13−4
「ちょっと何なの!?聞いてないよ!こんな事ぉぉお!!」
普段は後方支援です、な聖職者の職業なのに、只今激しく宙を舞ってるエルフ耳の少年は、太陽輝く中天あたりで思い切り突っ込んだ。
「…今助ける」
と渋く呟き、魔矢を絞ったシュシュちゃんは。どうしてだろう、いつにも増して男前度が上がってみえる。
一応、晴天の空にお似合いだけど、鈍く嫌〜な気持ちにさせるそんな彼らの飛行音。更にその体のデカさが、対峙する者のやる気というのを何となくだが奪っていく。
——来ましたね、双翅目(そうしもく)。
内心で呟きながら、うわぁ何だか凶暴そう…と。うららかな街道に不釣り合いでしかない来襲者、ハエのようなアブのような大型の昆虫もどきに、私の視線は釘付けられる。
「ライトニング・ボルツでござる!」
シュシュちゃんが放った魔矢がソロルくんを解放し、ライスさんがすかさず拾いに行けば。
空を飛ぶ敵。しかも数がそこそこ居るという事で、レプスさんは雷の広範囲魔法を発動させた。
——おぉすごい!ヒットしたモンスターがバラバラと降ってくる!!
しかもその広範囲魔法のエフェクトがいかにも走る雷でカッコ良く、更に命中率が半端ねぇ!と。私はウサ耳のおじいさんに尊敬の眼差しを向け、その流れで勇者様を伺った。
空からバラバラ降ってくるハエとアブが混ざった感じのモンスターの皆様を、我々が乗る馬車上に落とさないようにという事で、勇者様は跳躍しながら踊るように斬りつける。細切れになったそれらの部位をシュシュちゃんが打ち抜いて、あっという間に戦闘は終わりの段階だ。
このくらいの大きさの飛行系モンスターとの戦いは珍しい…と。最後は「オレも良い所を見せないと」と、こっちを見ながら爽やかに微笑んだライスさんが、レプスさんの魔法攻撃を搔い潜ったラスイチを、手にする槍で貫いた。余裕を持たせた投げ方だったが、可視化されたライスさんの魔力の滲みがじんわりと得物にからんだ様子とか何となくカッコ良く、さらに投げる瞬間に中二っぽい決めセリフとか口にする訳でもなくて、大人の渋〜い魅力というのがしっかりと決まっていたり。
——勇者様も歳を取ったらこの渋いオーラとか追加で纏っちゃうんですね!今からすごく楽しみです!!どこまでも追いかけて行きますよ!
心の中で思った事がつい顔に出たのだろう。
「ねぇ、そんな歳になっても追っかけやるつもりなの?」
呆れたような疲れたような冷静な声がして、私は慌てて誤摩化すようにイシュルカさんに微笑んだ。
「それにしても、でござるなぁ。あのモンスターはオロロだったと思うでござるが…この街道で出没するとは聞いた事がないのでござる」
「しかもあの大きさは一匹でボス級だよねぇ」
「何それ。明らかに不審じゃん」
「…でも打ち抜きやすかった」
四者四様のセリフを聞いて、沈黙していた勇者様が肯定の頷きをする。
「居ない筈のモンスターが出てきたとなると、この先も思わぬ危険が予想される。気を引き締めて進んで行こう」
いつも通りの真面目なセリフに何となくホッとしてると、横に座ったイシュルカさんが動き始めた馬車上でこっそりと耳打ちをする。
「今日はもう妙な敵は出て来ないみたいだよ」
「…知ってるなら教えてあげればいいですのに」
「嫌だよ。彼、並みいる勇者の中じゃ地味キャラだけど、小さい頃から大陸をあっちこっち旅してるから地味〜に一般知識に富んでるんだよね。他は相当鈍いくせにさ、その辺だけは鋭いんだ。真っ先にユニーク・スキルの存在を疑われるね」
「何も言わなきゃ、ただの予知スキルの並びだと思われるだけじゃないですか」
「あのね。予知スキルだって希少なスキルだし。そこでまたあらぬ推測とかされるとさ。たぶん後々面倒だ」
そう簡単に知られる訳にはいかないし、間違ってもここで切るカードじゃないよね。
淡々と語るイシュの様子に、まぁ、気持ちもわかりますけどね、と。
贔屓にしている勇者様にはこそっと教えてあげたいけれど、幼なじみの存在も結構大事であるために。私は複雑な心情で口を閉ざして前を見る。
ライスさんと交代で前に来た勇者様は、馬っぽい動物に乗り、黒髪を揺らしながら荒れた道を進んでいく。
——お馬さん的にあの重剣は耐えられるものなのか。
イシュとの会話に区切りがついて、私はその人の目が向かないのをいい事に、背負われた大剣さんに思いを馳せた。こんなに近くで堂々と勇者様を見られるなんて得したな〜と思いながら、それと同時に。
——あそこまで大きいと相当重いよなぁ。
と、何となく呆れに近い想像をする。
その割に勇者様を乗せている動物は足下が危うげに見えないのだから、ファンタジー世界の馬というのは相当丈夫な作り…なのだろう。
日が傾かない時間帯に思わぬモンスターにあたった事から、また同じような事態が起こるかもしれないし、と。何となく緊張感が漂ったおかげというか。その後は街道に出没する通常のモンスター等とたまにエンカウントしながらも、我々はなかなかにハイペースで進んだらしい。
燦々と照る太陽がオレンジ色になりかけた頃、行程を知るイシュが「疲れがたまると悪いから」と渋い目で馬を見ながら呟いたので、少し早めの野営の準備と相成った。
朝、昼と、至極簡単なご飯が続いていたので、野営場所を決定するとすかさず料理の注文が。なんでもミルクスープとハンバーグが食べたいとの事だったので、座りっぱなしでちょっと痛んだ腰をほぐすと、私はさっそく調理に取りかかる。
個人的にハンバーグならご飯派なのだが、出身地的に洋風寄りのパーティ・メンバーさまには、やはりどうにも馴染みが薄い。前日のすき焼きもどきは採を取らずにご飯をごり押ししてしまったが、今日はパンの希望も取ろう。さて、一番時間が掛かるのは…と、手を付ける順番をささっと頭で考えて、イシュに「自由に使っていい」と渡された食材入りのアイテム袋を漁り出す。
その傍らでいつも通りに勇者パーティは散(ばら)けていって、近くに残ったレプスさんがあっという間に焚き火を起こす。ミルクスープを作るのに、なるべくなら安定した火力が欲しい。そうイシュに告げたなら、これを期に野外用の万能かまどはいかがです?と、スマイル付きで返された。
「使い勝手が良かったら、考えてもいいですね」
暗に、まずは使わせろ、と消費者の模範解答を述べてみたりしたところ。
「仕方ないね。特別だよ」
と、ひょいっと肩を竦めてみせて、あっさり出してくれる人。
これはもう自信満々の商品だなと私はふっと頬を緩めて、さて、お手並み拝見!と万能かまどに火を入れる。炭の太さや赤さ具合に試行錯誤はしたものの、炊いたご飯と仕込んだスープは中々に納得の出来だった。
おっ、良いじゃないですか。買いかもな、とは思えども。
「どうせなら都会のレストランとかで使われている、畜魔石消費の火台(コンロ)とかが欲しいんですが」
ちょっとした難題を押し付けてみたりして。
まぁ、しかし。そこは長年、幼なじみをやっている間柄の私達。お互いの思惑が視線一つで浮き彫りになり、調理スペースに並びながらどちらともなく笑い出す。
「コンロ、無くは無いけどさ。持ち運び(ポータブル)製品はまだ結構高値だよ」
「いやぁ、ほんの出来心で言ってみただけですし。あ、このかまどは頂きますね」
「まいどあり。金払いの良い客は違うねぇ。やっぱ、ベルほどリターンの良い投資は無いよ。転送端末(エクスチェンジャー)持たせて正解だったな」
「…幼なじみをつかまえて投資って。まぁ、こっちも助かってるのであまり文句は言えませんけど」
苦笑いを浮かべながら、じゃあそろそろメインディッシュのハンバーグを焼きますかぁ、と。
気安くダレた態度と口調が珍しく映ったらしい。
「ベル殿とオーズ殿は本当に仲が良いでござるな」
背後に控えたレプスさんが会話に混ざり。
いつの間にか戻って来ていたライスさんがしみじみと。
「本当に。良い家庭を築けそうだよね」
そんなセリフを呟いたのを、若干ネガティブな方向に解釈しつつ、笑顔で流してみたりして。
なんか、これ以上痛い奴だと思われたくなかった私は、なるべく努めて勇者様を見ないようにと心がけ。
本当は、勇者様がパンじゃなくてご飯の方を注文してくれた事とか、胸がむずむずするくらいすごく嬉しく思ったけれど。勇者様もお米(ライス)派ですか!食事の趣味が合いますね!!な初期段階のアピールは、何故だか上手く発現できず…。
——あぁ。私って、いざ近づくと、好きアピールを上手く出来ないタイプというやつなんですね!……えっ、それってヘタレじゃないの?好きな人、落とせなくない!?
最終的にそこに至れば。
——まぁ、出したご飯を全部食べて貰えたんだし…作り手への信頼とか味の善し悪し辺りのことがさ、そこそこ良い線行ったんじゃない?…できれば、行った、と思いたい。
とか。
平らげられた彼のお皿をぼんやりと眺めながら、少しでも幸せな気分に浸ろうなんていう小賢しい真似とかを、ね。
そういうこちらの心中を察してなのか、食事の後片付けを手伝ってくれたイシュ共々、それ以上のツッコミを受ける事とかもなく。
寝入りの時に、隣に並んで寝転んだシュシュちゃんに、今日のご飯も美味しかった、と嬉しい言葉をもらいつつ。
前回のユノマチで、魔女さまの占具が折れた場面というのを、うなされながら夢に見て。
——勇者様と仲良くなれる切っ掛けが欲しいです…!!!
じんわり滲んだ涙に耐えて。その夜私は空に浮かんだ朧な月に、ありったけの祈りを込めてみたりしてみたり。
ちなみにライスさんはパン派でした、な雑学は…まぁ誰得だって話ですけど。
そんな風にこの日の夜は静かにふけて行ったのだった。
※双翅目:生物を分ける分類、界門綱目科属種の目のところで分けられるやつ。ハエ目…ともいうのだろうか。作中での使い方は厳密なものではなくて、その場の雰囲気みたいなものである。
※火台:適当にコンロの読みを当てはめました。たぶんそんな言葉はないので、うっかり使わないようにお気をつけ下さいませ。