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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
13 忘れられた街道
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13−7



「ぉおぉおぉ…でかい…ですね。え、大丈夫です?私達…」


 例のムカデにエンカウントして、情けなくも震えた声は。ただ一人、隣に座った幼なじみが拾ってくれた。


「大丈夫じゃない?とりあえず“僕”とベルについてなら」

「あのぅ、それって、勇者様とか…あまり大丈夫じゃないという…?」


 超高層ビルVS人並みの人なんていう、余りに無謀な縦横比は、ただ見るだけで中々に絶望感を抱かせる。前の世界のビルほど幅は無いよ!な感じだが、代わりに長い胴体がウネウネと動くのだ。それと一緒に振り回される五十対?の足だとか、現実的には丸呑みだろうが噛まれたら痛そうですよ!な鋭い牙だとか、姿を見たらご用心!すぐさまそこから逃げましょう!なキャッチコピーが似合いそう。

 朝に見ていた図鑑の挿絵に、ムカデって立つのかな?という素朴な疑問があったのだけど。こちらの世界のモンスターさんは根性があるようで、勢いを付け、五分の一の後ろ足を使用して威嚇するように上体を起こしてみせた。


——うわぁ…強そう。


 そんな思いがうっすら顔に出たのだろう。


「大きさに難があるだけで、レベルはそんなに高くはないよ。ほら、勇者が一気に足を薙いでるし。関節のいいところを攻めてるね。皮膚は硬そうに見えるけど、クローリクさんもお姫様も最初から口とか繫ぎ目の脆い所を狙ってる。あれなら着実に体力が削れる筈だよ」


 さすが堅実な勇者が集めただけの優秀なパーティだ。

 イシュはそう言いながら戦闘の余波で飛んで来た木片を、防御の魔法が込められた魔封小瓶の蓋を抜き、馬車の周りに散らしてみせる。


「イシュってば、なんだか手慣れてますね…。商人の一人歩きって、実は結構危ないものなんですか?」


 そんな私の問いかけに。


「正直、専属の護衛とか欲しいなぁと思う時がある」


 と。彼は苦笑付きで返してきたが。

 でも私、知ってますからね!

 イシュが所持するアイテム袋に旧時代のヤバい兵器が相当数入っている事を!!

 むしろ、貴方はどこのお国と一戦交えるつもりか?と、突っ込まずにはいられないほど危ない武器のオンパレードに、今の苦笑の意味って何??と聞いてみたいくらいです。


——まぁ結局。薮蛇が怖くて聞けないですが…。


 巨大なムカデは勇者様らに攻撃を受ける度、身をよじったり、地面に体を打ち付けたりと、中々に大変な様相だ。その度に、近くに潜む我々の元には空気の圧が飛んで来たり、よろめくほどの振動が起きたりと、そこそこ影響が表れる。

 街道を進んでいた時、不意に湧いた巨大な敵は明らかにこのフィールド産ではありません、な雰囲気をぶら下げていて、大きさに怯んだソロルくんが立つ横で、勇者様はすぐさま馬から下りてモンスターの方に駆け出した。

 荷馬車もあるし、イシュも居るし、と出現場所に難を見出した彼の人は、駆けながらレプスさんに指示を出し、大剣の一振りで巨体を奥に押しやって、レプスさんの風魔法でさらにそれを遠ざけた。前の世界のビル並みの高さのやつが 、並んだら“まるで棒線”な人間に吹っ飛ばされる図を見た時は、ファンタジー世界って半端ねぇ!とギョッとしてしまったが。高ステータスな冒険者って色々とミラクルですね。まぁ、彼は“勇者”だし。普通ですよ、普通です。と、情けなくも私の方は己のハートの保身へとざわつく意識を傾けた。

 遠目に見える勇者様は、跳躍スキルを上手く使って次々とムカデに太刀を浴びせる。

 たまに足で打ち返されてポーンと飛んでいくのだが、それを見る度こちらの心は別の意味でザワザワだ。

 ちゃんと剣で受けているから、ダメージはあまり無いですよね?とか、森の中に着地するとき足を挫いたりしてませんよね?と、たぶん彼ら(プロ)に対したら瑣末過ぎてウザがられそうな項目だけど。イシュが「彼らなら大丈夫」と余裕の態度を見せてくれても、平凡な感性の低レベル冒険者には不安いっぱいの戦闘なのだ。

 だって今まで追っかけしてて、ここまで大きいモンスターとかダンジョン奥でも目にした事がなかったし。オロロといいアーマード・ボアといい、今回の街道は巨大系モンスターの宝庫だな。あぁ、要するに闇市場って“珍しい”も兼ねているから、どうしてもそっち系になるのかな、と。

 たぶん勝てるだろうけど、何となく不安が漂う戦闘風景を前にして、落ち着かない心の中を誤摩化そうと話題を探す。


「…なんか、意外だなぁ。ベルがそんなに心配するなんて」


——…?どういう意味ですか?


 そう思ってフと隣を向くと。


「だってさぁ。孤児院に居た時だって、二人で出てきた時だって、あの人達にお世話になってた時だって。帝都に滞在した時だって、ここまで不安そうにしてる姿とか見た事ないし。好きな人が出来た、って街を飛び出した時だって、うーん…何て言うかなぁ。もっと軽い気持ち…というか、こんな深入りしてなかったよね。そんなにあの人が好きなんだ?…ちょっと違うか」


 三年も追ううちに、そんなにあの勇者の事、好きになっちゃった?

 妙に正しく言い直された幼なじみの言の葉は、不意打ちでガツンと心に響き。

 けれど、まんま認めるのとか、ちょっと悔しかったので。


「おっ、表に出難いだけですよっ。私は元々熱いハートの持ち主なんです!好きじゃなきゃこんなトコまで追っかけやったりしませんし!」


 と。遠吠えみたく叫んでみたり。

 すると彼は冷静に、藤色の瞳(め)をこちらに向けて。


「…彼は幸せ者だよね」


 ふっと目元を緩めて語る。


「ベルがあの人を想う間は大丈夫。そう簡単に死んだりしないよ。こんな強力な乙女の加護は、なかなか得られるもんじゃないからね」


 そうして常の笑みを戻して「お墨付きだよ」と囁いた。

 それがどんな意味を持つのか直ぐに悟った私はそっと、凪いだ蒼天を仰ぎ見る。

 只人が誰かに加護を与える事など簡単にできる訳がないから、そこの言葉は比喩表現かな。だとしても“加護”を引き合いに使ったイシュに、私の本気の“好き”だとか、それに連なる執念を良い意味で笑われた気がしてしまい、なんか複雑な心境だ。


——断言されると心強いが…なんだろう、この気恥ずかしさは。


 ぱたぱたっと頬を扇いで、暖まった体を冷やせば。

 ドーン!という爆発音に巨大なムカデの体は崩れ、戦闘が終了した事を我々に告げたのだ。

※超高層ビル:地上31メートル以上が高層ビル、地上60メートルを境に超高層ビルと呼び名が変わるらしいです。

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