込んで。不意に、ここへ来る直前、イシュが隣で呟いた意味深なセリフが甦る。
——………え。もしや、この島々って……。
ふっと思い返してみれば、イシュは割と出会い頭にシュシュちゃんのことを“お姫様”と…呼んでいたのではないか。
前、立ち寄った街の中では、青色のエルフの人が彼女のことを女王の系譜であると言っていたから、そうなんだ!?と思っていたが。
——この迷い無い足取りは、それから派生するものなのか…?
だから第六感的な?
ぼんやりと考えて。
——それならば。ならば此処って、エルフの故郷……?天空を浮遊する浮き島に住む“天上人”って、彼等の先祖の事だったのか…?
言葉に直して考えてみて、次にはサアッと頭から血の気が引いて行く。
——あぁ、いや、待て待て。“彼方の時代、地上に降りたエルフ族”………は。
古い文献を思い出し。
そういや、あの時、セレイドさん?が。
——『我らの先祖が“地上に降り立った”時は確かに…』と。
………。
うわぁ。
おぉい。
なんてこったい。
てっきり“地上に降りた”のくだりは“発生した”の意味かなぁ?とか。思い込んでしまっていたよ…!
そうか。
そうなの。
そういうことか。
“巨石の欠片”と“エルフ王の血”、もしくはそれに関わる何か。
故郷への帰還の術が、あの時、偶然満たされた———。
「………って」
——馬鹿な。馬鹿だな。私って。
故郷への帰還の術が、あの時、偶然満たされたのは。
偶然、満たされたのではなくて。
今、この隣を歩いておられる幼なじみのイシュルカさんが。
全部満たしたことですもんね…!!?
うーわぁー…( = =)…と。
胡乱な目つきで斜め上方向を見上げれば。
「一つくらいは“偶然”もあるんだよ」
と。
ふっとこちらの耳元に自身の口元を寄せ、涼しい顔で奴は言う。
胡乱な目のまま「へぇ」と返せば、更に返った視線の中に「本命はこっちの方なんだよね」と。私のために一肌脱ぎに来たのもあるが、浮き島に来る事も重要課題だったのだ、と無言のうちに語っていらしたイシュルカさんに。
「はいはい」
とテキトーな二つ返事を返したりして。
私達はついにモンスター・フィールドに突入して行ったのだ。