13−9
そして五日目。
今日はビーフシチューかな。起き抜けに漏らされたイシュの夕食リクエスト。
思わず「若いな!」と心で叫び、いや、自分も18だった…と一人「ははは」と空笑い。
食料袋を確認したらどうもスジ肉っぽかったので、あ〜漬け込み?どうしよう?と頭を抱えたが。強めのプロテアーゼさんが入っていそうな果物を取り出して、甘くない葡萄酒と一緒に容器に漬け込んだ。ついでに缶詰ならぬ瓶詰めを確認すると、イシュの商会のロゴが入ったトマト煮、そしてデミグラスソースといった調味料が入っていたので、なんとも準備が良い事で…と苦笑いしてみたり。これならソースは夜で間に合う。そう判断し、あとは朝食作りにと時間を費やした。
勝負は昼間、と昼食時間に、一人団欒の端っこで強火と灰汁と戦って、そこそこ綺麗なスープに浮かぶスジ肉様を手に入れた。あとは弱火でホロホロに…なったらいいな〜、と。半分以上希望が混じった気持ちを抱きながら、万能カマドにかけたお鍋を御者台の近くに置いた。
ガタゴトと揺らされながら、時折、カマドの様子を伺い、炭からの飛び火がないかとか、お肉の様子はどうだとか串をさして確認し。
一見、貧乏風を装っているイシュの荷馬車は、骨組みを布囲いしてるだけなので、御者台から簡単に中を覗ける構造だ。むしろ積み荷の確認用かもしれないが、小窓チックな布の切れ目は便利だな〜と。
お肉を確認する度にこちらの顔が明るくなるのか、手綱を握ったイシュルカさんも中々にご機嫌だ。
そうして平和に進んだ道に、突如モンスターが現れる。
ゴゴゴゴゴ…と鈍〜い揺れが少し長めに訪れた後、我々は木の葉の切れ目に白く蠢く巨体を望む。
ドーン!という音と重なる地上の揺れと砂塵の圧に、見えている巨体というのがそのモンスターのごく一部、そして同じ“ごく一部”が近しい距離にあると知る。
四方を睨んだ勇者様が「囲まれた」と声を吐き、各々が確認しようとあちらこちらを見渡して。我々を囲った敵が前日のムカデを凌ぐ胴長のモンスターだと悟るのだ。
「さぁ、〆のモンスターだよ」
イシュが私だけに言い。
不意に御者台に立ち上がり。
「僕は戦う!今夜のトロトロお肉のために!!全力で鍋を守るよ!」
そう高らかに宣言するのを、私は呆然と見守った。
——………い、いいいいイシューーーーーー!???!?
なんだどうしたキャラ違くない!?
助けを求め、アワアワしながら周りを見ると。
「…任せて。すぐに決めてくる」
と、こくりと頷くシュシュちゃんが。
加えてエルフ少年がタイミング良くキッとモンスターを見定めたので、まるでこの戦いが急にシリアス路線を外れ、“目的@敵から鍋を守ります”というトンデモ戦線に見えてくる。
さらに大人三人が訂正せずに戦闘を始めてしまうので、一人真面目に思う私が逆に場違いな雰囲気だ。
「乗ってきたね、お姫様」
イシュはイシュで満足そうに椅子に腰を下ろすので。
「これ、どうしてくれるんです?何か変な戦いになっちゃったじゃないですか」
呻くように私は言った。
「まぁまぁ。今日が最終日だし。遊び心も大事だよ」
これなら観戦するのだってそんなにハラハラしないで済むでしょ?
自然と続けられたイシュの言葉に、私は「うぐっ」と言葉を飲んで。
「…お、大き過ぎるのが悪いんですよ。あんなに大きなモンスター、見た事が無いからですね…。何か少〜し怖いかもと思うだけでして。この世界の人達が凄いというのは分かるんですが」
なんかやっぱり、微妙に不安になるんですよねぇ…。
と。
さり気な〜く本心を引き出されるイシュの話術にゃ、ホント頭が上がりませんよ。
私はグウと音を上げる。
すると彼は真面目な顔で、防御魔法の描かれた紙に己の魔力を食べさせながら、その気持ちも分かるけど、ね、と。
「彼は強いよ。ちゃんと此処に帰って来る。だから信じて待ってなよ」
そんなんじゃ立派な“勇者の嫁”にはなれないよ———。
そう静かに告げて来る。
途端、言葉に詰まってしまい、内心で。
——イシュぅううぅ!!
と縋る気持ちで呟けば。
「諦めるには早いでしょ。頑張りなよ」
と。とどめをさされ。
それは最近の“上手く行かない具合”にガッカリしていたこちらの心を、うっすらと感じ始めた敗北の四文字とかを、軽く覆せるほどの暖かい声援で。
「っ、やはり持つべきものは友ですね!」
と、強い声になったのは、バレバレだろうが照れ隠しというやつです。
「そうと決まれば積極的に援護とかしたいんですが」
何だか気力が復活したぜ!と気持ちを新たに話題を振れば、イシュは半眼になりながら「…前から思ってたんだけど、ベルって扱い易いよね」と。今の私にしてみれば、褒め言葉をありがとう!だが、これから助力を請う相手を疲れさせちゃまずいかなぁ、でニヤッと笑うに留めたり。
それから無言で、さぁさぁ!何か強力な武器の類いを私に預けてくださいな!とサッと右手を差し出せば。ちょっと溜め息を吐いた後、イシュは荷馬車をガサゴソやった。
戦闘の余波とかでたまに木片が飛んで来るけど、イシュが発動したらしい防御魔法で我らは無傷。
「うーん…どれにしようかなぁ。オルゴイコルコイ、体がデカいだけでさぁ、昨日のモンスターとそんなに強さは変わらない筈なんだけど…あ、土に潜る能力有りか。でもここ砂漠じゃないしねぇ…」
まぁ見た目芋虫で、内部まで肉厚だと考えると、確かにダメージは与え難いかな。
そんな風にブツブツ言って荷物の中から取り出したのは、三角形の平べったい小石の欠片。
随分人工的だなぁ…と真っすぐ切れた辺を見て、どうするのかとイシュを見遣れば。
「喰わせるのは魔力50。ベルに丁度いいでしょう?」
そう言って出した右手に乗せてくる。
気のせいとかでないのなら、石に書かれた模様というのがこちらの世界の古語で“足”。
「イシュ、これって…」
「召喚石だよ」
「はぁ…召喚石ですか」
まさか“足”の?とはさすがに言えず、えぇい、ままよ!と魔力を流す。
感覚的に手のひらから私の魔力を啜った石は、ふんわりと文字の所を光がなぞり、ほのかな紫電を走らせた。
ふと巨大モンスターに果敢に挑むパーティを見て、似た紫電が空に走るのをぼんやりと見送れば。
いかにもな魔法陣——それもどこか機械仕掛けの——が瞬く間に展開されて、そこから降りた巨人の足が白い芋虫の体を踏んだ。
——えぇと、あれって、どこの世界の巨大ロボット様でしょう…?
しかも足だけ。出てきたの。と。
モンスターの白い体が踏みつけられる図を見遣り、できれば何も漏れ出さないで!と内心で祈っていると。動けないところを衝いた勇者様が剣を振り抜き、覗いたらしいコアの部分をライスさんが貫いた。
長い胴体で囲まれていた荷馬車の窮地というやつは、気付けばいつの間にか解除され、少し遠くで戦っていた彼らとの距離を思って、戻るまでもうしばらく時間が掛かるかな、と。まるで、ここに存在するのが間違いだと言わんばかりに、あっという間に消失して行くモンスターの巨体を見遣り、手のひらに乗ったままの召喚石をイシュに返した。
「前、私が拾った召喚石から出てくる人は、あんな無骨な感じです?」
思わず質問した所。
「いや?あれは幻獣宿り。これはまた別タイプ。確かベルが拾ったのって中身、聖獣(バロン)だったよね?顔はともかく毛長で可愛い感じだと思うけど」
「…良かったです。レプスさんがあんなロボット召喚しちゃった暁には…ほんと、ヴィジュアル的に申し訳なくてどう謝罪したものか…と思いましたよ」
私は胸に手を添えて、ホッと安堵の息を吐く。
そこへ一番で帰還したシュシュちゃんを目に留めて。
「…鍋は無事?」
と問うてきた真剣な表情に、あぁ、そのネタまだ続いてたんですね…と。
私は微妙な表情をしてコクリと一つ頷き返した。