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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
13 忘れられた街道
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13−2



「あの、イシュ。ところで、ですね。こういう異性との抱擁って、マイナス要素になりません?その、勇者様から見た時に」

「何言ってんの。今の状態ならこのくらいが良いんだよ。あ、角度はココね」

「角度って…」

「あの人から見てより親密に見える“角度”だよ。これならマジ抱きしなくても良い感じに見えるから」

「……そのぅ…非常に言い難いんですが。嫉妬してもらえるほど、仲良くなってないですし…。ここでコレって、やっぱり逆効果の方じゃないですかねぇ…?」


 勇者様を追っかけて、やってきた“とある街(ウィーリーズ)”。その東門でお目にかかった久しぶりの幼なじみと、感動の再会を装いながら小声でヒソヒソ語り合う。

 勇者様好きをアピールしている今の私の立場からして、いくら相手が幼なじみでも異性とのハグはどうだろう?むしろダメな印象なんじゃ…?と、胸の内では思うのだけど。


「まぁ、ちょっとくらいマイナスだっていいか〜、ですね。久しぶりにイシュに会えて実は結構嬉しいですし」


 何の気も無しにそう続けると、幼なじみは「ありがとう」と言い、気が乗ったのか耳元にキスまで落してくれた。


——おぉー。サービス精神豊富だな〜。


 耳元にキスはどこ地方の挨拶だっけ?と考えながら、親しい人との再会を醸し出した我々は、ここらでいいだろ、なアイコンタクトで揃って彼らに向き直る。

 途端。


「何、その商人と知り合いな訳?」


 と、何故か剣呑な空気を纏い質問してくるソロル氏に、そうですよ〜、と間延びした答えを返し。


「ベルは僕の大切な幼なじみなんですよ」


 と、よそ行き仕様のイシュルカさんが補足とばかりに言い放つ。


「身元は保証しますから、彼女も一緒に馬車に乗せて、依頼遂行で良いですか?」


 むしろそれが狙いで手を回したろ。

 そう思うのは私の他に、どうやらこの場にあと二人。

 さすがに経験がご豊富な歳高なお二人を騙せるものじゃないですね、と。肯定の視線を送り、「それでは出発しましょう」と言う幼なじみの後を追う。

 ふと勇者様の方を見遣れば、彼は馬っぽい動物に優雅に騎乗するとこで。


——さすが、お貴族さまだよな〜。


 私とは住む世界が違うのだ、とか。ぼんやりしながら思ったり。

 ライスさんもだが、何故に乗馬が出来るというだけで、あぁも格好良く見えるかな。くそぅ。悔しい。カッコイイ。これぞ恋する乙女の3Kだ、心の声だ、と馬車に乗る。

 非戦闘要員で依頼主となる幼なじみの隣席に腰を下ろせば、勇者パーティのメンバーが居ないことをいい事に、防音魔法を発動させて「何でも聞いて」と彼は言う。


「とりあえず、まず」


 前置きで息を吐き。


「よく一介の商人が勇者パーティを雇えましたねぇ」


 驚きというよりは、それを成した交渉術へ呆れにかかる領域で、私はしみじみ言い掛ける。するとイシュはニッコリ笑い、苦労したよ、と返して寄越す。その事も無げな雰囲気に一気に脱力しかけたが。


「……相当ヤバいもの、積んでるんですか」


 思い当たった揺るがぬ事実に、笑わないイシュの瞳が肯定を告げてくるのを見てしまい、別の意味で気が抜けた。


——おぉーい…。まさかまさかの、ここでいきなり運び屋的な、危ない荷物がやってくるとは…。


 がっくり肩を落とした私に、彼は軽い空気のままで。


「まぁ、中身は人じゃないから安心してよ。ただ、少し変わったアイテムで、大事な届け物だというくらい。別に面倒くさい陰謀とかに巻き込まれる訳じゃないと思うよ。———と、胸を張って言いたい所なんだけど」


 ちょっと激しい戦闘に巻き込まれたりはするかなぁ?

 そんな風に笑って続け、イシュはうららかな街道にお似合いの、お気楽な雰囲気とかを醸し出す。

 そこまで聞いて、なんだ、人身売買とかじゃなかったか、とか。ホッとしたのもつかの間に。


「諸々の許可証を受け取った時に、目的の町(ティンブル)までの行程は“忘れられた街道”を使え、って言われたんだよね。大事な荷物を運ぶのに、舗装の荒い廃れた道を指定したのは違和感があるでしょう?」

「それはまぁ、そうですが。人の目を避ける意味とかで、よっぽど内緒にしたいとか」

「そこは“僕”に頼んだ時点でほぼクリアしてるんだ。気まぐれで召し上げた流れの行商人に、買い物ついでに依頼してきたんだからさ。いくら正式な商工ギルドの所属証を持ってたって、普通、大事な荷物なら、信頼のある臣下とか、名の知れた冒険者とかに頼むでしょ。それを、次はティンブルに寄る予定だと語っただけで“それは都合が良い”と申し込んできたんだから」


 その文字だけを見るならば、頼まれたイシュの方は“迷惑極まりない”といった感じの雰囲気だけど。実際は嬉々としていて、相手側の“都合が良い”を、むしろイシュ的に都合良く手のひらで転がす域で、幼なじみは語っていたりするのである。

 それはもはや確信で、素晴らしいタイミングでウィーリーズの領主の屋敷に赴いて、これまた巧みな心理と話術で狙って依頼を申し込ませたんですね?という暗黙の術式を、こちらに披露してくれている場面であるのだ。


「そりゃ“善良な商人”である“僕”ならさ、お金の掛かった頼まれ事(ビジネス)はしっかりと請け負うよ?荷物を暴くような事はしないし、そう簡単に依頼主の素性も明かさない。商工ギルドの規定に従う以上に、信頼を大切にする善良な商人は、言われた通りに仕事をこなすでしょ。すると面白いことに、とても都合が良い人物が出来上がる」


「もう、さ。黒幕が誰なのかとかは置いといて、相手に届ける気が無いってのはソッコーで感じ取ったよねぇ。まだ一般に無名に近い“僕みたいな商人”は、彼らにとって救いの声だったと思うんだ。頑張って平静を装ってたけど、目の奥が喜びで踊り出さんばかりだったしね」

「なんと言うか…そうですねぇ。切って捨てるっていいますか、死体はそのまま放置でも何も問題ないですもんね」

「そうそうそう。モンスター・フィールドを越えられなくて死ぬ商人は、結構普通に存在するし。それから追い剥ぎに遭ったように見せかけて目的のアイテムを回収すれば、上手い“紛失”の出来上がりでしょ?単純だけど、ある意味、確実なやり方だよね」


 まぁ、そう上手くはさせないけどね。

 凶悪に囁いた幼なじみが、隣でとびきりの笑顔を浮かべたのとか、何となく肌で感じ取り。さすさす、さす、と薄ら寒さを感じた腕を、ひとり摩擦で暖める。


「そこでまさか無名の“僕”が、偶然通りかかった勇者パーティを雇おうと思うなんてさ。想定外、だったと思わない?だから、結構本気で仕掛けてくると思うなぁ。闇市場から“熱帯の森”のスコロペンドラが出たっていうし。オルゴイコルコイが入った壷も落札され(うごき)そうって噂だよ。まぁ、何が起きたって、勇者パーティより遥かに強力なベルっていう存在を、僕はこれまた“偶然”馬車に乗せてるんだけどねぇ」


 期待してて。

 きっと非日常(スリリング)な旅が出来るよ。

 そう悪戯に言う幼なじみに。


「絶対回避も“当て”ですか…」


 と。

 私は乾いた笑いをあげる。




 ユノマチ温泉郷で二泊三日の休息を取った東の勇者パーティは、さらに進路を東に戻し、イシュが手ぐすね引きながら待ち構えていたウィーリーズまでやってきた。

 秘密なんじゃ?と思いつつ、がっつり会話に挟まれていた領主様からの預かり荷物は、なにやらティンブルという街に無事に運ばれる事というのを良しとしない雰囲気で…。イシュは早々、冒険者ギルドへと、“大事な荷物を運ぶため、この辺で一番腕が立つ人物を雇いたい”旨を切実に訴えておいたらしい。

 そこへ丁度よく現れた東の勇者パーティは、他に差し迫った依頼というのが持ち上がっていなかったため、現状、最も優先されると判断されたイシュの依頼を回された。

 ただの荷運びの護衛なら勇者を使うのはどうだろう?だが、大本の依頼主はお偉い方なんですよ、と。イシュはギルドの受付嬢に、名前こそ出さなかったが、そこはかとなく雰囲気を醸し出し、それを正しく解釈して貰ったそうだ。そうして今回の荷運び依頼が上手く成立したという。


「東の勇者様はさぁ、取りあえず断らない人だから。ほぼ無名に近い商人の荷運びだって、快く付き合ってくれると思った訳」


 いい人だよね、あの勇者。どこまで“いい人”で居られるか、試してみたくなるくらい。

 言葉に何やら物騒な音が混ざって、私は思わず「やめたげて」と隣に座る幼なじみに間髪入れず頼み込む。


「“忘れられた街道”は、街道とはいえ舗装の名残があるくらいでさ、足場はそんなに良くないんだよ。新しい街道よりはちょっと近道なんだけど。だから最低で見積もってもティンブルまで六日は掛かるかな。一応この馬車は質の良い木材を使ってる他に、補強の魔法をいくつか掛けて仕上げて貰って来たからさ。直接的な攻撃を受けない限り、大丈夫だとは思うんだけど。もう少し行くと街道の入り口だから、そこで休憩がてら話を通しておこうかな」


 あ、ベルの仕事は道中の食事係ね。お茶の時間もよろしくね。

 さも当然と語ったイシュは、食材はちゃんと用意しておいたから、と。

 まぁ、いくら知り合いだって乗車料が無賃になるとは思ってなかった訳だけど、相変わらずの“しっかり具合”に私は思わず苦笑い。そりゃあ多少は背が伸びて、ついでに何か大人になったな、な雰囲気をぶら下げていた訳だけど。染み付いた根本部分がちゃんとイシュだと主張するから、あぁこの人は“知ってる人”だと私の心を軽くする。

 なんだかんだ言いつつも、実はイシュって面倒見とか結構良かったりするもんだから。

 偶然とはいえ、一番最初のあの孤児院で仲良くなれて良かったな〜、と。能天気な私はしみじみ思ったりするのである。

 たとえ。


「他人の陰謀は阻止してやりたくなるよねぇ」


 とか。優しそうな笑みなのに、限りなく黒いものが滲んでいる気配というのを纏っていても。阻止に被って邪魔という文字とかが、そこにあったりするんですよね、わかります。とか。ソッコーで思い至ってしまっても。

 まぁ、それって広い目で見てヒーローの一種かな、とも思えるし。と。


 その後は会わない間にどこまで商売の手を伸ばしたかとか、コーラステニアのあの人達はどんな感じにしているかとか、雑多な話題で盛り上が(?)り。

 ついでに特殊なスキルを頼りに、しばらく姿を見ていないパーシーの行方の辺りを質問させて頂いたりと、私は揺れる椅子上で暢気に過ごしていったのだ。

 因に、しばらく近くに居ないパーシー君はいずこ?というと、何でもちょっとしたイベントに絶賛巻き込まれ中らしい。一応、主人は私なので、喚べば来るよ、な感じらしいが。

 おかげで彼の不動の情緒がようやく動きそうな感じだよ、とか。聞かされてしまったからには。


——何それ実はものすごく大事なイベントなんじゃない?


 真面目に思ったご主人さまは、そっちに参加させてあげよう、と。暫く喚ばない方向に。


 風も程よく、湿気も少ない、からりと晴れた青空の下。街道の入り口付近で休憩を取った我々は、イシュに旅程のあらましを聞き、次いで馬車の仕様を説明された。

 それから勇者パーティの面々に「なるべく道を破壊しない方向で」との注文をつけた幼なじみは、これから降り掛かるスリリングな戦闘とかを完全に予見しているような口ぶりで。彼が隠し持っている特殊スキルを知ってる私は、今更ですがと思いつつ、隅っこでひとり頭を抱えてみたりした。

 休憩を終え、忘れられた街道へ行く旅行客の皆さんは、やはりというか我々の他に居ないような雰囲気だったけど…。

 ライスさんと勇者様の前衛職のどちらかを馬車の前後に配置して、感と目の良いエルフの血を持つソロル君とシュシュちゃんを、これまたローテーションで前後に入れつつ、後ろに不動のレプスさんという、前2、後ろ3な配分で、大事な荷物を積んだ荷馬車は街道を進んで行ったのだった。

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