13−6
アーマード・ボアに追いかけられて割と疲れた馬たちを、川が近い街道脇でやや長めに休ませた後、三日目の目標到達地点まで我々はゆっくり進んで行った。
その日の夕飯、イシュのチョイスは「今日はあっさりご飯が良いな」という事で、豚汁と焼き魚な和風ご飯に決定した。下手をすれば毎食パンな人達に、三日連続夕ご飯はお米押し、という無体を働いている気がしたが、皆さんの人間性が出来ているのか幸い文句は上がらなかった。強いて言えばソロルくんが「この白いお米ってやつ、食べれば食べるほどクセになる…」と、どうやらお米に好意を芽生えさせてくれたっぽい事だろう。加えてシュシュちゃんが「…前に食べたやつ、食べたい」と、肉じゃがもどきのリクエストをくれた事、か。
そんな感じでつつがなく夕食を終え、軽い朝食を摂った後、我々は四日目の歩みを取った。
出立前、ここからしばらく緩い坂道、普通にしてたら気付かないくらいなだらかな傾斜なんだけど、と。イシュが地図を広げてみせて、勇者パーティにペースアップを持ちかけた。それを横目に、上り坂でペースアップとかダイジョブなの?と。ちょっと心配になったのだけど。行程に対する速さをみると、これまでにイシュが掲げた行進プランはむしろ慎重すぎる程。どちらかというと遅過ぎだったでござる、と近くに立ってたレプスさんが私に対して囁いた。
——そういわれると、確かに、ですね。
勇者パーティに回されるほどの移動護衛な依頼というのは、絶対的な安全性、そして速さ、正確さ、が頂上付近で求められるものだろう。何となく、シュシュちゃんとソロルくんがパーティ・インした辺りから、そうした依頼を受けたところをあまり見た事がないのだが。大人三人パーティの時、速さを求められたらしい仕事で容赦なく振り切られていたのは記憶に残る思い出である。
対してこの依頼では夕食に結構な時間をかけていて…報酬があんまり高くないのかも…というのを差し引いたって、やたら暢気な配分である。そう思ったら少しくらいのペースアップは問題ないか、と思えてくるというものだ。
何にせよ、まぁ、大丈夫かな。
そうして、話し終わったらしいイシュに続いて御者台に上ったら。
「ついに出るよ、スコロペンドラ。楽しみだな〜。どのくらいデカいんだろう」
なんていう、耳を疑う呟きが。
「あの〜、イシュ?まさかペースアップって…」
「もちろん、ベスト・プレイスで彼らに戦ってもらうためだよ」
…あぁ、そうですか。と内心に。
簡単ながら絵付きのモンスター辞典を引っぱりだして、“熱帯の森”生息の“スコロペンドラ”を引いてみる。
その見た目。挿絵はもう、一言でいうならば前の世界の“ムカデ”という奴だった。
ただしその大きさは、対比で描かれた人の絵からして数十倍、という感じ。ただし、後ろ足で頭を上げた絵に対してのことなので…全長はもう少し大きいのでは?な雰囲気だ。
その時、ふと思いついたのは、前の世界の超人な特撮ヒーローものなのだが…。あれに出てくる宇宙怪獣くらいの大きさだろうか。さすがにそこまではいかないか。いやしかし。あの実写ものはヒーローとビルの大きさ比とか微妙に疑問だったしなぁ。だがしかし…。と、考えれば考えるほどイシュが気にする“デカさ”についての想像が難しいモンスターだったので、そこは出会うに任せるにしようかと。しばし考え、最終的に、私は思考を停止した。
——それにしても“熱帯の森”…。
それは別大陸にあるという森系ダンジョンなのだけど…。
——そんな大きいモンスター、どうやって輸入した…?
な疑問満載なベルさんは。
もしや、君に決めた!的な遺物(ボール)があったりするのかな…?と内心ドキドキしまくりだ。
実を言うとこの時代、大陸間の物資輸送が船オンリーだったりするのだ。
竜種に近しい存在ならば背中に乗っけてもらったりとか、手段が無くは無いようだけど。
帝国の図書館にある古〜い文献に、昔は大陸間を移動する魔力消費の転移門があったとか見たけれど、今の魔法使いさん達が空間移動の魔法を使えないでいるくらいなので、転移門など夢のまた夢。転生者な私がこの世をとんだファンタジーな世界だと思っていても、それが普通で生きている人から見ても、それって何のファンタジー?の域なのだ。
それと同じ古書の中には“空のフィールド”なるものについて記載があったのだけど、飛行能力のない地上種が一体どうやってそんなところを歩くのかという、大きな疑問を呈してくれた。もしかしたら、そんな場所を歩いて行かねばならない何か——ラピュータ的な空飛ぶダンジョン?——がどこかに浮かんでいると言いたいのかも知れないが、こちらも背中に飛行可能な羽を持つ“翼種”と呼ばれる種族の人が「おとぎばなし」と別の本に記載するほどなので。信憑性が低い…というか。仮にそれが実在しても、現状を鑑みるに“行く”事は難しいかと思われる。
少し話がズレてしまったが。
そんな風にぼんやり思う私を乗せて、イシュが期待するとこの“戦闘に最適な土地”を求めて、勇者様のパーティは四日目の道程を淡々と進んで行った。