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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
13 忘れられた街道
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13−3



 ガラガラと車輪が回る音を聞き、敷き詰められた石の割れ目に草木が茂る姿を見遣る。街道の両側に広がっている森の入り口、緑の浅い地面から伸びる細い根っこ達。それを上手く避けながら、イシュが操る馬車は行く。

 廃れた道とは聞いていたけど、想像したより状態はずっと良い。生い茂った木々の間に高い空がさしていて、陽の暖かさは良くも悪くも緊張感を散らしてくれる。

 イシュが所持するエンカウント減少アイテムにより、フィールド中のモンスターの姿も余り見かける事は無く、たまにぶつかっても前の護衛を務める誰かがあっさりと散らしてくれる。

 まさに、平和だな、という一言に尽きる寂れた道を、スリリングなんて大げさじゃ?と進んで行った一日目の夜。野営と夕食の準備を始めたイシュと勇者様のパーティは、それぞれの役割を振り馬車周りに散っていた。

 ライスさんを連れ、枝を集めに街道脇の森の中へと入って行った勇者様。それを控えめに見送って、私もさっそく食材を捌きだす。レプスさんが灯してくれた光球(フォト・スフィア)の明かりを頼りに、イシュが久しぶりに食べたいという異世界版すき焼きのタネをざっくりと準備していく。

 まぁ、異世界版と言ったって、お肉が牛っぽいモンスターのものに変化するのと、他の野菜の具というのが、これまたあちらと似たようなものに変化するというだけなので。

 え?醤油はどうするんだ、って?

 ハイ。回答いたします。

 お醤油さまは、元々こちらで初期開発がなされていたのを探し出し、自分好みに改良を重ねながら、いい商品を造り出しておりますよ(´∇`*)

 えぇ、資本はイシュの稼ぎから。私はちょっと知恵っぽいのを貸しただけ、な感じです。そしてもちろん、出来た醤油は彼の商会で扱ってます。イシュが行商をやりながら歩いて通った道すがら、お醤油なる調味料はじんわりと普及しているそうです。実は前に寄ってきたユノマチのO-SUSHI-YAさんで、イシュの商社の銘(ロゴ)を見た時だいぶ感動してました。


 まぁ、そんな余談はさておきまして。


 その辺の枝をちょちょっと集めて先に作った焚き火の上で、白滝もどきをゆでるため、お湯を作っていたところ。さり気なく近づいて来た緑の髪の少年が、お鍋を見つめる私の隣で神妙な声で囁いた。


「あのさ。あんたら、ほんとに只の幼馴染みなの?」


 その唐突過ぎるイミフな話題に、ほんの一瞬惚けたが。


「……えーと。はい?」


 と何とか返すと、少年は僅かに目を細め。


「只の再会なのに抱き合ってたでしょ。いくら幼馴染みだからって、耳にキスはおかしくない?」


 そんなことを宣ったのだ。


「好きな男の前でアレはどうかと思うんだけど」


 続けざまに飛び出たセリフに、再び「はい?」と思ったけれど。


——てことは何ですか。ソロルくんてば、さり気なく私の恋路の心配とかしてくれてます?


 その可能性に気付いたら、何となく頬が緩んでしまう。


——あら、やだ、ちょっと。それって何だか嬉しいじゃないですか((*´〜`*))♪


 ニヤつきながらソロルくんに視線をやると。


「…何ニヤついてんの?気持ち悪い」


 グサッとくるようなセリフが返る。


「ふふふふふ。まぁいいです。気持ち悪い、という攻撃セリフは笑顔で流して差し上げます。で、本題ですが」


 そこで一応、辺りを見渡し、近くに誰も居ないこととかしっかり確認した後に。

 ヌッと近づき、私は少年の耳元に、現実というものをこっそりと教えてあげる。


「耳元にキスは確かどこかの地方での只の挨拶に含まれます。挨拶がもろチューの地域だってあるんですから、あの程度何でもないです。さらに言うと、あれはパフォーマンスというやつですから。私もイシュが思うほど効果は無いと思うんですが、まぁ、ジャンルは多少違えど駆け引きの経験豊富な商人の言う事ですし。乗っといた、というやつですね」

「………わざとだったの?」

「ぶっちゃけそういう事になります」

「お前ってそういう事、出来ない奴だと思ってた」


 お疲れの声で呟いた彼は思う所があったのか、胡乱な目をこちらに向けつつ、溜め息を一つ吐く。

 私はそんなソロル氏に、おや、といった軽い調子で。


「これでも私、女子なんですよ」


 ニッコリ笑って返してみせる。

 最終的なお誘いは恥ずかしくてできないが、まぁ、このくらいの芸当ならばやって出来ないことはない。しかもパフォーマンスのパートナーを買って出て来てくれたのは、ある意味最も信頼を置く幼なじみ殿なのだし。こちらとしては何も心配する事は無い、そのくらいの心持ちなのだ。


「あぁもう!心配してやってなんか損した!」

「それはありがとうございます」


 何だこの子可愛いな。今頃になって初心な緑の髪の少年を好ましく考えながら、煮えたお湯に白滝もどきをザッと一気に流し込む。うっすら白く茹で上がるまで鍋の中でかき混ぜてると。


「……だけどさぁ。いくら幼馴染みだからって…あそこまで徹底する?アレであんたらに何も無いとか、ハッキリ言って思えない」


 そう彼は呟いたのだ。


——この子、意外と話題を引きずるなぁ。私とイシュの再会シーンが、そんな思いがけないイベントに見えたのか。


 私はそれを適当に解釈すると、白滝もどきをザルに取り上げ、から笑いを混ぜて言う。


「あはは。イシュはちょっぴり拘りが強いので、余り手を抜いたりとかしないというだけですよ。我々はそれはもう清く気高い関係なんですから。あ、その辺のことでイシュを揶揄うと、後で痛い目に遭いますからね。気をつけて下さいね」


 火起こしを終え、さり気なく辺りを警戒しているレプスさんのその横で、人の好い顔をしながら雑談している奴を伺い、ソロルくんに助言をすると。いつの間にか近くにきていたシュシュちゃんが不意に会話に参加する。


「…そうなんだ。実は私も誤解した。最後の笑いが強烈だったから」


 零された内容に、一瞬「ん?」となったけど。手元だけは働かせ、どういう事かと先を促す。

 そんな風に抑揚薄く参戦してきたシュシュちゃんの一言は、収束気味のソロル氏をもう一度持ち上げた。


「だよね!商人が最後にクライス見て笑ったの、すげー挑発だと思ったし」


 小声ながらも意気のこもった少年の一言に、やっと理解が及んだ私の顔は、さぞ微妙な表情を刻んでいたことだろう。

 もう内心は「おいおいおい。イシュルカさん。私が見てない場所とかで、そんな小細工してたのか…( ´△`)」である。

 今頃知らされたあのイベントでの出来事に、照れというより呆れをのせて私はフゥと空を見る。

 なんとなく、なんとなくだが、その小細工は失敗した。

 あっさりとそう思えてきて、ふるふると頭を振った。


「だとしても、すべては演技、演技です。しつこいくらいに言いますが、それでもイシュとは男女な空気をお互い抱いた事が無いんですから」


 もはや脱力な勢いで返したのだが、当の二人はそれでも納得しかねる顔でこちらの気配を伺っている。


——おぉーい、イシュよ。たぶんだが…いや、確実に。周りの子供は騙せても、大人達は気付いていたよ。もっと言うなら勇者様とか、なにこいつ?くらい思っていたよ。それくらい我々の関係は初期の初期。運良く名前呼びが許されたって、それが出来ていないほど浅い関係なんですから。


 うわぁあぁあ…めっちゃ気まずい。

 下手したら、ちょっとくらいのマイナス、なんて域じゃないじゃないですか…!!

 応援する、とか言っといて、実は早く終止符が打たれるのを待ってる、みたいなですか??結婚相手に勇者職とか無謀だからやめときなよ、とか?それって私にとってみたなら“いらぬ親切”ってやつですが、幼なじみへの温情で無言で実行してるとか??……はぁ。なんかそういうの、あり得るなぁ。だってあのイシュですし…。ひょっとするとひょっとして、勇者様の運命の相手とかいう人を知ってたりとかするのかも…?


——ちっ。これだからチートな特殊スキルを持つ奴は。


 半ば、ケッ、とやさぐれて、次には凹んでみたりして。

 ころころと態度が変わる私の様子を憐れんだのか。


「大丈夫、ちゃんと命中(ヒット)してたから…」


 とか。


「そっ、そうだよ!クライス何か変だったしさ!」


 と、若い二人は必死な感じでフォローしてきてくれたけど。

 熱い視線を三年も注いできたプロから言うと。


——今日一日、勇者様には何の変化も見られませんでしたけど?


 この一言に尽きるのだ。

 だから私は最後には、何時にも増して必死に募る少年少女のお二人に、慈愛に満ちた笑みを向け。


「食事の準備を進めましょうか」


 そう優しく囁いた。

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