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「宙(ソラ)の大統領」顛末(前半)

January 3rd, 2025 08:00・All users
 2024年11月26日付の朝日新聞(およびそのデジタル版)に、飛浩隆の書いたショートショート(さいきんはフラッシュ・フィクションと言ったりもする)「宙(ソラ)の大統領」が掲載された。掲載面は社説の向かい側、「オピニオン」欄である。通常、その日その日のテーマについて三人の識者が論じる「公論」や記者による解説記事が載っているのだが、不定期で長めの「寄稿」が掲載されることもある。書き手は作家、政治学者、憲法学者、劇作家などさまざまで、折々の社会問題に関わる持論や視点の提示がなされている。そこに小説が載ったのははじめてのことで、もちろん自分としてもめずらしい経験だったから、忘れないうちに顚末を書いておこうと思う。

 依頼の連絡があったのは、実はずいぶん早くて、この年の6月のことだった。つきあいのある出版社の編集者を通じて、執筆依頼の企画書がメールで届けられたのだ。オピニオン欄に小説を掲載するのははじめての試み、ともある。
 さてどうしたものか。
 この年の春まではTwitterのプロフィル欄に「新規のご依頼には応じておりません」と書いてあったのだが、あいにく昼職を完全にやめたのを機に、看板を「お仕事ください」に掛け替えてしまっていたので断る口実がない……というのは半分で、こういう場だからざっくばらんに話をすると、なにせ朝日だし全国紙だし「はじめての小説」というのも自尊心をくすぐられた。
 長年の経験で、これが新規の執筆依頼に結びつくことはないともわかっていたので(寂…)、この先の仕事が増えて困ることもない。短いものなら「空の園丁」の連載の合間でもなんとかなるだろう。なにより、マニアックでニッチな作品ばかり書いてきた者としては、じぶんの作風とマスの好みをすり合わせてみるのは面白いかもしれない、と考えたのである。
 現代SFに関心のない新聞読者にじぶんの作品が通用するのか、というチャレンジとして。

 そこで引き受けることにし、ご担当者と連絡を取ってみたところ、掲載は晩秋から年末を想定しているようだった。時間的にはたっぷり余裕もある。
 問題は何をテーマにするかだ。人の心は移り気なので関心ごとは常に流動する。ぱっと炎上しすぐに忘れられる題材は向かない。一方、自分は遅筆なのである程度時間を掛けないと書き上がらない。もうひとつ、時評や論考ではなくフィクションの形式を選ぶことに意味がある題材を選ぶべきだ。しかもSFに向いている題材を。
 これらをいっぺんに解決するアイディアがぽんといきなり生まれることはない。ぐるぐる歩き回りながら徐々に円周を小さくしていくしかない。
 心積もりとしてあったのは、アメリカ合衆国の大統領選挙だ。投票日は11月だし就任式は1月である。予備選は終わっていたが選挙戦の盛り上がりは続くだろう。前回のように結果が判明しても延々と揉めつづけるかもしれない。ついでにいうと日本では東京都知事選の空前の乱戦ぶりが記憶に新しく、自由民主党の総裁選も予定されていた。兵庫県では職員の公益通報に端を発した問題も世間の耳目を集めていた。

 9月11日に朝日新聞の担当者と打ち合わせしたとき(松江市の宍道湖岸のカフェで話をしたのだった。)、「テーマは選挙でどうでしょう?」と持ち出した。その後、民主党の候補がカマラ・ハリス/ティム・ウォルズに切り替わったこともあって、当方は米大統領選を念頭にしていたが、当時はまだ進行中だった自民党総裁選のあと、はやばやと解散総選挙が行われるかもしれない、との話にもなった。
 実はこのときひとつの目算があった。約1年前、自分が2023年の8月にしたツイートだ。
 「宙の大統領」をお読みになった方はお分かりだろう。このツイートが本作のコア・アイディアだ。じつはツイートしながらひそかに(これは短い作品のネタになるな)という意識もあって覚えていたのだ。7月13日に起こったドナルド・トランプ暗殺未遂事件と、イーロン・マスクの「不死化」をひとつにして、ひとつのディストピアを作り出すことができるだろう、と考えていたのだ。

 偶数月はSFマガジンの連載にかかりきりになる。着手は10月になってからだった。大統領選挙投票日のほぼひと月前である。
 原稿の規定量は1行15字×244行。書き出しの一行目に「大統領」と「暗殺」のふたつのキーワードを入れる。それがすぐに覆される。これだけは決めていた。オピニオン欄に予告もなく小説が載るのは、大企業の経営会議の冒頭で芸人が一席うかがうようなものだから、冒頭で「じゃあまあ話を聞いてやろうか」となってもらわなければならない。強いツカミが必要だ。そこはいい。問題はだれにそのセリフを言わせるか、だ。
「ねえ、また大統領が暗殺されたよ」 
 最初にこう書いたとき、心の耳に聞こえていたのは20~40代の女性の声だった。

(続きは10日後、1月13日(月)にデラックスプランで公開します。)
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