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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
13 忘れられた街道
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13−5



「ハオ、ラオ、頑張って!」


 荷馬車引きの馬もどき二頭の耳に声掛けて、イシュは激しく手綱を握る。

 荒れた舗装を駆けているので乗り心地は最悪だ。

 非力な私は座る場所からせめて振り落とされまいと、必死になって台の突起を掴んでいる感じ。

 只今絶賛爆走中。

 原因は突如街道に現れたイノシシっぽいモンスターの一群である。

 我々が昼食を終え、ぼちぼち速度を取り戻したと思った頃に、その群れは現れた。

 僅かな殺気、伝わる振動、小さく聞こえる唸り声。背後に控えたシュシュちゃんが異変を前に伝えてすぐに、群れの先頭を駆ける茶色が視界の奥にちらついた。「アーマード・ボアだ!」と叫んだソロルくんの声を聞き、勇者様はすぐさま「走れ!」と言った。


「アース・ウォールでござる!」


 と、早々に騎乗を諦めて荷馬車に移ったレプスさんが魔法を使って土壁を成し、次いで。


「ニードル・ロックでござる!」


 と、壁にぶつかり速度を落としたモンスターらを硬い岩で串刺しにした。

 その横で同じように騎乗を諦めたらしいソロルくんが魔法を使い。


「donare mora(ドナーレ・モラ)!」


 と叫んで何かの異常を広範囲に付与したらしい。

 ちょっと足がもつれる感じでモンスターの疾走速度が落ちたので、遅延か何かの異常かな、と。まだ意識に余力のあった私はチラリ、後ろを向いて探りを入れた。

 イノシシっぽいモンスターは遅延の状態異常を受けても馬並みの速度を保っていたので、下手をすれば追いつかれるな。それまでどれだけ刈り取れるか、と。イシュが手綱を動かしたのを横目に見ながら、厳しい方に予測する。

 前はライスさん一人が担い、あのイシュがわざわざ名付けた愛馬二頭を牽引するのを雰囲気で察知して、勇者様はいずこかとそおっと首を伸ばした時だ。


「エンシェント・ファイア」


 という低く澄み渡る声がして、モンスターの群れの中から光る炎が立ちのぼる。

 シュシュちゃんが放ったらしい広範囲攻撃の矢の雨を、タイミング良く避けたもの。

 次々に放出されるレプスさんの攻撃魔法を、搔い潜って生き延びたもの。

 それらを更に減らさんとする派手な炎の渦を見て。


——……勇者様、攻撃魔法、使えたんですね…( ̄△ ̄;)


 私は必死に掴まりながら、内心軽く打ち拉がれる。


——いえ。まぁ、そうですよねぇ。だって勇者ですもんね…。


 今までの戦闘じゃさして必要なかっただけで、使えない訳じゃなかったのかと。それでも何という出し惜しみ…とジトった心を持て余してると、ある推測に行き当たる。


——もしかして勇者様、攻撃魔法は使えるけれど、物理攻撃の方が威力が高い…?


 考えてみれば納得で、騎乗したまま、それもまだぶつかってないモンスターに対したら、勇者様の攻撃手段はそれしかないし。この場合、威力が弱いは置いといて、少しでも追ってくる数を減らせればいいのだし、と。

 まぁ実は、勇者様が放った炎系の攻撃魔法、レプスさん並に強そうに見えたのとかは置いとくとして。


——勇者って人達はやはりどうにもカッコ良く出来ているものなのか。


 とか、惚れ直したのは余談である。

 そんな風に少〜し意識が飛んだのを引き戻してくれたのは、イノシシさんが威嚇に吐いたヴォン!という声だった。驚いて慌てて見れば、ついにその数2、3頭まで数を減らしたイノシシさんが、状態異常の効果切れでグンと距離を縮めに走る。結果、後衛のメンバーが意を決してぶつかって。それを躱した一頭が真っすぐ荷馬車に近づいて来た。


「イシュ、下手したらぶつかりますよ!」


 ちょっと慌てて叫んだら。


「ベル、あれ出して!勇者に貰ったお菓子!使いどころはここしかない!」


 とか、恐ろしい事を言い出したので。


「えぇっ!?嫌ですよ!!あれは大事な貰い物ですっ!」


 ソッコーで断った………のだが。


「幼なじみが死んでもいいの!?」


 イラッとしながら言われると。


「うぅうぅぅ……(;へ:)」


 と、唸り涙で私はそれを差し出すほか無い。

 銘入り高級革袋(ブランドバッグ)にしまわれた、いつか貰った焼き菓子は、袋に入れられ可愛いリボンが結んであって…。


——あげたくないなぁ。だってこれって勇者様が手配とかしてくれた、唯一の貰い物だし…。


 躊躇う気持ちが出ていたのだろう。

 激しく馬車に揺らされながらもお菓子から視線を逸らさぬ私に焦れて、イシュが横から手を伸ばし、サッと包みを搔っ攫う。そして。


「プレゼントだよ」


 と黒く笑って、あっさりそれを後ろに投げた。


「って、えぇぇええ!?そんなあっさり投げずとも!!」


 悲鳴に近い声量で嘆いた私を鼻で笑って、大丈夫、悪いようにはならないよ、と。

 薄鼠の幼なじみは慰めもどきの言葉というのを漏らしたけれど。

 あっという間に小さく見える可愛い包みを凝視して、私は迫る巨体を感覚で感じ取る。

 地面に落ちた焼き菓子は、袋越しでも良いにおいがしたのだろう。屈強そうなモンスターは疾走する足を遅めて、一口でパクリと飲み込んだ。


——あぁあああっ!!勇者様に貰ったお菓子!!!


 どうせならじっくり味わって欲しかった!

 そう簡単に貰えないのよ!!そのお菓子!!


——うわぁ!!悔しい!!!ずるいです!!!!


 こんなことならさっさと食べてしまえば良かったよ!!と激しく後悔していると。

 更にグンと迫った巨体が、一拍置いて倒れ臥す。

 その瞬間。

 世界から音が消えたみたいになって、ずるいと叫んだ私の心はサァッと色を失った。


——え。何あれ。え。何が。


 一応、倒れたモンスターにレプスさんがとどめをさして、戦いの終わりを気配で察したライスさんが馬っぽいやつの足を止め、それに合わせてイシュも愛馬をなだめにかかる。

 次いで、少し開いてしまったモンスターとの距離を詰め、近づいたライスさんが絶命を確認すると。ようやくその場に安堵が流れ、緊迫していた空気が軽くなるのを肌で感じた。

 途中ではぐれた勇者様とシュシュちゃんの気配というのがまだ近くにはないけれど、あの二人がモンスターを取り逃がす筈がない。まさにそんな信頼で、メンバーの緊張感が一気に緩んでいったのだ。

 それなのに。

 隣のイシュも「終わったね」的な独り言を漏らしているのに。

 喉の辺りに詰まった何かが私の中から出てくる筈の安堵の息というやつを、意地悪く塞いだままで———。


「………あの、ですね、イシュ」

「うん?」

「あれって…あのお菓子って」


「もしかして、すり替わっていたりとか…」

「してたねぇ」


「さすが。ラザーニェ・ファミリーの毒は効き目が違う」


 不意に横からタイミングよく漏らされた乾いた言葉の意味を考え。


「…え…ドク?毒ですか?」

「そう。あれね。ベルの手に渡るだいぶ前、しっかり毒入りのとすり替わってたんだよね」


 急に告げられた衝撃事実にポカンとなって固まってると。

 蹄を鳴らして追いついて来た勇者様とシュシュちゃんが、自分達をすり抜けた一頭が倒れているのをホッとした顔で見下ろしていた。




 それからほどなく。

 歩みを再開した隣のイシュに、私はボ〜っと耽りながらも、聞かねばならぬと問い掛ける。


「さっきのお菓子の事ですが。えぇと…仕込んだ人っていうか、依頼した人?というのは…その、今までと同じ人、なんでしょうかね?」

「…、なんだ、気付いてたんだ」

「まぁ、ふと気配がすると視線の先に刃物が刺さってたとか、やたら手元が狂うなーと思ったら、落ちたご飯を啄んだ小鳥さんがパタッと死んだりとかですね。物騒な時期がありましたから」

「うん、そうだね。元を辿れば大体いつも同じ人だよ」

「そうですか〜。だからって訴える手段とか…無い…ん、ですもんねぇ」


 思わず「ふっ」と漏れた苦笑は、幼なじみに聞き留められて。

 けれど。


「これっていつまで続くんですかね〜…」


 な、どことなく虚しい問いは、そのままスルーされたりもして。

 だけど最後に横目で彼が。


「ベルが居た世界の言葉を借りるとさ。こういうの、お天道様は見てる、って」


 言うんだよ———。

 

 と。

 意味深に囁いた薄鼠色の幼なじみが、どうしてだろう…。

 このときは恐ろしいほど、強大な存在に見えたのだ。

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